9話 星空エミ・天使愛歌VS雪凪ナギ・冬川しずく!②

 エミの打球が決まり、その勢いのまま、第一セットを先取したのは、エミ・愛歌だった。


(何、やってるの……私……)


 いつも、自分を助けてくれた。導いてくれたナギが自分を頼ってくれているのに。


(情けない……足りない……勝ちたいって思いが……)


 エミに砕かれた氷の壁が、徐々に再生し始める。そして、その強度も上がっていく。


「しずく……?」


 隣にいたナギは、しずくの様子の変化に気が付く。まるで、どこかで見たような冷たさ。


 期待。楽しさ。親友。仲間。後輩。アイドル。視聴者。


「全部、凍らせる」


 いまは、ただ、勝つために。


☆ ☆ ☆

 

 第二セットが始まる。


「セットごとに打球を受ける、打つ相手が逆になるダブルスでは、流れが変わることもよくありますが……」


 解説の茉子シュバインシュタイガーは、その試合の光景を伝える、言葉を探す。


「とても、冷たい……冷え切った展開ですね」


 そして、そう言葉を零す。


 パワードライブを放つことが難しいナギの打球を、カットマンの愛歌は、難無く処理する。


 そのカットを、


「凍てつけ」


 しずくが放つ氷柱が、エミを貫くようにしてコートに突き刺さっていく。


 ドライブされないように、愛歌が攻めに転じれば、


「氷破」


「氷壁」


 しずくが放つ、カウンタードライブ、ブロックの餌食となる。


(このセットは、相性が悪すぎますね……それに……)


 愛歌は試合の中で、しずくの隙を探す、が。


(これほどまでに、ミスがないなんて……)


 愛歌は、カットもドライブも、決して甘い打球で返しているわけではない。


 それでも、しずくにミスがまったくでない。


(この集中力は……)


 ナギが、メグムとルナの試合で見せた極限の集中状態。


『しずく選手は、ゾーンに入っていますね』


 茉子は、しずくの姿を見つめる。


(ただ、とても、とても寂しいゾーン……氷の女王、ですか……)


 そして、しずくの隣にいるナギを見る。


(これでいいのですか……ナギ)


 エミ・愛歌 2-11 ナギ・しずく


 一方的な展開で、ただただ静かに第二セットは終わる。


 しずくは、台から離れ、小さく息をつく。


(あと一セットで勝ち。それだけ)


 周りの声も音も、すべて凍っているかのように、何も耳に入らないくらい集中できている。


(勝って終わり)


 しずくは台に向かおうとする、そのとき、


「ずっと無視してくれるとは、いい度胸じゃない……!」


「……きゃっ!?」


 しずくは、自分の胸を後ろからわしづかみにされ、思わず声をあげる。


 後ろを振り返ると、そこで腕を組み、不敵にしずくを見ていたのは、


「久しぶりじゃない、氷の女王」


 しずくの凍った世界に、ナギの言葉が響く。


☆ ☆ ☆


「……ナギ、ちゃん……」


 試合に勝つために、意識的に凍らせていた、親友への思いが、


「私と、また勝負しなさい!」


 少しずつ、溶け始める。


「勝負……?」


「そう。しずくが頑張ってくれたおかげで、あと一セットくらいなら、思いっきりプレーできそう」


 ナギは両手をグーパー開き、しずくに笑いかける。


「勝負って、どうするの……?」


「簡単よ」


 ナギはラケット握り、その場で一回転。回り終えたときに、そのラケットをマイクのように口元に持って行く。


「このたっきゅーと!を、より楽しめた方の勝ち」


「……!」


 しずくは、はっとなる。


 ただ、目標もなく母親を安心させるために卓球をしていた過去。


 ただ、二年生の誇りとして、親友のため、勝つことだけを考えて卓球をしていた現在。


 どちらの卓球にも、欠けていたのは、


「ナギちゃん……ごめ……」


「謝るのはなし!」


 ナギはびしっとしずくの言葉を遮る。


「しずくを追い詰めちゃったのは、前の試合で飛ばし過ぎた私のせいよ。だから、お互いに謝るのはなし。そんなことより、私は負ける気しないわ。そんな顔してるしずくにはね」


「……!」


 気づかないうちに、零れていた涙に気づき、しずくはすぐに目元を拭う。


(どうしてだろう。何だかとても、なつかしい)


 しずくの心に張っていた氷が溶け始め、温かい気持ちが溢れてくる。


「ありがとう、ナギちゃん」


「そういうのは、このたっきゅーと!に勝ってから言うものよ」


「ううん、大丈夫だよ」


「? 何が?」


「私は、エミちゃんと愛歌ちゃんにも、ナギちゃんとの勝負にも負ける気がしないよ!」


 そう言って笑うしずくの表情には、もう氷の女王と呼ばれていたときの面影はない。


「言ってくれるじゃない! 勝つのは私に決まってるわ! 行くわよ、しずく!」


「ふっ、永遠の好敵手よ! 勝利の宴に導いてくれるわ!」


☆ ☆ ☆


「エミ、最終セットは、一セット目と同じレシーバーの流れになります。先ほどの冬川先輩の調子であれば、序盤に可能な限り得点差を広げたいところです」


「うん。最終セットは5ポイント取った後に、チェンジコートが行われる。レシーブの相手も、二セット目と同じ流れに変わっちゃうもんね」


 最終セットに向けて、愛歌とエミは作戦を練る。そのとき、


「……! 愛歌、あれ」


「どうしました? エミ……!」


 二人が気づいたのは、卓球台に向かう、対戦相手二人の表情の変化だった。


「先ほどまでの、張り詰めた表情とは違いますね。それどころか……」


「すっごく、嬉しそう……?」


 二人の間で何があったのかはわからない。でも、一つだけわかることがある。


「序盤で点差を広げたいとか、それどころじゃないかもね」


「そうですね。一点一点、アイドルボールのような気持ちで挑まないといけません。でないと……」


 一方的にやられてしまうかもしれない。


 そう、エミと愛歌に思わせるほど、二人の雰囲気は変わっていた。


『「初ダブルス、打倒二年生」も、ついに大詰めです! 泣いても笑っても、この最終セットを制した学年が、ウィナーライブを歌うことができます! 勝つのは二年生か、それとも一年生か!』


 進行のセイラの声が、会場に響く。


『茉子選手、最後の展開はどう予想されますか!』

『そうですね。第二セットはしずく選手の驚異的な集中力が一年生を圧倒しました。ですが、最終セットは、一年生が先取したレシーバーの流れで始まります。しずく選手の集中力も常時持続できるかと考えると、競り合った展開に……』


 ゲスト解説の茉子の目に、最終セットに臨む、ナギとしずくの姿が映る。


『……いえ、お互いに悔いのないように、たっきゅーと!という最高のエンターテイメントを楽しんでほしいと思います』


 茉子の口元に笑みが浮かぶ。


(雪凪ナギ、冬川しずく、白野うさぎ、ねこ。夢咲ハナ、美甘メグム、星空エミ、天使愛歌、栗野マロン、月星ルナ……私たち三年生は、素敵な後輩たちに恵まれている)


 フラワーギフト学園は、生徒たちの才能を咲かせる場所。


(このイベントが、終わると、一年生たちは次のステージに進むことになる)


 茉子は、会場脇で試合を見つめている、学園長の秋風緑を見る。


(その道しるべになるような、そんな最終セットになることを)


☆ ☆ ☆


 イベント「初ダブルス、打倒二年生」。


 最終戦、星空エミ・天使愛歌と雪凪ナギ・冬川しずくのたっきゅーと!


「ふっ!」


 ナギの放つ鋭いドライブが、エミの真横を通り過ぎる。 


 序盤、押しているのは、二年生の二人。


(雪凪先輩が、調子を戻してきていますね……冬川先輩の打球をカットで防いでも、打ち込まれてしまう)


 愛歌は、自分の実力不足が歯がゆかった。


(エミに、もっと良い打球で回してあげることができれば……)


 ナギのドライブが、またエミを襲う。そのとき、


『シューティングスタードライブ!』


 エミが放つドライブが、相手のコートに突き刺さる。


「エミ……!」


「愛歌! まだまだここからだよ!」


「……! そうですね。応援してくれている、一年生のみんなに誓います」


 エミ・愛歌 2-5 ナギ・しずく


 ナギとしずくが5ポイント取ったことで、チェンジコートが行われ、レシーバーの流れも、逆になる。


「う……!」


 エミと愛歌が予想していた通り、押される展開が続く。


 勝てない。


 考えたくないのに、心のどこかから、そんな思いが生まれてくる。


「ナイスボール、しずく! まぁ、私のお膳立てがあってだけどね」


「照れ隠しは寄せ、仮面の裏の表情が露わになっておるぞ……ってナギちゃん痛い痛い! ほっぺをつねらないで……!」


 最終セット、この土壇場で、ナギとしずくはなんて楽しそうに卓球をするんだろうか。


(私たちが負けたら、一年生みんなの負けが決まる……)


 そんなことは、最初からわかってこの場に立っていた。


 でも、いざ本当に勝敗がゆだねられ、敗北が近づくと、エミの心はざわめく。


(皆に申し訳ない思いです。勝利のバトンを届けることができそうにありません)


 得点差は更に広がり、愛歌の表情にも少しずつ陰りが見え始める。


 卓球を楽しむことに徹したナギとしずくの表情と比べ、エミと愛歌の落ち込みは、映像からとても顕著に見えた。


「エミ、愛歌」


 そんな二人に、ナギが声をかける。


 だが、その続きを語ることはない。ただ無言で、とある方に指を指さす。


「……?」


 エミと愛歌は、不思議に思いながらもその方向を見る。そこにいたのは、


「……! みんな……!」


 ステージの端。中継のカメラに映らない位置にいたのは、ハナ、メグム、マロン、ルナ、そして一年生全員だった。


 音声を拾われないように、みんなが口パクで何かを二人に伝えようとしている。


 が、ん、ば、れ。


 そう、口が動いている気がした。そして、


 え、が、お。


 た、の、し、ん、で。


「……!」


 聞こえない言葉が、エミと愛歌の心に届く。


「皆を、とても心配させてしまっていたようですね」


「そうみたいだね。たっきゅーと!のアイドルとして、こんなんじゃ、だめだよね」


「そうですね。皆を代表して、最後にこの場に立たせて頂いています。卓球で、姿で、答えなければなりません」


 エミと愛歌は、あらためて、ナギとしずくと向き合う。


「ねぇしずく。ようやく、一年生たちもたっきゅーと!のアイドルらしくなってきたわね」


「嬉しそうだね、ナギちゃん?」


「そうね。でも、ここからよ、私たち二年生の役目は」

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