ダンジョン攻略と少女

 城で夜を明かした次の日、おれとアメリアは当初の目的通り、森のダンジョンへと向かっていた。

 隣ではアメリアが面白そうに腹を抱えて笑う。


「しっかし俊さん、まさか学校に行っていない子どもと間違われるって。フフッ、面白かったです」

「こっちは面白くねぇよ」


 まさか町を練り歩いていたらまさか補導されるなんて。

 冒険者でも身近に誰か大人がいないとこうなるんだなって初めて知った。

 今日が平日なのも災いだった。

 こればかりは国王を恨んだところでしょうがない。あっちはちゃんと仕事しているだけだし。

 色々と事情を聴取されているときにアメリアが来てくれて本当に助かった。


「ダメです。今でもおかしいです。あの時のぶっきらぼうな俊さんの顔ときたら!」

「緊張が解けるならもうそれでいいわ」。そろそろ付くし」

「ですねー」


 グダグダだべりながら歩くこと数十分、おれとアメリアは森につく。

 相変わらず何か良く分からない不思議な気配を感じさせる森だ。

 背中を自分以外の人が指を走らせるかのような。

 アメリアはおれの手を繋いでくる。


「俊さん。覚悟はいいですか?」

「できてるよ」


 おれとアメリアが森に一歩踏み出すと、黄昏の世界が盛大に出迎えてくれる。

 黄みがかった葉をつける木々。安永の木漏れ日からは温かい風が吹いてくる。

 外の景色とはえらい違いだ。まるでここだけ外の世界から隔絶されているような。異世界の中の異世界に来たみたいだ。

 そして、ダンジョンはすぐにおれたちへ洗礼を浴びせてきた。

 おれとアメリアの前に二十は軽く超えそうな数のオーガが現れる。


「があぁ」


 ……幼稚園児の年中かって思うくらい、めちゃくちゃ小さい奴らが。

 大量のオーガはこちらを視認すると、威嚇するかのように両腕を上げる。

 ……さっ、殺すか。


「ですねー」


 おれの考えにアメリアが賛同して殲滅を開始する。

 思った以上にこいつらは弱い。宵闇小悪魔をひと薙ぎするだけで、纏めて吹っ飛んでいく。

 更に歩くと、今度はゴブリンらしき姿が。

 三十匹ほどいるのは良いんだけど、こいつらに至ってはもはや赤ん坊レベルで小さい。

 変わらず弱い。これまた宵闇小悪魔で一掃できる。

 何なんだここ。ダンジョンとして何があるんだよ、ここ。

 もしかして見た目で騙してくるだとかじゃないだろうな。だとしたら拍子抜け過ぎるぞ。

 序盤ということもあってか魔物が小さすぎる、以外のギミックは特に見当たらないままおれとアメリアは進んでいく。

 突如、アメリアは額に手を当てて声を上げる。


「俊さん! あそこ、人が倒れてます!」

「ほんとだ」


 アメリアの指さす方を見ると、確かに少女が倒れている。

 周りには小さなゴブリン。

 なにあれ? ダンジョンのギミック? 纏めて吹っ飛ばしていい?


「ちゃんと人間のようなので助けてあげてください」

「ダンジョンが人間を生み出せない訳は? 人間だとしてもダンジョン側の可能性が」

「私が保証します。なので助けてあげてください」


 ……分かったよ。

 おれは少女を囲んでいるゴブリンに宵闇小悪魔を振り回して瞬殺。安全を確保するとアメリアもこっちに来る。

 少女の体に外傷の類はない。口からは吐息が漏れ胸部が上下に動いている。まだ生きているようだ。


「大丈夫ですか?」


 アメリアは少女の肩を揺らす。すると少女の目が徐々に開いて来る。

 瞳を動かしてアメリアの姿を映す。次におれへと目を向けると、頭を押さえながら立ち上がる。


「どうやら心配かけたようね」


 ……で、こいつはなんでここに居たんだよ。

 少女はおれの怪訝な視線を感じてか、頬を描きながら「練習よ、練習」と言い放った。

 練習でこんな場所に来るって、相当奇特な奴だな。

 少女は目で「で、あんたたちは?」と問いかけてくる。


「私たちも目的があってきています。名前はアメリアで、こっちが俊さんです」


 アメリアはおれの方に手のひらを向けて紹介する。

 面倒くさいのでおれは適当に手を上げる。


「どうも、ホワイト・ブラッドだ。よろしく」

「どっちよ!」

「知らね。もう倒れるなよ」


 別に覚えてもらう必要性なし。

 おれはアメリアの手を取ってダンジョンの探索を開始しようと一歩踏み出した。

 その直後である。どこかから腹の音が聞こえてきた。

 音の発生源的にアメリアではない。となると……、おれとアメリアは音の犯人へと目を向ける。


「何よ、こっち見ないでくれる?」

「分かった。じゃ、行くかアメリア」


 頬を赤らめる少女を無視しておれはアメリアの手を引く。

 少女が「はっ?」と声を漏らす。アメリアは何か少し慌てた調子でおれの肩を叩いてくる。


「ちょっと俊さん!? 助けて上げた方が……」

「純粋に面倒くさい。ああいう反応されると」


 ある程度慣れた関係でツンデレをやられる分にはいい。

 ただ、ダンジョンという場で。素直じゃ無ければ死ぬかもしれない場所で。初めて会ったやつにツンツンされたら誰だって面倒くさいと思うけど?

 ここに居るのも自業自得だし。助けるメリット無し。以上。

 おれはアメリアを引き摺った状態でダンジョン内をずんずん突き進んでいった。


  *  *  *


 もうそろそろオーガとゴブリンを合わせて1000匹くらい倒したところだろうか。

 ここのダンジョンは大層なギミックやトラップなどない。純粋に小さい魔物が数に物を言わせて攻めてくるだけである。

 一匹一匹が普通の個体と同じ強さ。この世界の住民からしたら厄介極まりないことだろう。

 けど、おれからしたら有象無象に過ぎない。

 宵闇小悪魔で払うようにして飛ばしていく。


「あんた、なんでそんな強いのよ」


 少し歩いた瞬間、またオーガが五十匹くらいの大群で攻めてくる。

 エンカウントしすぎだと思うんだけど。魔力を使う必要もないので別にいいんだけど。

 おれはアメリアに問いかける。


「アメリア的にはどう思う。今回の転移者について」

「そうですね。恐らく声がトリガーだと思います。声を何とかすれば良いかと」

「喉仏でも潰すか」

「日本から来たとは思えないほど物騒ですね。もう少し人殺しに対する忌避感をですね」


 そうは言っても吸血姫だし。

 やらなきゃやられるし。もうしょうがないんじゃないかなぁ……と思う。

 それに喉仏だけなら死にはしない。ちょっと一生、声を出せないでいる状態にするだけだ。

 声がトリガー、何か考えておくか。


「いっそ耳に何かを詰めてみたらどうですか? 石でも」

「それ良いな。考えとく」


 ところでアメリアとか嘘つきの舌を引っこ抜いたりしないのだろうか?


「やりませんよ。嘘を付くのは誰だってすることです。その程度のことも許せない度量の小さいものは上に立つ資格無しです」


 言われてんな、閻魔様。

 そもそもあれ、蚊とか含めた生物殺した時点で地獄行きやしなぁ。弱肉強食に真向面から喧嘩売っているというかなんというか。

 生物だから植物もアウト。天国行きたければ生まれた瞬間死ねやし。


「ちょっと、いい加減無視しないでってば!」

「あぁ、居たの。お帰りは後ろだぞ。子どもは帰った帰った」

「あんたも子どもでしょうが!」


 ……逃げるか。いや、ついてきそうだな。

 この手の輩はとりあえず適当に対処しよう。


「で、なんでついてくんの?」

「それは……あんたには関係ないわ」

「会話が成り立たない馬鹿がひとり。おれはお前のことなんも知らないんだけど。察してができると思ったら大間違いだぞ。分かんないだったらここらで死んどけ」

「……修行。修行よ!」

「あっそ、勝手にやんなさいな。こっちも目的あってきているんで。見知らぬ人に付き合う義理はないんすわ」


 修行したいなら冒険者に報酬でも払って付いてきてもらえばいいだろ。

 こっちはもう付きまとわれている時点でイライラしっぱなしだ。

 剣振るのに邪魔だし。


「なんで、なんでそんなに——」

「アメリア行こっ。それとも助けたいなら勝手にやってくれ」」


 振ってみると、アメリアは首を横に振る。


「いえっ、俊さんについて行きますよ。……確かにめんどくさいですし」


 分かるか。

 いやおれも分かるよ。素直になれない心中っていうの? 思春期特有の少女の考え方は。

 アニメとかゲームとかやっていると可愛いなって思う時はあるんだけど、現実に居ると面倒くさいのよ、割とマジで。


「同族嫌悪って奴ですね」

「いや待て。いつからおれがツンデレになった」

「少し前までの私に対しての態度とそっくりですよ。自分の心に正直になったらどうです? 時間はあるんですし、話を聞いてみてからでも良いんじゃないでしょうか?」


 深層心理まで読み解くのかよと、おれは後ろ頭を描く。

 ……ったく、分かったよ。

 おれは少女に向き直る。


「話だけは聞いてやるよ。腹ごなしも兼ねてな」

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