第5話 バイトを雇おう!

 食事を済ませた私は、スラムの先生の家に寄った。患者はいなくて、先生は乾燥した草をすって粉にしていた。

「こーんにちは! 調子はどうですか?」

「君か、偽聖女。粉薬はよく効いたよ。また仕入れさせてくれ」

「偽ではなく、元聖女です。他の薬はどうです?」

 わざとかウッカリか、微妙な言い違いをするわね。先生は悪びれる様子もなく、薬作りを続けている。

「腹の薬を昨日処方した。経過を確認するから、近いうちに顔を出すよう言ってある。軟膏はまだ使っていないが、この分なら安心そうだ」

 やった、客を掴んだわ。キツネに連絡しておこう。

 頭の中に銀貨が降ってくる。


「ところで先生、“鮮血の死王”っていう吸血鬼を知ってますか?」

「ああ、警備兵が注意喚起してたな。聖プレパナロス自治国へ聖女の派遣を要請したらしい、しばらくの辛抱……」

 そう言いかけて、手を止めてこちらへ顔を向けた。

「あんたは元聖女だっけか。見つかっても平気か?」

「人を指名手配犯みたいに言わないでください! 単に称号を剥奪されただけです、私に後ろ暗いところは一つもないですよ!!!」

 全くもう、人を何だと思っているのよ。元聖女、今は自宅兼店舗で小さなお店を経営する、純朴な一国民なのに。

「はっはっは、まあ困ったらかくまうくらいはしてやるぞ」

 先生は笑いながら、作り終えた薬を広げた薄い紙に移して、慣れた手つきで包んでいた。


「は~ぁ、それはどう~もありがとう! それより死王の特長とか分かりません?? シメオンさんが気になってるみたいでして」

「ん~、警備兵の話によると、襲われるのは夕刻で女性だけ。見た目は若そうらしいが、吸血鬼だから年齢は分からんよなあ。ちょっと前は隣町で被害が出ていたらしい。ただ、その時は普通の吸血鬼だと思われていたから、大した騒ぎにならなかった」

 吸血鬼被害って、時々あるからねえ。

 普通の吸血鬼はたまの食事を楽しむだけで、短い期間に同じ場所で食事を続けたりはしない。警戒されるし。もちろん、死ぬほど吸うのはまれで、せいぜい翌日ふらついたりとか、その程度だ。

 眷属化する場合もあるが、それは何度も血を吸われて、その度に相手の魔力が流し込まれ、少しずつ魔力を変化をさせられた場合だけ。大概、双方の合意の元で行われる。


「隣町からこちらに移った理由は何でしょうね」

「あっちには女神ブリージダを信仰して、聖剣を持っている聖騎士がいるんだ。その関係もあるかな」

「あー、いましたね」

 ちょうど店を開店した頃この近辺にいて、私を元聖女だと指摘した騎士ね。アイツさえいなければ、知れ渡りもしなかったのに。

 死王の調査で来てたのかしら。また来そうよね。私に悪さをするなよとか、不可解な釘を刺していったわ。

「それと、薬を作るキツネが棲んでいるのは、森か?」

「はい、森の奥でした」

「森に人を食う魔物が出て、狩人が殺されたらしい。君たちも気を付けろよ」

「はーい」

 狩人は魔物が生息している森へ入るので、それなりの対処法を身に付けている。こりゃ狩人協会も躍起になって魔物を探すわね。

 賞金額によっては、私も参加したいなあ。


 それ以上の有益な情報は、なかった。このくらいじゃお金にならないかな。

 プレパナロス自治国に要請したとなると、鮮血の死王は本物の可能性あり、もしくはかなり危険だという判断なのかしら? 聖騎士は倒すまででも、こちらに常駐できないのかしら。

 確か、領主が違うんだったわね。面倒な線引だわ。私としては、騎士ヤロウが来ない方が平和でいい。


 スラムの炊き出しでもらったパンは次の日の朝食にして、具の少ないスープも作った。みんなは私の料理が壊滅的っていうけど、それなりに食べられるのになあ。

 そもそも料理をマズイって感じたことが、ほとんどなかったわ。

 店内の掃除を軽くやってから、お店の外もほうきで掃いた。やりながら時々店を眺める。

 外観はこじんまりした普通の店舗で、窓から棚が並んでいるのがわかる。木の看板には雑貨屋と手書きで書いてあるものの、どんなお店か分かりにくいのかも。

 入りやすくする工夫が必要かしら。でも、どうしたら入りたくなるお店になるのか。


 祖国は配給制なので、お店というか交換所だったのよね。外観なんて、それが判ればいいだけだから、誰も気にしていなかった。

 他国にある個人経営の趣向を凝らしたお店は、本当に素敵に映ったわ。

 私のお店も、そういう風にしたいな。

 第一歩として、商品を増やして儲けて、設備を整えないと。

 しっかしお客が誰も来ない。ようやく入った人も、何も買わずに出て行ってしまったわ。

 ……退屈。

 結局、本日の売り上げはゼロ。悲惨なまま夕方になり、傾いた太陽がオレンジ色の光を斜めに投げている。


 私は店を閉めて、町の外れを目指した。今日はスラムの炊き出しもない。

 目的地は寂しい無縁墓地。ここには身元が特定されなかったり、身内がいなかったり、はたまた身内から拒否された故人が眠っている。

 町で管理しているものの、暗くなると鬼火がさまよったりする観光スポットだ。

 到着した時には紺色の闇が降りてきていて、生暖かい不吉な風が木の葉を揺らしていた。

 店からは往復でも一時間くらいかな。


「こんばんは、いい夜ですね。ところでどなたか、バイトをしませんか? お礼に天に昇る手助けか、好きなものをお供えしますよ」

 誰もいない墓地に向かって、声を張り上げた。

 成仏できない霊をバイトで雇えば、安く済むって寸法よ。キツネの家までの道を覚えてもらって、薬の追加なんかの伝言を頼むの。

 安く使えてこれならいいわ!


 私の言葉に反応して、ふよふよと人魂が幾つか中空に浮かぶ。

 そのうちの一つが、こちらへやってきた。

「バイト希望の子? あら本当に子供ね、ちゃんと喋れる?」

 小さな白い人魂の後ろに、生前の姿らしき子供がうっすらと浮かぶ。十歳前後の男の子だわ。

 この人魂……、ここではスパンキーと呼ばれているそれは、小さく頷いた。

 いやいや、喋れるか確認しているんだから、言葉で返事をしてよ。

「森に棲むキツネへの伝言を届ける仕事をして欲しいのよ。一回ごとにお供え物をするわよ。浄霊なら五回で一度やるわね」

 条件を提示するのが交渉よね。スパンキーは理解できているのか、弱々しく青白い光を放っている。


「ダメだ、この子は言葉を私にも届けられないのね。でもやる気はあるみたいだわ。仕方しっかたないなあ、慈悲深き女神ブリージダ、迷えるものを救いし乙女よ。憐れなる魂に救いの奇跡をもたらしたまえ。我が従業員に、力を与えたまえ」

 祈りを捧げると、青白かったスパンキーの光に薄い緑が混じり、一瞬強く輝いた。この魂は生前善良だったようで、祈りが届いて力をさずけられたのだ。


『仕事……する。お花の香りが欲しい……』

 お、喋れたじゃん。霊魂って食べものより、香りの方がご馳走な人が多いらしいのよね。お花の香り、お香を焚けばいいわけね。

「分かったわ、お香を買っておくわね。まずはお店までいてきてくれる? 場所を覚えて明日の朝早くにお店まで来てね、森のキツネの家へ案内するわ。あんまり日中だと辛いだろうし人目あるからね、なるべく日の出や日の入り前後の時間にしましょう」

『うん……』

 相手は子供なのに、ちょっと一気に喋りすぎたかしら。ちゃんと理解できたのかは微妙だけど、スパンキーは弱々しく頷いた。


「真夜中はやめてね、寝ているのを起こされるのはイヤなのよ。悠々自適な一人暮らしですからね」

『うん』

 小さな声で、頼りない返事をする人魂。私は移動を開始し、スパンキーは左肩付近を漂って大人しく憑いてくる。

 草の伸びた墓地を抜け、ろくに整備されていない細い道を歩きながら、まだ名前を尋ねていないと思い出した。

「あなた、名前は?」

『……ショーン』

「ショーンね。私はシャロン、これからよろしくね」

 特に答えはなく、代わりに光が揺れている。仲間のスパンキーが、墓地を去る私たちを見送っていた。


 墓地からしばらく歩くと小さな家が点在していて、どの家も柿の木や柑橘類の木を敷地に植えてあった。畑もあるが、一つ一つの面積は広くない。ホウレン草やキャベツが育っている。多くのお野菜は、少し離れた農村や、別の町や国から届くよ。

 繁華街に近付くと急に家が増え、平たい長屋が道に面して並んでいる。一階で商売をしている人もいるよ。

 私の家は繁華街の外れにあるから、商店が見え始めたらもうすぐなの。

 ショーンに場所を覚えてもらい、また明日と別れた。すっかり夜になり、細い月が夜空に浮かぶ。スパンキーのお散歩には、もってこいの時間だわね。

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