第32話 ロシアと日本と

「本日より転校してきました、ユーリヤ=スヴォーロフさまです。本聖アリギエーリ高等女学校では基本日本人の家族のみが入学できるのですが、彼女もそれに準ずる地位をお持ちです。あの忌まわしい共産主義に蹂躙されている同盟国、ロシア帝国の皇帝陛下に連なる血筋の方です。いろいろな事情があり、本校に入学となりますが、まだ日本語も不自由なこともあり......」

 担任の先生に紹介されるユーリ。このクラスは三年生、つまり一五歳の少女に限られるのだがどう見ても成人しているように見える。

 ほとんどの生徒は、日本語ができないから年長の彼女がこのクラスに入ってきたと思っていた。

 真相を知る唯依ゆよりとすざくを除いては。

 ユーリと視線が合うすざく。

 ユーリがニコッとして、手を振る。視線がすざくにそそがれる。

(え......と......)

 なぜか自分のほうが恥ずかしくなってしまうすざく。

 とはいえ、すざくにもとりあえず好意を向けてくれるようになったのは良いことだ。同じ部屋で、唯依ゆよりと仲が良いということが彼女の警戒心を緩めさせたのだろうか。

 見た目はさっそうとした淑女であるが、中身はそうではない。

 食事の時間。

 まともにフォーク、ナイフが使えない。イライラして、皿を割らんばかりのユーリをすざくがなだめる。

「落ち着いて、ユーリヤさん。ほら、こうすると......」

 すざくはそっとナイフで肉を切る。一口サイズで、これなら楽に食べられそうである。

 ユーリは不思議そうな顔をしたが、うなずくと目を閉じて口を開ける。

(......?)

「食べさせてほしいんじゃないのかな」

 唯依ゆよりの言葉。驚きながらもすざくはフォークでそっとユーリの口の中に肉を差し入れる。

 もぐもぐするユーリ。

 餌付け......?などと思いながら、野菜も同じように差し入れる。

 満足そうなユーリの姿に、すざくもなぜか満ち足りた気持ちになる。

「ありがと......ものきべ、すざく......」

 初めて聞くユーリの声。その声も姿に似合わず幼い感じのたどたどしいものであった。

「すざくでいいよ。ユーリヤさん......じゃなくてユーリ」

「ユーリ......ならばわたしもすざく。いい?」

 ユーリの言葉にうんとうなずくすざく。

 それを目を細めながら見つめる唯依ゆより。ゆったりとした時間が流れていく。

 食事後、図書館に立ち寄る三人。ユーリをこの後どうするかはともかく、日本語を学んでおいて損はないだろうということで露日辞典を借りに来たのであった。図書館には各国の新聞も並んでいる。将来の外交官としての婦人を育てる学校らしい試みである。

 すざくが辞書を探していると、ユーリの姿を見失う。

(どこに行ったのかな......?)

 外に出ることは無いだろうと思いつつ、館内を探すすざく。

 入り口で新聞を広げ、それを呆然と見つめるユーリの姿に気づく。同じく駆けつけた唯依ゆよりははっとする。その新聞はロシア語の新聞。

 その一面に記されていたのは遠く離れたロシアの尼港ニコライエフスクの、ある出来事であった――

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