交渉成立と城でのご飯

「……おい、まさかお前」

「ゲームのアイテム、宝物庫のアイテム7割くれ。それで契約完了。錬金板は……」

「面倒くさいから8割で良いよ。錬金板に関しては献血用でも良いから血をくれるならいくらでも使わせてやる」


 だって使わないし。宝の持ち腐れだし。むしろ道具くらい強化しないと他の転移者がいる国に負けるだろ。

 いらんいらん。もう全部やるわ。

 和樹は目を点にする。それから何とも微妙な顔つきになる。

 多分、親友としては忠告したいんだけど、王様の立場だと願ったり叶ったりでしかないってところか。

 おれはそんな親友を無視してインベントリを開き、中に入っていた剣やら槍やら戦斧やら防具やらを引き出し捨てていく。

 錬金板までもを机に置いたところで再起動を果たしたようだ。

 和樹は後ろに居る遣いの者に言って出された武具を運び出すよう指示していった。


「お前、交渉って知ってるか?」

「逆に親友に死んでほしくない奴の気持ちは分かるか?」

「わーったよ。サンキューな。実際、錬金板も国が保管しているって大々的に言った方が、お前も狙われにくいだろ。カバーストーリーは適当にこっちで考えとく」


 和樹はもうこの話終わりだと言わんばかりに両手を上げる。

 それから真面目な話を抜けて、おれたちはお互いの世界での出来事について話していく。

 二年分の学校の事や、この世界で驚いたこと、ただただ無駄な会話など積もりに積もった話を二人でする。

 アメリアは茶々を入れることなく黙って聞いているだけだったが、楽しそうに顔を綻ばせていた。

 話を聞くにこの国は前の王様が次期王を任命する形らしい。

 それで人々を引っ張る系の異能力を持つ和樹が指名されて、今は国の民の為に毎日働いているようだ。


「異世界召喚と言えば今なんか生物を惚れさせる能力持ちの奴が暴走しているらしいぞ。気をつけろよ? 精神的BLになるぜ?」

「それは勘弁」


 女性でハーレムを作りたい奴が男に嘘でも惚れるのは嫌だ。

 アメリアが意味ありげな顔を晒す。

 ……あぁ、そういえば吸血鬼と戦った時に意味もなく惚れたとか言っていたもんな。

 それになんでここにいるのか分からない的なことも言っていたし。

 ……もしやすべての元凶は。


  *  *  *


「今日はもう夕方だし、せっかくだから泊って行けよ。城の豪華なおもてなしを見せてやる」


 和樹はからかい交じりな表情で言いながら腰を上げる。

 おもてなしねぇ……。洗礼、じゃなければいいんだけどな。

 唐突にバン! と音がしそうなほど勢いよく開かれるドア。

 最初に部屋へ入ってきたのは魔法少女風の衣装に身を包んだ少女。

 今更何が出てきたところで驚きやしない。ただちょっと、暴力的脅かし表現に身を怖がらせたのは内緒である。


「魔法少女、マヤちゃんだぞ! 気軽にマヤと呼んでいいよ、よろしくね!」


 そう名乗りを上げて屈んだ膝の上に右手を置く。

 左手はチョキにしたものを、目の横に当て、キラッと、効果音が鳴りそうなウインクをしている。

 きらっとポーズを決めて見せるマヤに何となく和樹の趣味が全開で感じられる。

 湖を思わす水色の髪、エメラルドとオパールの二色を持つオッドアイ、そして幼女と間違えられそうな外見。

 なるほど、髪から飛び出た三角形の耳は正しくエルフ族の特徴だ。

 続けて入り込んできた初老の男性が恭しく、見事な所作でお辞儀をする。


「ガルグだ、よろしく頼む」


 堂に入った態度にアメリアが言葉を漏らしていた。

 騎士の鎧といい高身長といい鎧の隙間から見える極太の腕といい、戦場でなお存在感を放つ老骨兵って感じだ。

 和樹はマヤとガルグの肩に腕を回し、にやりと不遜な笑みを浮かべる。


「紹介するぜ、ガルグが騎士隊長、マヤが宮廷魔導士だ。転移者一強の世界だが、こいつらは二人して強いからなぁ」

「ふーん。あれか? 一応強い奴がいるから心配すんなって言いたいのか。それとも国に牙を向こうものならって言いたいのか」

「どっちもだよ、吸血姫」


 そんで和樹は一国の王たる威圧感たっぷりな態度で返事をする。

 ……あんま強そうには見えないんだけどな、二人とも。

 実力を測ったわけでもないし。

 それとも和樹がいるから強くなれるのか。その辺は知ったことじゃない。

 マヤはハート形のステッキを取り出しておれに向けてくる。

 心なしか嬉しそうに和樹の裾を掴み、自らの身体を押し付けるようにして。

 ……あぁ、国王ラブ勢か。

 和樹とおれ、どこでこんなに差がついたのか。


「明るいか暗いかの違いじゃないですか? 和樹さん話していて良い人だってのは伝わってきますし」


 アメリアが的確におれの心を穿ってくる。

 ……はぁ。

 和樹から離れた後のマヤはなんか知らないけどグイグイ来た。

 おれが闇系の吸血姫なのに白い翼、白い蝙蝠、白い髪ととことん純白であり続ける姿が琴線に触れたようだ。

 めっちゃいろんな角度からおれを魔法少女に引き込もうと勧誘された。

 そんなマヤの言葉をのらりくらりと回避する。

 ここで誘いに乗ったら完全に日朝コースだ。もう、新たに変な属性は付けたくない。


  *  *  *


 久しぶりの風呂は気持ちいい。

 流石城の風呂というべきか市民プールよりも大きい。床や柱天井など辺り一面、傷や染みひとつないタイルが張られている。

 ……昔の日本を舞台にした温泉みたいな感じだな。健康ランドと言い換えてもいいかもしれない。

 おれはいったん和樹と別れた後、城に雇われているメイドに今夜泊まる部屋まで案内された。

 その際に今まで身体を拭くだけだったせいか無性に風呂が恋しくなっていたのだ。

 今の時間帯だと、誰も入らないから実質貸し切り状態。

 とはいえ未だに自分の身体に成れていないおれがひとりで入るなんてことができるはずもなく、目隠しとアメリアを連れ出すことで何とかしている。

 風呂の内装に関しては目隠しをされる前に見たので、大方把握している状態である。


「俊さんの童貞ぶりにも困ったものですね」


 とはアメリアの言である。

 髪や身体を清潔に労わるように洗うのは、男の身体だと一丁一夜ではできない。

 なのでしばらくの間、アメリアに全部一任することになりそうである。

 最近、アメリアがハーレム要因というよりかは姉要因になりつつある今日この頃。

 試しにアメリアお姉ちゃんとでも呼んでみたらどうなるのかと思ったけど、なんか嫌なので心から完全に消しておくとしよう。

 どこからか「残念です」という消沈声が聞こえたが気のせいだ。

 気のせいと言ったら気のせいなのである。


 *  *  *


「そんで和樹さんや。何でラーメンなんだ」

「何でって、ラーメン好きだろ」


 部屋でさっぱりしたおれとアメリアを待っていたのは見たことのある渦巻が描かれた丼だった。

 そう、ラーメンである。

 ……なんでや。豪華な食事ってラーメンかよ。……別にいいけどさ。

 白いテーブルクロスが敷かれた高級机の上で食べるご飯がラーメンて。

 においは完ぺきに模倣しているようで味噌の香ばしいにおいが漂う。

 生唾を飲む。

 傍から見れば多分、おれの目は輝いていると思う。

 けどな? 

 おかしくない?

 分かるよ。ラーメンだもんな。

 ラーメンと言ったらサイドメニューで頼むのは分かるよ。

 けどな?


「お前ギョーザだすとか喧嘩売ってるだろ」


 ラーメンのすぐ横に置かれているギョーザ。

 お前、今のおれの種族名言ってみろよ。おい。

 和樹はおれの目を見ずアメリアへと顔を移動させる。


「ギョーザ食べられます? 足りなかったらいつでも言ってくれ」

「おい、こっち見ろや」

「黙れ吸血姫人の黒歴史晒すな殺すぞ」


 食べ物で仕返しするって……陰湿すぎんだろこいつ。

 復讐に使用される食い物の気持ち考えたことあるのかよ。

 我関せずとばかりにラーメンを食すアメリア。

 今回は関係ないから何も言わないけど、これ食ってくれないかなぁ……なんて。

 念を送ってみたらアメリアがじっとこっちを見つめてきた。


「嫌です。口が臭くなるでしょう?」

「相方が死ぬのと自分の口臭で後者を取るのかよ」

「別に死にはしませんよ。一定時間弱体化するだけだと思います。それと、もう一度言ってみてください。滅しますよ?」


 ……アメリアは関係ないからなんも怒れないわ。

 元凶がさもありなんとばかりにアメリアとおれへの愚痴で盛り上がっているのがすんごいムカつく。

 どんだけ愚痴が飛び出てくんだよ、和樹。完全にアメリアが聞く側に回っているじゃねぇかよ。

 爪弾きにされて若干の居心地悪さを感じながらラーメンを啜る。

 これがまた美味しいのが腹立つ。

 かくして三人いるのに、おれはほぼほぼボッチ状態で飯を食べていた。

 ギョーザに関しては、ラーメンを半分食べるのを条件として食べてもらった。アメリアに。

 なんだかんだ言っても、真に困っていたら助けてくれるのがアメリアの美点だと思うわ。

 アメリアへの好感度が上がった。代わりに和樹への好感度がガクッと下がった。

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