第3話 ライカンスロープの相談

 玄関と衝立ついたてだけでさえぎられた、小さな診療室。その奥の部屋には床に布団を敷いて、誰かが横になっていた。


「奥に寝ているのは、病気の方ですか?」

「ああ、かなり熱が高いんだ。運び込まれたが薬がない。……しかし帰せる状態でもない」

 ふむふむ、顔が赤いし荒い息が漏れている。熱冷ましは粉薬だったわね。さすがに一度で治らないだろうし、私は熱冷ましを三包、取り出した。

「ではこれを飲ませてください」

「……見た目は薬だ」

 先生は粉薬の包みを開いて、確認している。

「キツネも稼ぎたくて作っている、過度に疑う必要は無いだろう」

「……確かにそうですね」

 ちょっと、人間の私よりも吸血鬼を信用するのは何故?

 先生はとりあえず飲ませてみることに決めたらしい。粉薬を奥の部屋のテーブルに置き、患者に顔を寄せて声を掛ける。


「おい、薬が手に入った。何か少しでも食べられるか?」

「先生、……食欲がありません」

 患者は弱々しく首を横に振る。

「食べてからじゃないと、薬を飲めないんですよね? 口にパンでも突っ込んじゃいましょう」

「……そんな真似をしたら、喉に詰まって危険だ」

 私の提案は、あっけなく却下された。先生がキッチンから、ゆでた卵を持ってきた。

「これだけでも食え。卵は体にいい」

 病人はなんとか体を起こし、とりあえず卵を食べて薬を飲んだ。あとは効果があるかなんだよね。


「……先生、粉の熱冷ましだと、最低でも青銅貨が必要になるのでは? うちには支払えないかも知れません……」

 ぼそり、と辛そうに呟く。ちなみに銅貨が十枚で青銅貨、青銅貨が十枚で銀貨になるわ。

「試薬だ、安くしてもらえるから安心しろ」

「銅貨八枚でーす」

「待て、銅貨三枚で仕入れただろう」

 シメオンが暴露したわ。みんなの視線が冷たく私を捉える。

「分かったわよ、銅貨五枚でいいわよ。これ以上は値切らないでよね、薬を売る棚を作るんだから!」

 仕方ないわね、最低限になっちゃうわ。これで折り合いがついたので、今回は諦めた。他の薬も先生に託し、結果を報告してもらう。


 私の名前と店の場所を教えたら、元聖女の雑貨屋って知ってたわ。予想より広範囲に広まってるっぽいなあ。

 シメオンは店まで送ってくれて、約束通り品物を買ってくれた。ガラス細工が一つ売れたから、今月の家賃はもう安心よ。こういう工芸品は、高価なのだ。しかし国から持ってきたものだから、新たに仕入れられないのが難点だわね。

 買い付けに行くには何日もかかる。そんなに旅をする余裕もないし、店を閉めても家賃は変わらず取り立てられる。


 さて、今日は板を用意した。キツネの薬を売る棚を作るの。

今ある棚は大きいから、そこに小さな棚を入れる。三段にするのだ。カウンターの奥で作業をしていると、入り口から男性の声がした。

「こんにちは、スラムの先生に紹介されて来ました」

「はいはい、お客ですか?」

 髪が短く、栄養状態が悪そうな細いからだで、薄汚れた服を着た若い男性だ。スラムの先生の紹介だし、あまり期待できそうにない。

「実は、困ったことがあって……。元聖女の方ですよね? 相談に乗ってもらいたくて」

「十分で銅貨三枚です」

 元聖女だから頼ろうなんて、ろくなモンじゃないわ。私は追い払おうと、適当な金額を告げた。男性は明らかに困惑している。無料のつもりかよ。


「どうせ暇じゃないか。話を聞くくらい、金を取らなくていいだろう」

 そう言いながら、男性の後ろから彼より背の高い銀髪の男性が現れた。やたら人間臭い吸血鬼の、シメオンだわ。

 シメオンは商品を買うお客なので、無下にはできない。

「それなら、シメオンさんが相手をしてください。お金になる話なら、私を呼んでね」

「聖女のイメージが崩れるなあ」

「職業や称号で性格をイメージする方が、間違ってますよ」

 男性は吸血鬼に任せて、棚作りを再開する。トントンと金槌で釘を打ち付けた。

 もちろんお金になる話だったらのけ者にされたくないので、聞き耳は立てておく。


「実は、オオカミに変身してしまうので悩んでいるんです」

「君は狼男なのか?」

「いいえ、両親も、祖父母だってオオカミになりません。何故か急に、僕だけが変身するようになってしまいました。神様の呪いだって恐れられて、村へ帰れなくなって、困っているんです……」

 あー、なるほど。変身してしまうのが悩みなのね。

 どうせ私には解決できないので、棚作りを続けた。


「神は罰を下すが、呪わない。呪うのならば悪魔だ」

「……悪魔……ですか!?」

「ただ、オオカミに変身する呪いはない。そして神からそのような罰を下される人間であれば、身に覚えの二つや三つはあるものだ」

「そんな覚えはないんですよ」

 シメオンも詳しくないみたい。原因を教えてあげるくらいは、いいか。情報が役に立ったら、お礼に商品を買ってもらおう。


「後天性突発的狼男症候群よ、ごくごくたまに、ありますよ。奇病の一種でね。狼男には生まれつきの狼男の他に、皮を被って自分の意思で変身するタイプと、奇病で唐突に自分の意思とは無関係で変身するようになるタイプがあるの。ライカンスロープと呼ばれていますね」

「ライカンスロープ……。病気なら、治せますか?」

「うーん……、難しいかな。でも別に変身するだけだから、そのままでいいんじゃないの?」

 オオカミかっこいいし。ただ本能が強くなるので、行動を自分では抑制しにくくなるのが難点かな。

「家にも帰れないんです、村に入れないんで」


「でもホラ、貴方が食い逃げをして捕まりそうな時。オオカミになったら逃げられるわ」

「唐突にとんでもない状況をだしたな」

 私達の会話に、シメオンが口を挟む。わざわざオオカミで良かったシチュエーションを考えているんだから、邪魔しないで欲しいわ。

「じゃあ、その辺で飼われているニワトリのお肉が食べたくて仕方がない時」

「君は養鶏場へ行かない方がいい」

「オオカミになって食べて、何食わぬ顔で犬がニワトリを襲ったって叫べばいいじゃない」

 面倒になって適当に答えると、男性はシメオンを見上げた。

「……あの……、僕って犯罪者に見えますか?」

「善良で気が弱い男に見える」

「……良かった……」

 気が弱いなんて言われて、喜んでいるわ。本当に小心な男性ね。


「とにかくアレよ、そういうわけで後天性狼男の治療って難しいの。聖プレパナロス自治国では、祈祷で治療をするわ。でも何度もお布施を払わせて、結局完治できなかった、なんてザラだから」

「え……ええ……」

 男性は引いている。私も気持ちは理解できる。

 神殿からすれば何度も治療費だけ頂ける、いいお仕事だ。完全に治らない方が、あちらにはお得なのだ。

「理性が働くようになったり、意思で変身できるようになったりはするみたい。改善したって、カモが女神ブリージダに感謝して帰って行くわよ~」

「治らないんですか……。意思で変身できるようになれれば大分助かるんですが、できますか?」


 症状の緩和だけでいいワケね。だったら私にもできるかな。

「そうね~、一回銀貨一枚で」

「銀貨ですか……。何度もかかるんですよね?」

 この男性が一日働いたって、銀貨一枚にもならないんじゃないかしら。そんなに能力のある男性には思えないし、少し足元を見られているかも知れない。だいたいスラムの住人って日雇いとかよね。

 ちなみに、このお店兼住宅の家賃は、一月で銀貨三枚。近辺は通常なら銀貨で十枚近いから、かなり破格なの。以前の借り主が家賃が払えなくなって高額な借金をして、この家で一家心中したらしいわ。それから一ヶ月以上住み続ける人がいないからと、安くなっていたのよ。

 私が浄化したから、よほど気合いの入った幽霊でもない限り、もう残ってないわね。教えたら通常の値段になりそうだから、大家には「寝ていると物音がする」「誰か他にいるような……」と、それっぽい相談をしておいたわ!


「……銀貨一枚は高すぎないか」

「技術の値段ですよ」

 関係ないシメオンが値切る。吸血鬼のお人好しって、迷惑ね!

 プレパナロス自治国の相場だと、確か銀貨一枚で祈祷と、お清めと称した飲みもの付き。護符も値引きして売り付けられます。

「考えてみます……」

「分かったわよ、そうねぇ、まずお試しで銅貨五枚。治療を続けるかは、試してから考えて」

 このまま逃したら、全然お金にならない。ちょっとでも稼がないといけない。もらえるか分からない銀貨よりも、今手に入る銅貨が欲しい。

「そのくらいなら……、お願いします」

 よし、安いから適当にやっとこう。


「女神ブリージダよ、御業みわざをもって悩めし者に慈悲を与え、苦しみから両手で救い上げたまえ。全ての病より解放されますよう」


 パアアッと金貨色の光が溢れて、男性を包む。

 ライカンスロープの治療は、効果が実感しにくい。オオカミに変身している姿を戻すならともかく、人の姿では外見的な変化はないし、本人も特に異変も感じないだろう。

 徐々になんとな~く、良くなったかな? って感じなのよね。

 患者側の信じる心が重要です。つまり、カモは最初からカモなのだ。男性カモは喜んで帰っていった。

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