第4話 シメオンの依頼
後天性突発的狼男症候群の患者、ライカンスロープと呼ばれる狼男の男性が訪ねてきてから、三日が経った。あれから誰も店に入って来ないので、私は退屈よ。
キツネの薬を売る棚は完成して、設置も完了している。早く効果の報告が来ないかな。
せっかく自由にものが買える国に住み始めたのだから、お金を貯めてたくさん買いものがしたい。
聖プレパナロス自治国は配給制だった。
私達が住んでいた中央神殿では、食事を食堂でそれぞれのタイミングで食べ、与えられた服を着て、生活道具は用意された中から必要に応じて受けとるだけ。
あとは位や貢献に応じて交換券をもらえて、配給所で好きな品と交換する。私は肉をもらったりしたな。
外国人用のお店ではお金で買いものもできるけど、他の国より割高らしい。初めて来た人は、全員驚いていたわ。山の上の国だから、仕方ないんだろう。大神殿は木も生えないくらい、標高が高い場所にあるわ。
好きなお店に入って、欲しいものを選べるって、楽しい!
私も売る側に回ってみたいという夢が叶って嬉しい。ただ、商売がこんなに難しいものだったとは……。
客よ来い、客よ来い。このお店に入って来い~!
通りに向かって念を飛ばす。そして誰もが通り過ぎるのを、見送るだけだった。
しばらくして、ようやく扉が開いた。
「相変わらず人がいないな」
「シメオンさん。そう思うなら買ってください」
「近くの者が、幽霊屋敷にまた新しい入居者だ、どのくらい続くか、と噂していた。この店だろう?」
噂話まで聞いてくるとは。吸血鬼なのに、かなり人間に溶け込んでるわねえ。私は椅子に座ったまま、カウンターに両肘を突いた。
「うちでしょうね~。一家心中があっただけよ、戦場だったらもっとたくさんの人が死んでるじゃない」
「さすが元聖女、このくらいではビクともしないか」
「幽霊より貧乏が怖いわ。あー骨付きチキン食べたい」
牛もいい、豚も好き、イノシシだって美味しい。そこら辺の屋台で怪しげなお肉を串に刺したものだったら、安く売っているのよね。それでもいいわ。
自治国ではお肉と言えば、高原ヤギだったな。
「商売はどうだ」
この状況で上手くいっているように見えるなら、目が腐ってるわ。
「見ての通りよ。お金を持っているなら、幽霊だって出てきていいわよ」
「幽霊に金は持てないだろう」
「隠し財産の場所を教えてくれるとか、方法はあるじゃない」
あ~あ。この家に、以前の家主の置き忘れたお宝でもないかなあ。室内は大分探してみたけど、金目のものは残っていなかったわ。
「おう、ここはアンデットと聖なる気配が混じってんな。どんな店だ?」
ため息をついていたら、扉が開いてお客が入ってきたわ! 今度のお客は背が低いドワーフ。私の肩より低いくらいね。
「雑貨屋を始めたの。何かお買いもの? お買いものよね???」
「おうよ、俺は北の妖精女王アーネ様にお仕えするドワーフよ。女王様に献上するいい調度品がないか、探してるんだよ」
「妖精女王アーネ……、なら貴方の種族はディンシェンハスね。そうだ、ガラス工芸は? 妖精ならこういうの、好きでしょう」
「いいねいいね、これをもらおう」
すごいわ、即決で買ってくれる! ディンシェンハスは銀貨をバラッと取り出して、気前よく支払いをした。とても好きなタイプです。
「ありがとうございまーす! すぐに包むわね」
割れないよう、しっかりと包装する。ごわごわした紙に包むのよ。ディンシェンハスは、それを自分で持っていた大きな布で器用に包んだ。
「ねえねえ、貴方たちって傷つけられたりした女性の恨みを晴らしてくれるのよね?」
包むのを眺めながら、ふと思い出した彼らの性質について質問する。
「おうとも、男からの理不尽な暴力や嫌がらせなんかならな」
「じゃあさぁ、私を不当に追放させた侯爵令息に会ったら、ちょっとでも仕返ししておいて」
ちょうどいいわ。アイツに意趣返しして欲しい。もし会わなくて何もなくても、不幸になるかもと想像しただけで楽しめるわ。クヒヒ。
「相手の名前とか特徴は?」
「戦神を称えるゲルズ帝国の侯爵家の三男、カルデロン・スビサレッタよ。今はこの国の北の、ロークトランド中立国辺りにいると思うわ。私をパーティーから解雇したあと、そっちに行くって言ってた」
「はー、侯爵家か。権力を傘に着るヤツは最低だな!」
ディンシェンハスはやる気ね! 任せろ、と出ていったわ。頼もしいわね、またいつでも来てね!
私たちのやり取りを最初から静かに眺めてたシメオンが、妙に疑わしげな視線を投げ掛けてくる。
「なんですかね、シメオンさん」
黙っているので、こちらから質問した。
「……君にも解雇された原因がある気がする」
「こんな純粋な私にですか? どうせ貴族にとって庶民なんて、替えの利く駒でしかないんです」
「失礼を働いたんじゃないか?」
「貴族の礼儀なんて知らないもの、多少は仕方ないと思いますよ」
「多少、ね……」
呆れたような微笑がシャクに障るわね。なんなのよ、もう。
「どうでもいいから商品を買ってください。客じゃないなら叩き出すわよ」
「特に欲しいものはないが……」
やっぱり冷やかしだわ。私はさっさと追い出そうと、浄化をしようとした。気配を察したシオメンが片手を軽く上げ、待てという仕草をして、言葉を続ける。
「気の短い女性だな。私が欲しいのは品ではなく、情報だ」
「情報? ウチは情報屋じゃないわよ」
「私が吸血鬼と知ってまで気軽に付き合える人間も少ないからね、君に頼みたい。“鮮血の死王”についての情報を得たら、対価を払おう」
鮮血の死王。
最近ここら辺で噂を聞くようになったから、気になるのかしら。同じ吸血鬼同士、戦いたいとか!? いいわね頂上決戦、血が
「わっかりました。何か情報が入ったらお知らせします!」
「頼んだ」
それだけ告げて、出ていった。しっかし近辺にそんなに親しい人がいるわけでもない。大家とだって、形だけの付き合いだ。
どうやって情報を集めたらいいかな……。
あ、そろそろスラムの炊き出しが始まる時間じゃ。
ご飯のついでに情報収集しよ。私は店を閉めて、器とお皿を持ってスラム街へ向かった。大通りから路地へ入って奥へ進むと、修復が間に合っていないボロい家が並ぶようになる。長屋の横に空き地があり、そこで炊き出しが行われるのだ。
以前やっているのを見掛けて、開催日とかを教えてもらった。
破れた服を着るスラムの住人が、子供も大人も既に炊き出しに並んでいる。
私もその列の後ろに並んだ。私の番が近づくと、スープをよそっている女性が
「……貴女はスラムの方ではないわよね??」
「はい、最近この辺りに引っ越してきた者です。お金がないので、食べさせてもらおうかなと」
女性は私の頭からつま先まで、ジロジロと視線を巡らせる。
「お金に困っているようには見えませんが」
元聖女だから、衣装は普段着だってそれなりにいいものが支給されたのよねー!
だからって差別だわ、食いもんよこせ。
「困ってるんです、お家賃も払わなきゃなりませんし」
「……あ、もしかしてこの人! 大通りの幽霊屋敷で商売を始めた、元聖女じゃないか!??」
炊き出しを手伝う男性が私に気付いた。配る人も、食事を受けとる人も私に注目する。
「あの一家心中があってから、家の中で夜にすすり泣きがするって家!??」
「それです、それ。安く借りられました。雑貨屋を始めましたので、今度お買いものに来てください」
宣伝する私に、女性は信じられないものを見るような眼差しを向けた。スープを盛るお玉が止まっているわ。
「住んでるの……? 怖くない?」
「平気です、元聖女ですから。貧乏の方が怖いです」
会話をしていると、私に気付いた子供のグループが噂話を始めた。手には炊き出しでもらったスープと、パンを持っていた。
「この前の姉ちゃんだよな。元聖女?」
「そうみたいだね。ねえ、お姉ちゃんにも食べさせてあげて。顔色の悪いお兄ちゃんを先生のところに連れてってたよ、きっと大変なのよ」
「あのかっこいい人、病気だったの?」
男の子一人と、女の子二人。男の子と女の子の片方は、二人とも緑色の髪で顔立ちが似ているから、兄妹かも。
「そうなの、ごめんなさいね。炊き出しも資金が厳しくてね。パンはその人の分も持って行って、今度は一緒においでよ」
女性が再び給仕を再開し、列が動きだした。パンは二つもらったよ。もちろん、両方私が食べます。茶色っぽいパンだ。
「ところで、“鮮血の死王”っていう吸血鬼が出たって噂を聞きました。目撃した人って、います?」
「怖い吸血鬼の噂はあるわね。大通りの中心部の裏道らしいから、この辺じゃないよ。心配しなくていいわよ」
近くにいた女性が教えてくれた。彼女も炊き出しボランティアで、焚火を
まあこんなスラムの方へは来ないか、金持ちの方が健康的で血が美味しそう。
「被害があったのは夕方、薄暗くなる時間らしい。日が落ちる頃に外をうろついちゃいけないぞ」
「はーい、ありがとうございます!」
こちらは私と同じく炊き出しでご飯をもらった男性。
パン一個とスープを飲んで、もう一つのパンは仕舞っておいた。洗う場所がないから、使った食器をそのまま持って帰らないといけないのが難点だわね。
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