第6話 キツネがピンチ!?

 朝になると、約束通りスパンキーのショーンがお店にやって来た。

 私はショーンを連れて、キツネの棲みかを目指した。護衛もいないし、念の為に愛用のメイスを持って。

 森の奥なので通常は町を出てから二時間くらいかかるんだけど、私は高山にある国、プレパナロス自治国出身だからね。山道で慣れているもの、本気になれば普通の半分の時間で行かれるわ。

『速すぎる……』

「移動にかける時間なんて、もったいないわ! 急いで急いで!」

 ショーンもなんとか憑いてきていた。


 やがて、キツネが棲む小さな木の家に到着。前回は気付かなかったけど、奥にも小屋もあるわ。倉庫かな。

「おっはよーございます、薬の商談に来ました!」

 …………。すぐには返事がない。

 扉を押すと、簡単に開いた。施錠はされていない。

「おはよーございます、誰かいますよね???」

「ぴゃーん、シャロンだー」

 キツネの姿のリコリスが、半泣きで飛んできた。お調子者キツネだったのに、何かあったのかしら。

「どうしたの? お金がないの? お金なら貸さないわよ」

「ちがうよ、仲間が人間に大ケガをさせられたの! 今は薬作りどころじゃないよ、傷が治らないんだもん」

「なんですって!? ちょっと見せてちょうだい!」


 薬が作れないんて、私たちの商売はこれからなのに! こんなピンチってないわ。

 女神ブリージダよ、無実のお金の元キツネを襲撃した悪人に罰を下したまえ。その者の所持金を私に与えたまえ。

「こっちー」

 女神様に祈りを捧げながら、リコリスに案内されて奥へ移動した。

 奥の狭い部屋にはキツネ用の小さなベッドがあり、苦しげにうなるキツネの姿があった。

 キツネは横向きに寝ていて、腕と背中に包帯を巻いている。腕は矢による傷で、こちらは治りかけているそうだ。問題は血で赤く染まった、背中の包帯。

 

「シャロン。おかしいのよ、この傷。完全に塞がらないし、なんか変な感じがするの」

 リコリスとは違う、真面目な方のキツネが不安げな表情で振り返った。ベッドの脇の椅子に座り、付きっきりで看病しているのだろう。

「ええ、包帯を外していい? 回復魔法も、少しは使えるし」

「うん……」

 キツネの許可を得て丁寧に包帯を外し、背中の傷を確認する。バッサリと斜めに斬られた痕が、まだ口を開いていた。

 キツネの薬なのだから、通常よりはよほど早く傷が治るはず。背中はかなりの重症だわ。


「……これは、神聖力が宿っている武器でつけられた傷ね。聖騎士なんかが意味もなく森を徘徊するわけはないから、この子を襲ったのは狩人に違いないわ。あいつらは森で魔物に遭遇した時の訓練を受けているし、魔物に有効な武器を持つのもいるらしいの」

 キツネも魔物に含まれちゃうのかあ。

 そういえば、食人種が出て狩人が殺されたって聞いたわ。それで警戒していたら、キツネを発見して倒そうとした、と。

 キツネはどう考えても、食人種じゃないでしょうに!!!

 後ろで人魂が心配そうにゆらゆら揺れている。ショーンのお仕事ができないじゃないのよ、早く解決しないと。


「ちょっと退いてて、神聖力を消さないと」

「そんなことができるの?」

「任せなさい、二人とも! ただし、薬を安く譲ってもらうわよ。いいよね、約束できるわね!??」

 ここは仕事仲間でも多少の対価は頂くわ!

 私は慈善事業者じゃないんだからね。二人のキツネは顔を見合わせて、同時に頷いた。

「分かったわよ、とにかく彼をなんとかして」

 あ、あと一人は男性か。キツネ姿だと判別できないわね。


「慈愛の女神ブリージダよ、奇跡のお力をお示しください。敬虔なるものに救いを。強すぎる光の元で生きられぬものにも、慈悲を与えたまえ」


 キラキラとした光が室内にあふれ、寝ているキツネから輝く細い煙が流れた。体を犯している神聖力が排出されたのだ。

「これであとは、普通の傷と一緒よ。回復もする? 別料金よ。あんまり得意でもないから、安くしておくわ」

「……遠慮するわ、あとは私たちが看病するから。傷薬もあるし」

 それだと時間がかかるわね……。ただでさえ神聖系の傷で身体が疲れているんだから、通常よりも治りは遅いはず。

 早く……早く商品を作らせないと……!


「あーもう、分かったわよ。これはサービスよ! 私のサービスなんて滅多にないんだからね、感謝してちょうだい! 敬愛する女神ブリージダ、願わくば御名みなをあがめさせたまえ。奇跡の灯火ともしびにて照らし、弱きものを救いたまえ」


 私が祈りを捧げるとキツネの身体が光に包まれ、収縮して輝きが消える。

 傷は……、まあ完治ではないものの大分塞がった。痛みが引いたんじゃないだろうか。

「わああ、シャロンすごい~! 傷が治った!!!」

 リコリスが喜んで万歳をしている。気の早いキツネだわ。

「まだ治ってないわよ、さすがに最初がアレだからね~。今日は無理して動かないようにして、また開いちゃうから」

「分かったわ。リコリス、傷薬と新しい包帯を持ってきて」

「よいっさー!」

 もう一人のキツネに言われて、リコリスはすぐに取りに行った。尻尾を嬉しそうに揺らしている。

 サイドテーブルには、からになった傷薬のケースが三つ転がっていた。ゴミ箱には血に染まった包帯が捨ててある。交換してもアレだったのか。


「……ありがとう、シャロン。本当にありがとう……」

「いいのよ、しっかり薬を作ってね。一緒に商売しましょう、あなたたちの薬は喜ばれたわ!」

「そうなのね……、これから、もっと頑張る!!」

 そうこなくっちゃ。作って売れるほど、中間で私が儲けられるのだわ。楽しみだなあ。そうだ、バイトの紹介をしないといけなかった。

 私は後ろで揺れている人魂に、前へ出るよう促した。

「で、この子がショーン。薬が足りなくなったら、知らせに来てくれるわ」

『よろしく……』

 ショーンの声は小さいけれど、ハッキリと喋っている。キツネはまじまじと、ショーンを眺めた。

「……スパンキーを使うの? 変な人間ねえ」

「森の奥なんだもの、この方がいいでしょ」


 紹介が済んだところで、トテトテと足音を立ててリコリスが戻ってきた。

 両手で幾つもの薬を抱えている。サイドテーブルの上にある使い終わった薬の容器を無造作に床に落とし、持ってきた分をサッと並べて。

「持ってきたよ~! さてどれが本当の傷薬でしょう」

「リコリスッ! そういういたずらは、やめて!!!」

 元気になるとすぐコレだ。リコリスはケタケタと笑っている。

 治療は任せて、私とショーンは森の家を後にした。ショーンにはこのまま墓地へ帰ってもらう。

 

 私はその足で、狩人組合へ直行した。

 キツネを殺されたらたまらないわ、せっかくの商売仲間なのに! これからガンガン薬を作らせて、儲けるんだから。

 町に戻ると、大通りから一本奥に入ったところにある、色々な組合本部が集まっている区画を目指した。

 狩人組合の他、商人や職人が登録する商工会、農業組合、建築組合、製紙や印刷の組合、商店街の振興会などがある。ちなみに商工会は、扱う商品別の商人や職人の組合の共同体だ。

 組合は入らなくてもいいので、私は登録していない。登録には年会費がかかる分、情報が回ってきたり、求人や仕事仲間を探す役に立つみたいね。

 災害などで出される助成金は、組合に登録していないと申請できない。


 狩人組合は木造の二階建てで、会員にはごっつい男性が多い。

 扉を開けると、昼間からたくさんの人がウロウロしていた。壁には注意喚起や賞金が入る魔物の情報が貼られている。

 森に入るので、魔物情報は特に重要。狩人とは関係ないけど、吸血鬼の注意喚起もあった。出没場所を地図に記してあり、『鮮血の死王が再び現れたとの情報アリ』と、赤字で書かれている。

 私が死王の情報を書かれた紙を眺めていると、近くにいた男性が声を掛けてきた。


「嬢ちゃん、それなら同じ情報がどのギルドにも、役所にだってあるよ。吸血鬼が街中で血を吸ってるんじゃ、一般市民に被害が広がっからな」

「別の要件で来たのよ。それはともかく、ここに吸血鬼の目撃者って、います?」

「いねえな。俺たちは森に出る方が多い。森には出てこねえよ」

 念の為に聞いてみたものの、ここには吸血鬼の情報はなかった。

 さて、本題に入らないと。


「ところで、ここに善良なキツネを攻撃した人がいます。西の森に棲むキツネは悪いものではないから、攻撃しないよう会員に伝えてください」

「……キツネか。キツネは食用にもするからな、キツネを捕るなというのは難しいぞ。普通のキツネか化けギツネかなんて、キツネの格好じゃ分からねえし。そもそも善良って言われてもなあ」

 男性はあっけらかんとして、軽く頭を掻いた。

 なんですって。キツネを狩るのをやめないっての……!? 他のキツネはどうでもいいけど、私の仕事仲間を奪おうなんて、とんでもない連中ね!

食人種カンニバルは良くて、キツネは狩るっていうの!?」

「食人種の方が良くねえよ!」


「会員にいるじゃないの。私の目は誤魔化せないわよ! 女神ブリージダよ、隠されたる本性を暴きたまえ。人に仇なすものを退しりぞけよ!」


 私の言葉に呼応するように、標的が光って身体が一回り大きく変わる。

 目がらんらんと輝いて髪がボサボサになり、服が破れて毛むくじゃらの腕が現れた。肌の色も、緑色っぽく変化する。

「うぐぁああオオオ!」

「狩人の中に紛れ込むなんて、なかなかやるじゃない!」

「ヘクターが……食人種!??」

「そんなバカな!」

 建物の中にいた狩人達に衝撃が走る。仲間だと油断していたら、食人種だったのだ。もし一緒に狩りに出掛けたら、狩られるのは自分だったろう。非常に危険。

 慌てた一人が、矢をつがえる。

「建物の中で矢を放つな、危ないだろ!」


 混乱しつつも戦闘態勢になってるわ。

 私も容赦しないからね!

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