第2話 商売仲間は、キツネ?

 突然店にやってきて、儲け話があるとのたまったキツネのリコリス。彼女はゆっくり話し始めた。

「実はねー、私達、森のおうちで薬を作っているの。でも、どこで売ったら良いのか分からないの」

 キツネは人に化けて人を騙したり、ものを作って売ったり、町の中に溶け込んだりする。この子は薬を作っているキツネなのね。

 全部理解した。

 その薬を、私のお店におろしたいわけね! キツネの薬、確かに売れそう。


「そうね、うちのお店に置いてみましょう! 取り分は半々で」

「待て待て、それは作る方の負担が大きい」

 足を組んで優雅に座る吸血鬼、シメオンが止める。私にとってとてもいい話なのに、面倒な人が一緒にいたわね……!

「……とにかく、実物と製作現場を確認してみましょう」

 薬は効果がないと、苦情がくるんだもの。

 プレパナロス自治国の製薬部門には各国から注文が入る代わりに、色々面倒もあるみたいだったわ。現物を確かめねば。

「おうちに案内するよ~」

「私も行こう。君がキツネを騙さないか、心配だ」

「逆ですよ、私は元聖女ですよ」

 シメオンも立ち上がった。彼はまだ商品を買っていない。

 逃さない為にも、一緒の方がいいわね。強そうだから、護衛になるし。勝手に付いて来てくる、無料の護衛だと思おう。


 店を閉めて、町の外へ移動する。私の店にお客が入らないのに、街にはたくさんの人が歩いていた。

 ここにたまに、魔のものが混じっている。不死人アンデットだったり、キツネのような化けるものだったり。昼よりも夜の方が、異形が多くなりやすいわね。危険なので、日が暮れると人通りが少なくなるよ。

 まあ、私には関係ない。浄化は魔を払う能力なので、返り討ちにしてくれるわ。ダンジョンには魔のものが出るので、聖女や聖人をメンバーに入れるのは大切なことなのよ。


 門を出て少し歩いた先に、森が広がる。

 慣れた足取りで森の小道を進むキツネに続いた。森の浅い部分には、キノコや薬草、木の枝を取りに普通の人も訪れる。落ちている細い枝を集めて火を焚き、料理や寒さをしのぐのに使うよ。

 太い木をするりと抜けて、キツネは自分の庭を歩くようにどんどん奥へ進む。

「もうすぐ、もうすぐだよ」

「五回目だよね」

 すぐと言ってからが長い。しかしようやく細い煙が上がっているのが見えたから、本当に近いんだろう。

 ちなみにまたキツネの姿に戻っている。まだまだ修行の足りないキツネだわ。


 ようやく到着したのは、小さな木の家だった。裏には物置小屋のような建物もあるわ。

「ただいまー、お店の人を連れてきた」

 玄関から入り、右側の小部屋にひょこっと入っていくリコリス。私は後ろから覗き込んだ。リコリスと同年代の女の子がエプロンをして、乾燥させた薬草をすり潰している。釜があるし、ここで火を使うのね。

「その格好で? 本当に変身が続かないわねえ」

「あれ~、いつの間に」

 変身って解けても、気付かないものなのねぇ。リコリスは自分の身体や手を見て、確かめるように尻尾を振った。相手は人の姿をしているわ。

「手伝うー?」

「いいよ、お客さんにお茶を淹れて。毛が入らないようにね」

「おやつの木の実をだす?」

「お客さんにはクッキーでしょ」

 女の子は薬を作る手を止めずに、リコリスに指示を出す。あっちはしっかりした子ね。


 私達はリコリスに案内されて、居間にある小さな丸太を置いただけの椅子に座った。テーブルも手作りかな、歪んだ円形をしている。スライスした大きな木だわ。年輪がたくさん重なっている。かなりの樹齢の木を伐採したのだろう。

 待っていると、キツネのリコリスがトレイに湯呑みを四つ載せてやってきた。

「キツネのお茶だよ〜」

「怪しいなあ。どんなお茶?」

「その辺の葉っぱ茶」

「いい加減なこと言わないの、薬草茶でしょ!」

 壁の向こうのキツネにも聞こえていて、リコリスが怒られている。でもへへへと笑っているから、全然反省してないね。

 お茶は独特な、土のような根っこのような匂いがする。身体にはいいだろうけど、あんまり得意じゃないなあ。


「でね、これが私たちのお薬! あと仲間キツネが一人いるけど、今は薬草採りに出掛けているよ」

 机に置かれたのは、丸薬と軟膏と粉薬。見た目は普通に薬ね、あとは効果がちゃんとあるのか。

「なんの薬?」

「丸いのがゲップが止まる薬、軟膏はどこにでも爪が生える薬、最後はごはんがおいしくなる粉」

「ちょっと、どうして嘘をつくの! 丸薬は腹痛の薬、軟膏は打ち身の薬、粉は熱冷ましです」

 ちょうど薬作りが一段落してやってきたキツネが、慌てて効果を説明してくれた。

 全然違う。リコリスはとてもいい加減な、いたずらキツネだ。


「……あとは効果を試せたら良いんだけど。シメオンさん、そこらでヒドくぶつけてきてくれませんかね」

「……断わるに決まってる」

「ええ~、じゃあどっかで病人と怪我人を探さなきゃ。とりあえず、まず丸薬を銅貨四枚、他は三枚で幾つか私に売ってください。試供品として格安で販売して、感想を聞いた上で取り引きしましょう」

 せっかく来たんだもの、役に立ってくれればいいのに。シメオンはどこか呆れた表情で隣に座っている。


「ちょっと安すぎるなあ」

「なぁ」

 キツネが顔を見合わせて、悩んでいる。薬としては格安なのだ。

「試しなんで。こっちもお金に余裕がないのよ……。代わりに評判が良ければ、次回からは倍でもその倍でも、ちゃんとした料金をお支払いします。あと、感想をしっかりと聞いて、その声も届けるから」

 女の子とキツネのままのリコリスが、小声で相談を始めた。

「仕方ないかな、とりあえずお金欲しい」

「次から高くなるなら、ガマンする? でも高くなるかな???」

「安心しなさい、交渉には私も同席する」

 シメオンが薬草茶に視線を固めたまま、勝手な約束をする。客である彼が何故?

 あ、もしかして常連としてまた買いものに来る予定なのかしら? 買いものもしないヤツに、私の店はやたらと歩かせないわよ。


「んー、んー、ん〜。とりあえず幾つか持ってって。次からもっと高く買ってよね」

 女の子の姿をしたキツネが戸棚から薬を幾つか取り出し、箱に詰めた。見本として出したものも、一緒に入れる。

「じゃあこれ、頼んだから」

「任せて、いい宣伝してくるわ」

 私は薬を数えてお金を払い、箱のフタを閉めた。

「おお〜お金〜おっかね〜」

 リコリスが尻尾を揺らして喜んでいる。銅貨を取ろうとするリコリスの手を、もう一人のキツネがペシッと叩いた。

「もっと稼げるように、たくさん作るよ。商売はこれからなんだから」

「おお〜! キツネの薬はよく効く薬、ぐっすり眠れてもう起きないよ〜」

 リコリスが不穏な歌を歌う! 目が覚めないって、何を入れたの!?


「毒じゃないわよね!?」

「大丈夫です、リコリス変な歌はやめて! ちゃんとした薬だよ!!!」

「本当に大丈夫かな……? 売った方にも責任があるんだからね」

 キツネに疑いの眼差しを向けると、シメオンが粉薬の包みを開いて、鼻先に持っていく。

「……問題ないようだが」

「うーん……、まいいか。何かあったら、吸血鬼に騙されたって言おう」

「よくまあ、堂々と濡れ衣をかぶせると宣言できるものだ」

 丁寧に包み直し、薬を箱に戻すシメオン。匂いで分かるのかしら。フタを閉めて、外れないよう用意されていたヒモで縛った。

「問題ないって言ったじゃないですか、自分の言葉には責任を持たないと。さ、箱を持って。行きましょう、治験者を探すんです」

 私は立ち上がって、箱をシメオンにずいっと突き出した。


「私に持たせるのか!?」

「ええっ、か弱い女性に持たせるつもりですか!??」

「か弱い……? か弱いと図太いに、因果関係はないかも知れないが……」

 ブツブツと呟きながらも、きちんと受け取って抱えている。どうせ持つのなら、最初から文句を言わなければいいのに。

 おっと、せっかく用意してくれたクッキーを持って帰ろう。ささっとハンカチに包んで、ポケットにつっこんだ。

「近いうちにまた来るわ」

「またね~、シャロン」

 リコリスに見送られて、森を後にした。もう一人のキツネは薬を作る作業を再開したわ。


 町に戻ると、貧民街へ足を向けた。

 ここなら安ければ粗悪な薬でも買おうって人がいるわけだ。職のない大人が、昼間から道に座っている。ゴミが散らかっているし、建物の壁が剥がれたりして、壊れたままだったり。こんなところでも、子供たちは元気に遊んでいた。

「こんにちはー、君たち。この辺の人を治療してくるお医者さんって、どこに住んでるの?」

 こういう時は保守的な大人より、子供に声を掛けるに限る。


「あっちの分かれ道を右に行ったところよ」

「その顔色の悪い兄ちゃん、病気? 先生の薬草のお茶を飲めば、ちょっとは元気になるぜ」

 子供達が指で示した先の家から、元気のない人が出てきて反対側へ歩いていった。あの家だ。あそこなら勝手に、薬が欲しい患者が集まるのだ。

「ありがとう、行ってみるわね」

 シメオンは特に何も発言せず、憮然としたまま付いてきた。


「こんにちはー、医者の先生ですか?」

「……アンタは誰だ? ここらの奴らじゃないようだが、何の用だ?」

「私は繁華街の外れでお店を始めた者です。薬を仕入れたんですが、効果が分からなくて。格安でお譲りするんで、経過とかを教えて頂けませんか?」

「……金に困った連中で実験するつもりか?」

 無精ヒゲを生やした先生は、睨むような視線を向けてきた。年齢は三十代くらいかな。


「大丈夫です、キツネの薬ですから。問題があったら、責任をもってキツネを捕らえて、鍋にして差し上げますから!」

「やめろ、腹を壊しそうだ」

 私が堂々と答えると、先生は顔を逸らして制止するように手を上げた。ため息をつく先生越しに、奥の部屋で寝ている人の姿が。

 早速病人ね、ついてるなあ~!

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