第1話 お店が開店休業状態です

 念願のお店を開いて一か月。

 本当は喫茶店をやりたかったんだけど、聖女仲間からシャロンは味オンチだ、料理を作るな、と止められていたので、雑貨屋にしたわ。でもお茶くらいできるように、テーブルを二台とイスを用意。椅子は安いのや拾いものなので、種類がバラバラ。

 ちなみに聖女っていうのは、癒し女神ブリージダに仕える女性の中で、回復魔法や浄化が使える者をさすの。

 まあ、私ははく奪されたけどね……!!!


 そして現在、このラスナムカルム王国に来て、なけなしの金でお店を始めたのですが。

 客が来ない。

 聖女資格をはく奪されたと、噂が回ってしまったみたい。なかなか誰もお店に入ってすらくれません……!

 つまり売り上げはゼロ。

 そろそろ本当に、別の収入源が必要かも知れない。公園で吟遊詩人の隣りに座って、『回復します』と札を立てて、座ってようかなぁ……。回復は得意じゃないけど、多少の需要はあると思う。

 本日何度目かのため息をついていたら、扉が開いた。

 客!? 客なの!??


「いらっしゃいませー! どうぞご覧ください、そして買ってください!」

「……ずいぶん聖なる気にあふれた店だな」

 三十歳前後で、銀髪に赤い瞳の男性だ。スラッとして背が高い。黒い帽子、黒いコート。シャツとズボンは白で、赤いベストを着用している。

「珍しいなあ、こんな街中に昼間から不死人アンデットが現れるなんて。見た目はほとんど人だわ」

 元いた聖プレパナロス自治国ではアンデット自体をほとんど見掛けなかったから、思わずまじまじと眺めてしまった。切れ長の目で、顔色は青白い。

「私を見抜くとは、なかなかの実力者のようだ。迷惑なら去ろう」

「お金さえ払ってくれれば、お客さんは人食いオーガでも大歓迎です!」

「招き入れれば町が混乱におちいるのでは?」

「他人より自分の利益、明日の私の食料の為のお金ですよ……」


 口に牙が生えてたわ。吸血鬼ね。人の隣で暮らすから、お金を持ってるわね。

 魔力の多い吸血鬼、つまり長生きして金持ちの可能性大。大っ歓迎です。吸血鬼の男性は苦笑いしながら店内を進み、商品棚をサラッと眺めている。

「商品があまりないな」

 木彫りの熊を持ち上げながら、ぼそりと呟いた。

 私が彫った、自慢の商品だ。木を削る時にムカつくヤツの顔を思い浮かべれば、ずっと続けられそうな気がしてくるわ。

 買え~と念を送ったが、吸血鬼は熊を置いて通り過ぎてしまった。

 吸血鬼が欲しいものを勧めないといけないわね。……血かしら。


「お望みでしたら、お金を払えば血を吸わせてくれる貧しい女を紹介しますよ。紹介手数料は頂きますが」

「君に倫理観はないのかい?」

「お金がないとお店を維持できませんし、生活もできません。犯罪以外は何でもやる覚悟ですっ!」

「覚悟の在り方が間違っている」

 吸血鬼も長く生きると、理屈っぽくなるのねえ。とにかく逃がさないように、私が扉側にいた方がいいかしら。

「そうだ、吸血鬼といえば。“鮮血の死王”と自称する吸血鬼が、この近辺に現れたらしいです。気を付けてくださいね」

「……噂を聞いたよ。それはいつ頃から? どんな様相だった?」

「一ヶ月くらい前に最初に聞いて、でもその時は聖女でしたから情報が早いんですよね。一般人の間に広まったのは、この十日くらいの間かと。姿は黒いコートで、顔とかは分からないです。若い女性の被害者が、数人出ているそうです」


「……そうか、貴重な情報をありがとう。ところで、聖女だったとは?」

 つい余計な発言をしてしまったばかりに、聞かれてしまった。まあいいわ、真実を話したいところだったのよ。

「聖女が聖プレパナロス自治国の中央神殿所属の女性神官の中で、回復や浄化が得意な者に与えられる称号なのはご存じですか? 私達は、お金を積んだ国や貴族に派遣されます」

「身もふたもない言い方だ」

「標高の高い山岳地帯にある最小国ですからね、生産が少なく顧客第一ですよ。で、私も例にもれず高額でダンジョンに入るパーティーと契約させられたわけですが。一緒にパーティーを組んで冒険していた侯爵の息子ってヤツが、聖女としての力も資格もないと教会に嘘を報告したせいで、はく奪されたんですよ!!!」

 回復が弱いって言うのよ。回復じゃなくて浄化が得意って、最初に説明しましたが。ちなみに浄化の力が強い方が、聖女としては格が上なの。

 お布施をたんまりくれる侯爵の息子の証言だったんで、効果てきめんで私が追放された……。悔しいったら!


「とりあえず、君が追放されて野放しになっていることは、理解できた」

 引っかかる言い方をするわね。でもお客様だから、お金さえ払ってもらえれば私に異論はないわ。笑顔よ、接客は笑顔が一番。

「どうぞゆ~っくり選んでくださいね、その分たくさんのご購入をお待ちしていまぁす」

「……なんでこんなに負の感情が籠っているんだ、この木彫り達は……」

 怪訝な瞳で木彫りの蛇を眺めている。龍にしたかったのに、蛇になっちゃったのだ。


「こちらのガラス製品がお勧めですよ」

 私がいるカウンターの近くにある棚に、ガラスのお皿やコップが並んでいる。これは私の故郷、聖プレパナロス自治国から持ってきた、ガラス工芸品よ。この国ではなかなか買えないものなの、と自慢げに紹介する。

 吸血鬼は興味を持ったのか、すぐにガラス工芸品の棚に移動した。

「確かにこれは良いな、グラスの色合いも美しい」

 買うの、買わないの? 一つ一つ手に持ち、底まで眺める。全部買っちゃえばいいのに、ソワソワが止らないわ。

「そうでしょう! もったいぶった人には、こういうのが一番なんですよ」

「……もったいぶった人」

「すみません、吸血鬼でした。私は素直が取り柄でして」

「素直は配慮を失えば、美徳にならない」


 適当に笑って誤魔化していたら、扉がゆっくりと開いた。

 お客? 今日は二人目のお客!??

「ようこそ、いらっしゃいませませー!」

 とびっきりのよそ行き声で迎えると、二本足で立つキツネの姿が。通行人もチラチラ見つつ、通り過ぎていく。

「こんにちはー、ここはなんのお店?」

「……キツネさんがどうしたの?」

「キキュ!? どうしてわたしがキツネだと……!?」

「だってキツネだもの」

 見たまんま、薄茶色いキツネだ。尻尾は三つありますが。

「……あ! 姿が戻ってる!」

 キツネは慌てて人間に化けた。十五歳くらいで、肩までの茶色い髪の女の子だ。ピンクのワンピースを着て、布カバンをたすき掛けにしている。


「化けるの上手だね、お買い物? 何が欲しいのかな?」

「ちがうのー、お願いがあってきたの」

「客以外のお願いは聞きません」

 客じゃなかった。私は手の甲を向けて、追い払うようにパッパと振った。キツネ助けしている場合じゃないのだわ。

「お金になるお話なの」

「全て私に任せて。義を見てせざるは勇なきなり!」

 香ばしいお金の芳香! 詳しい話を聞かないと。私はキツネに席を勧めた。

「……君は本当に見事な人間だ」

「吸血鬼さんは商品をしっかり選んでくださいね。二つ以上です」

「分かった分かった」


 今日はお客が二人。この調子よ。

「吸血鬼さんも座りますか?」

「そうだな、少し休ませてもらおう」

 二人用の席にキツネが座ったので、吸血鬼は隣にある四人用テーブルのイスを一つ引いた。

「わたし、リコリス。よろしくねー」

「私はシャロンよ」

 キツネが元気に名乗り、私も自己紹介をした。二人の視線が吸血鬼に集まる。

「……私はシメオン」

 吸血鬼は軽くため息をついて、小さく名前を言った。もしかして、あまり知られたくなかったのかしら。あ、指名手配されてるとか?


「シメオンさんですね。大丈夫です、凶悪犯として情報が回ってきたりしていませんし、もし指名手配されていてもお客を守るのがお店です」

「指名手配などされていない! そもそも凶悪犯が現れたら警備を呼べ、危害を加えられるだろう」

 名前を知られたくない理由って、他にあるのかしら。そんなに恥ずかしい名前でもないのに。どうでもいいか、キツネの話を聞かなくちゃね。

「吸血鬼、危険なの?」

「大丈夫よ、お客よ。それよりお金になる話を聞かせて」

「そう、それそれ~」

 キツネからどんな儲け話があるのか……、私は向かいの席に座って机に両肘をついた。さあ、何でも言ってちょうだい!

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