第8話 店員スカウト大作戦!

 キツネの苦情を言いに行ったら、狩人組合の名誉会員になった。

 会員証を堂々とお店に飾れば、少しは胡散臭さも消えてお客が入りやすくなるだろう、という助言ももらったわ。会員証は後日、届けてもらえる。

 胡散臭いって、なんじゃい!


 お店へ戻り、外出中の看板を外して鍵を開けた。

 ご飯を食べながらお客を待ったけど、お客は来なかったわ。はあ……。

 毎日開ける意味があるのかしら。

 次の日も朝からお店番。ぼーっとしていたら、またもやキツネがお店に入ってくる。

「やっほーぽ~、シャロン! 仲間が回復してるよ、ありがとー。これ、お薬。今回は熱冷ましだけ」

 リコリスがキツネ姿で、薬を抱えてやって来た。薬草採り専門だった仲間が寝込んでいて、他の薬に必要な薬草が手に入らなかったそうだ。

 カウンターに薬を置いて、勝手に椅子に座る。

「じゃあ販売するわ。これ、買い取りのお金」

「お金だ~、わあぁい。仲間が早く元気になるよう、美味しいものを買うんだ〜。たくさん売ってね、また持ってくるよ!」

 私が渡す銅貨と銀貨を、数えもせずに仕舞うリコリス。これなら騙せそうよねえ。でも、もう一人はしっかり者だから、ちゃんを確認されるわね。


「しっかり稼ごうね!」

「おう~! みんなが病気になりますように」

「そうよねえ、薬を売る為には必要な疾患を持っててもらわないと!」

 祈るように両手を合わせるリコリス。たまにはいいことを言うじゃない。私も同じように、祈りを捧げた。

 願わくば私以外が熱を出して、寝込みますように。

「あとは店員ね」

「店員さん~?」

 ボソリと漏れた独り言を、リコリスが不思議そうに繰り返す。

「そうなの。一人だとずっと開けていられないし、安く使える店員が欲しいわ」

「猫の手を借りるー?」

 リコリスが首をかたむけつつ、謎の提案をしてくる。


「なんで猫なの」

「ケットシーの王国があるよ」

「ケットシー! 安く使えそう、いいわね!」

 猫妖精ケットシー。二本足で歩いて、人の言葉を喋る。計算とかはできるのかな、その辺の不安はあるわね。でも客寄せにも、いいかも知れない!

「この町にあるんだ~。前に遊びに行った時は、五十人近くいたよ」

「王国どころか、せいぜい村じゃないのよ」

 近いのはいいけど、国なのかしら、それは。店員さえ雇えたら、どうでもいいか。


 キツネのリコリスに案内されて、通りを歩いた。キツネ姿はわりと目立つので、通りすがる人が振り返ったりしている。

 少し歩いて角を曲がり、飲食店が並ぶ通りの裏路地に入る。こんな場所に王国があるの?

「リコリスはどうやって、王国の場所を知ったの?」

「路地裏で猫がお喋りしてたから、おどかして追い掛けたの〜。そうしたら、私まで王国に入っちゃった。ホラあそこ」

「何もない……、あら空間がおかしいわね」

 普通の狭い路地なのに、僅かに空間がひずんでいるわ。異空間にあるのね!

 リコリスはてこてこ歩いて、三本の尻尾を揺らした。

「遊びにきたよ~」

 魔力を籠めて呼び掛けると、空間がぐにゃりと歪んで景色に波紋が広がった。それをえいっと通り抜けたら、リコリスの姿が消えた。

 私も思いきって、空間の歪みに飛び込む。


 すうっと肌が波打つような嫌な感覚があり、思わず目を閉じた。再びまぶたを上げると、狭い路地を歩いていたはずが、目の前が広くて明るい空間に変化している。

 芝生が続き、その先には小さな家が何軒もぽつぽつと点在していて、低い木の柵が敷地との境界を示すように、所々に立てられていた。家は私の背ぐらいしかない高さだったりする。

「ようこそシャロン~、ケットシーの王国へ!」

「へええ、ここがケットシーの王国……」

 歩いているのは猫、農作業をしているのも猫。二本足で歩く猫だ。私の姿を見て、丸い目をさらに丸くする。

「リコリスだ~。お友達を連れてきたの?」

「人間と、イタズラキツネが来たぞ!」

 子猫は楽しそうに寄ってくるが、大人の猫がリコリスを警戒しているわ。ここでも何か、悪いイタズラをしたのかしら。

 

「みんなー、注目ぅ! この人はシャロン、元聖女のお金大好き雑貨屋店主なの。お店番を募集に来たよ~」

 堂々とするわりに、集める気がない説明ね!

 リコリスの説明を聞いたケットシーが顔を見合わせ、何事だと家の中からもしま模様の猫が出てくる。

「お店番? 店員さんごっこをするの?」

「ごっこじゃないわよ、店員を探しているの。たまにでいいから、私の留守中とかにお店を見ていて欲しいのよ」

 興味を持てくれたのは、子猫だった。さすがに子猫の店員さんごっこは役に立つ気がしないわ。


「働いたらお金がもらえるの?」

「鶏のささみ肉はもらえないかなあ」

「ヨーグルトが欲しいわね」

 ふむ。ケットシーはお金より食べもので喜ぶのね。上手くいけば、安く雇える!

「お金を扱うのよ、計算はできる? 文字は書けないわよね……??」

 集まった三匹を一瞥いちべつする。やっぱり見た目は普通の猫だわね。

「わたしは計算できるよ」

 子猫、計算ができるの。意外だわ。

「僕なら文字だって書ける」

「店員さんは、やっぱり優秀な猫でないとなれないのねえ……」

 ヨーグルトが欲しいと言った猫が、耳をへたらせて落ち込んでいる。店員がやりたかったのね。


「試しに二人で来る? 一人だと心配でしょ」

「そうだね~。ケットシーなんて、すぐ食べられちゃうよぉ~」

「ええ!?? 店員さんって、そんなに危険なの!?」

 リコリスが両前足を上げて脅すから、ケットシーが驚いて毛を逆立たせる。尻尾がぶるりと震えた。

「リコリス、ウソをついて邪魔しないでよ! そんな危険は無いわよ、大丈夫。もし何かあったら、近くのお店に逃げ込んで」

 あああ、もう。せっかく前向きに考えてくれてるのにっ。


「王国に人が訪ねてくるなんて、珍しいですね。我が輩は代表で子爵のホセ。店員さんの募集だそうで?」

「ええ、雑貨屋をいとなんでいます。シャロンと言います」

 代表が子爵か。王国なのに、最高位は子爵なのか。

 ケットシー、いい加減すぎる。王様はどこへ行ったのよ。猫なのに、なんで一人称が我が輩なのよ。

 堂々とした黒猫ホセは、小さな王冠を頭に乗せて、真っ赤なマントを羽織っていた。杖にも王冠が。だから王様じゃないだろうよ。

「国民の中に、店員をしたい猫はいますか?」

「はーいはーい、やりたいです!」

 手を上げたのは子猫だった。白地に耳や足先など、薄い茶色の部分がある。

「計算もできるので、僕もやってみたいです」

 こちらは灰色で、頭の良さそうな猫だわ。尻尾も灰色で、尻尾の先だけは白い。うーん、この二人組なら大丈夫かな……。


「ではまずは二人を派遣します。シャロンさんでしたね、しっかりお給料と食べものをあげてください。どのくらいにするかはちゃんと相談して、双方納得のいくように」

 子爵ホセが、私に語り掛ける。しっかりした猫って面倒だなぁ。なんの、営業スマイルなら任せなさい。

「もちろんです、では二人を店員としてお借りしますね!」

「じゃあ今日、お店の場所を教わって来なさい。王国への入り方は覚えているね?」

「知らなーい」

 子猫、よく堂々と出ようと思ったわね。帰れなくなるわよ。私もリコリスがいなかったら、入れる自信が無いわ。

「僕ができるから、一緒に通勤しよう」

「やったぁ! わたしも店員ケットシーだよ!」

 手を叩いて喜ぶ子猫。肉球だと、拍手もいい音が響かない。


 私は二人だか二匹だかを連れて、ケットシーの王国を後にした。まずはお店の場所を覚えてもらう。

 道の先にすりガラス越しのようにうっすらと、路地裏の景色がにじんでいる。あそこが出口だ。『この先、人の国』という案内看板が、低い位置に設置されていた。猫サイズだから、あの高さなのね。来た時は気付かなかったわ。

 裏側には、『ホセ子爵の王国。住民募集中、猫以外も可』と、書かれていた。

 だから王国じゃないわ!


「良かったね~、シャロン。お店番が見つかったね」

「とりあえずこれで頑張ってみるわ。助かったわ、リコリス」

「シャロンっていうのね。わたしはノラ!」

 子猫が歩きながら自己紹介をしてくれた。ノラ猫かあ、……この子の親のネーミングセンスを問いたい。

「僕はバート。よろしく」

 握手して、薄暗い路地から出た。通りには人がたくさん歩いている。

 その中で、見知った子供の姿を発見。スラムで会った子だ。男女で歩いているわ。


「元聖女のねーちゃん! キツネと猫を連れてどうした? 人間の友達、いねーの?」

「そうなの? 私たちが友達になってあげるよ」

「いらないわよ、友達よりもたくさん買ってくれるお客が欲しい。それにこの子たちは、従業員と仕事仲間なの」

「私、リコリス! お薬を作ってるんだ~、シャロンのお店で買えるから、買ってね」

 仕事仲間と紹介したので、リコリスが名乗って小さく手を振った。バートがゴホンと咳払いをする。猫なのに。

「僕たちは店員をします。ぜひ来てください」

「にゃ~!」

 おいノラ、それじゃ喋れないみたいでしょ。喋りだした動物に、子供二人は驚いて口を大きく開けた。


「すっげー! 元聖女のねーちゃんの店、動物が喋るのかよ! スラムの猫も、店に行ったら喋るようになる?」

「ならないわよ、この子たちは私と会う前から言葉が分かるの」

 おかしな勘違いをされそうになったわ。

 お店に案内している途中なので、すぐに子どもたちと別れた。そのうちお金が余った時に、お店に遊びに来てね、と宣伝もしておいた。

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