元聖女です。お店を始めたら、常連客が魔性の者ばかりなんですが!?
神泉せい
プロローグ
この世界には
六神の一柱を主神と祀る六大国家に、それぞれの総本山がある。
他国にも信仰者はもちろん多くいる。造物主は皆が知っていても特別な信仰がない、いわゆる“暇な神”になってしまって久しい。人は利のありそうな方に流れやすいものである。
六柱の神のうち、癒やしの女神ブリーシダを祀る聖プレパナロス自治国は、世界で唯一、宗教指導者を国のトップに
高山の高きにある世界最小国で、回復魔法や浄化を使える者が多く、世界各国から派遣を要請される。特にダンジョンに入る者は自治国の聖人、聖女と共に入るべし、と注意されるほどだ。
聖プレパナロス自治国では、回復と浄化の修行を第一とし、多くの聖人、聖女を排出していた。
そんな自治国の中枢にあたる大神殿の聖女宿舎で、一人の女性がリュックサックに荷物を積めていた。結んだ金の髪が、背中で揺れる。
「あれ、シャロン姉さん。ダンジョンに行ってたんじゃないんですか? ずいぶん帰りが早いですね」
「クビだって。お得意さんを怒らせるなって、神官どもにも注意されたの。そんでねえ、態度を改めないなら聖女の資格を剥奪するって脅すから、上等だわこの引きこもり野郎、安い賃金で働かせてんじゃねえクズどもが、って手に持ってた杖を投げつけてやったわ」
「うわあ……目に浮かぶ」
呼び掛けた女性は、思わず肩をふるわせた。肩より短いピンクの髪が、首元で揺れる。
神官は神殿でのお勤めの他に、国家の運営をする文官の仕事も兼ねている。ほとんどが必要な外交以外で国内から出ることはなく、神殿内で多くの時間を過ごしているのだ。
聖女や聖人も神官の指示に従って、行動する。
「そんなわけで、私は国を出るわ。もう聖女じゃないし、自由よ~!」
「ええっ、本当にシャロン姉さんが出て行っちゃうんですか!?? だって、シャロン姉さんは七聖人に選ばれているんですよ! 国の象徴じゃないですか!」
女性が慌てて引き留めるが、シャロンは荷造りする手を止めることはなかった。リュックサックに服と少しの装飾品、それから供物の中からこそっと奪った、指輪二つを詰める。
「知らな~い。私は決めたのよ。豊かな国に行ってお店を開いて、面白おかしく金持ちになってやるって! この指輪をお店を出す資金にするわ」
「お店なんて、やれるんですかぁ……? そんな簡単にお金持ちになれませんよ」
「やってみなきゃ分かんないわ! 外に出て思ったのよ。私も買う側じゃなくて、売る側の人間になりたいって。あわよくばガッポガッポ」
ニヤニヤと笑うシャロンに、女性はため息を落とした。そして、止めても無駄だと諦める。
「すぐに出発するんですか? 他の人にも教えていいですよね、お別れくらいさせてください」
「神官どもに気付かれないようにね。自分で剥奪とか言い出したくせに、止めるだろうから」
「そりゃ止めますよ。シャロン姉さんは、浄化では一、二を争う腕前なんですから。なんでクビになるんでしょうね……、性格か口かどちらかですね」
女性は考える素振りを見せながら、そっと部屋を出た。
部屋にはベッドと机、窓際にテーブルと椅子が置かれ、小さなベランダが付いている。簡素で広くもないが、暖炉があり温まることはできる。清貧がモットーのこの国において贅沢は許されず、清潔さが美徳とされる。
しっかり疲れを癒して神聖力が回復するように、ベッドと枕は他の家具より品質がいい。
「……服以外に持って行かれるものが少ないわ。本は重いから置いていきたいし、筆記用具と小物は入れた。商売になる品物があればなあ……」
部屋の中を見渡すシャロン。カーテンも売れないかと考えたが、なくなれば次にこの部屋に入居する人が困るだろう。
神殿に勤める者達の住処は、
「そうだ、これもいれなきゃ」
紙の箱に入った、愛用の彫刻刀も詰め込む。木彫りの商品を作るのだ。
最後に片付けながら過ごした日々を懐かしんでいると、複数の人物が廊下を歩く音が響いた。急ぎ足で、それでいて音がしないよう注意を払っているのか、音が軽い。
「シャロン、出て行くの? つまらなくなるわ」
「聞いたよ~、神官に文句言ったって? さっすがシャロン!」
先程の女性が、数人を部屋へ連れてきた。
みんなが聖女で、回復や浄化を使う同胞だった。口々にシャロンとの別れ惜しんでいる。共同生活をする彼女達の結び付きは、深いのだ。
「みんな~、さっさと包んで」
「選別でも持ってきてくれたの?」
声をかけた女性にシャロンが顔を向ける。彼女はキレイなガラスの器を丁寧に包んでいた。
「ガラス工芸品はこの国の特産物だから、お金になりますよ。うまく倉庫からくすねてきました。シャロン姉さん、商売を頑張ってください」
ピンクの髪の女性は、包んだガラス食器をシャロンに渡した。シャロンは割れないように、リュックサックの衣服の間に丁寧に仕舞い込む。
「シャロンってば、お店をやるの? ……ぼったくりすぎて捕まらないようにね」
「私はカモにしすぎた相手がブチ切れて、襲撃されないか心配です」
「アンタら、私を何だと思っているのよ」
不満げに声を低くするシャロン。部屋の女性達は、何事でもないように明るく笑った。
「「「強欲のシャロン」」」
部屋にいるシャロン以外の声が重なる。
「いつか私も、シャロン姉さんのお店に買いものに行きたいな」
最初に話をしたピンクの髪の女性は、整えられた部屋を寂しそうに眺めた。
暗い道には魔性が潜む。
聖女の浄化は、無限の命を持つ最高位の魔性のものでさえも仕留める力を持つので、シャロンにとって夜の闇でさえも、恐れるものではない。
しかしこの夜は出発せず、仲間達と語り明かし、明け方になってそっと聖プレパナロス自治国を後にした。
シャロンは振り返らずに希望に満ちた瞳で山を下りる。
目の前に広がる雲に光がかかり、輝いていた。町を飲み込む厚い雲海を、いくつかの山の尾根が突き破っている。雲の港から船出をする気分だ。
目指す国は、ラスナムカルム王国。
様々な神を信仰する人が暮らす、プレパナロス自治国より南東にある、平和な国。
この国のどこかでお店を開いて、好きなものを食べて好きな服を着て、自由に生活したい。
首都からほど遠くない町で空き家を探し、開店の準備をした。
手持ちのお金は少ないので、早く仕事をしないといけない。
そんなシャロンがお店を開いて客を待っていると、偶然通りかかった聖騎士が外から彼女に目を留め、訝しげな表情で扉を開いた。
「……聖女シャロン。君は聖プレパナロス自治国が認める、聖女だったろう。ここで何をしている?」
「何って、お店を開きました。商売ですよ。雑貨屋を初めて店内で靴磨きをしていたら、おかしいでしょ」
いや、両方商売にする手もあるか。険しい相手の表情を尻目に、儲ける方法を考えるシャロン。相手は苦々しく眉をひそめた。
聖騎士とはプレパナロス自治国が認めた、神聖力を備えた騎士の称号。自治国以外の者も、講習を受けて心技を図る審査を通り、規定の金額を納めれば、聖騎士の称号が与えられる。
「聖女資格を剥奪されたというのは、本当だったようだな。もしここで悪事を働くのなら、聖騎士の名において成敗する! 心しておくように!!!」
騎士はマントを
道から様子を眺めていた人達が、「聖女を剥奪されたの?」「よっぽど悪さをしたのか?」と、噂している。
その日オープンしたばかりのシャロンのお店に、入る人はいなかった。
シャロンの商売には、最初から暗雲が立ちこめていた。
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