7話 星空エミ・天使愛歌VS雪凪ナギ・冬川しずく!①

「……ナギちゃん。さっきも言ったけど」


「? どうしたのしずく」


 試合前に、しずくはナギに声をかける。


「さっきの試合で、ナギちゃんが疲れ切ってることくらい、わかるよ。だから、無理だけはしないで。これはダブルスなんだからね」


「なんだ、そんなこと?」


 ナギはしずくの方を振り向くことはせず、軽い準備運動をする。


「ナギちゃん、聞いてる……?」


 その様子を見て、しずくは心配そうにナギを見つめ続ける。


「……私たちは、二年生みんなの代表よ。言われなくてもわかってる。この試合は絶対に負けられない」


 ナギは恥ずかしそうに口を尖らせる。


「だから……頼りにしてるわよ、しずく」


「……! ナギちゃん……!」


 しずくの顔から、みるみる不安が解消されていく。


「……力が滾るわ。同胞共に聞かせよう、勝利の歌を」


 そして、しずくの気持ちにスイッチが入る。


 一緒に練習をしてきた仲間。競い合ってきたライバルでもあるナギに頼られることが嬉しい。


(……それに)


 しずくはちらりと、解説ブースにいる茉子・シュバインシュタイガーを見る。


(フラワーギフト学園のエースになりたいのは、ナギちゃんだけじゃない。私だって……でもそれは、あなたたちも同じよね……)


 卓球台の向こう、向かい合うのは一年生の挑戦者、星空エミ、天使愛歌。


 最初のサーブは、星空エミから始まる。レシーブをするのは、冬川しずく。


 しずくは冷静に相手を観察する。


(私たちの試合は、ずっと見られてる……エミちゃんと愛歌ちゃんがどんな作戦でくるのか、まずはそこを見極める必要がある……)


 エミと愛歌が少し言葉を交わし、サーブが放たれる。


 エミが最初に放ったのは、短い下回転サーブだった。


(すごく丁寧なサーブ……)


 エミの下回転サーブはとても、綺麗なお手本のようなサーブだった。


 まるで、エミの練習量が伝わってくるようなそんなサーブ。


 しずくは定石どおり、下回転をツッツキして返す。


 そのツッツキに対して、愛歌はカットを繰り出す。


「……!?」


 カットを見て、ナギは驚く。自分が丁度、パワードライブを打ちやすいくらいの高さ、タイミングだったのだ。


(……そういうことね)


 ナギはパワードライブを放つために、バックスイングを取る。


 そして、パワードライブを放つ、フリをした。 


 実際にナギが行ったのはツッツキ、相手の裏をかいた、はずだった。


「……!」


「ふっ!」


 エミはそのツッツキを日本式のペンを上手く操り、手首で台上ドライブをする。


 狙いすまされた打球が、コートに決まるかと思われた、


「氷破」


 しずくの鋭いカウンタードライブが、愛歌の横を射抜く。


 得点を決めたのは、ナギ・しずくのダブルスだった。


『な、なんて激しいラリーでしょう! わ、私、ついていけませんでした!』


『おそらく、ナギ選手が疲労していることを考えての作戦だったと思います。パワードライブを打つには体力を消耗しますから。わざとパワードライブを打ちやすいように、愛歌選手はカットで誘いこんだ。それに気づいたナギ選手は、咄嗟にツッツキに切り替えますが、それも読んでいたエミ選手は、台上でドライブを放つ。それを受けたのが、しずく選手でなかったら、確実に決まっていたでしょう』


『そ、そんな駆け引きがあったんですね!』


 セイラはごくりと息を飲み込む。


『エミ選手の台上ドライブはとても美しかったです。ただ、しずく選手の反応が早すぎた。あんなカウンタードライブをできる選手は、そういません』


 茉子は、しずくの表情を見る。とても、落ち着いた冷ややかな表情。


(先ほどの試合で、スイッチが入ったみたいですね)


☆ ☆ ☆

 

「ごめん愛歌! コースが甘かったかも!」


「いいえ、私も反応できませんでした」


 しずくのカウンタードライブを見て、エミと愛歌は短く会話を交わす。


「冬川先輩が、雪凪先輩を庇う体制が二人の間で確立されているようですね」


「確かに……それじゃあ、次の作戦だ!」


 エミと愛歌は小さく頷き合う。


 エミが放った次のサーブも下回転サーブ。そこからツッツキの応戦が始まる。


 互いに相手のコースをついてツッツキを行うが、ミスが出ない。


(愛歌ちゃんはカットマンだから上手なのはわかる……けどエミちゃんも、よくツッツキの練習をしてる)


 思い当たるのは、ウェイリンリン先生のスパルタツッツキ練習。


(でも、このまま続ければ、体力が先に尽きちゃうのは私とナギちゃん……攻めるしかない)


 しずくはツッツキを止め、ドライブの態勢に入る。そして、打つ!


「……!」


 しかし、しずくの打球を受けるのはカットマンの愛歌。


 無駄のないフットワークでドライブを難なく拾い上げる。


 ナギがそのカットをツッツキ、またツッツキの連鎖が始まる。


(……冬川先輩の持ち味は、氷の壁とまで評されるブロックと、カウンタードライブの『氷破』。その組み合わせは物凄く強力ですが……)


 愛歌はしずくのドライブを何度もカットで返す。


(雪凪先輩のパワードライブのような、自ら決め切る一撃はない……それなら、私が拾い続けます)


 しずくは、小さく唇を噛む。わかってはいたが、愛歌のカットの壁が予想以上に厚い。


(このままじゃ、二人とも体力を奪われるだけだ……!)


 相手はこの試合が今日初めての試合。自分たちは5試合目。


 体力勝負では間違いなく分が悪い。


「……はぁ!」


 そのときだった。愛歌のカットを、ナギがパワードライブで打ち返す。


「……!」


 エミは何とかラケットに当てるが、打球は明後日の方向に飛んで行ってしまう。


「ナ、ナギちゃん……! 体力が……!」


「はぁはぁ……しずく、私、駆け引きとか好きじゃないのよね!」


 ナギは疲れからか肩で呼吸をしながらも、しずくに笑顔を向ける。


「相手は私の体力切れを狙ってる。上等よ! これほどわかりやすい試合はないじゃない! 私の体力が先に切れるか、しずくが愛歌のカットを打ち抜けるか! 面白くなってきたじゃない!」


「ナギちゃん……」


「私は、自分の身体、体力のなさが弱点だと思っていたわ。しずくも、自分で打ち抜ける力がないことを気にしていたわよね。最高じゃない! この試合に勝った時には、私たちはもう一段階成長できてるってことなんだから!」


 ナギは、ぽんとしずくの胸を叩く。


「勝つわよ、しずく!」


 しずくは、ナギの言葉に、ぎゅっとラケットを握りしめる。


「……! うん! 新たな剣を取り、歩を進めようぞ!」


「ふっ!」


 しずくのドライブを愛歌がカットして拾う展開が続く。


(……! それだけじゃない! 私が打ちにくい回転、コースを狙ってきてる……!)


 ナギはパワードライブとはいかないまでも、何とかドライブで打ち抜こうとするが、エミに拾われてしまう。


(あのときから、レベルの高いカットマンだと思っていたけど……それどころじゃないわね)


 ナギはシングルスで愛歌と打ち合ったことを思い返す。


(それに、エミも自信を持ってプレーしてる……)


 ナギの口元に笑みが浮かぶ。


「はぁぁあ……!」


「く……!」


 エミはナギの打球を受け止めることができず、ボールはネットを超えられない。


「ごめん、愛歌!」


「いいえ。このペースでいきましょう、エミ」


 エミ・愛歌 6-6 ナギ・しずく


 互いに競り合った展開が続く。こういった試合の流れを変えられるのは、


「先に9ポイントを取るわ。そこでアイドルボールを使って、私が全力のパワードライブを打ち込む!」


 ナギはタオル休憩で汗を拭きながら、そうしずくに伝える。


「だから、しずく! 9ポイント目まで私を連れて行きなさい!」


「笑止……! 天使の壁を打ち破り、アイドルボールを決めるのは我よ!」


 じりじりと、互いの得点がセットポイントに近づいていく。


 エミ・愛歌 8-8 ナギ・しずく 


「ふぅ……」


 エミは小さく息をつき、状況を整理する。


(雪凪先輩たちは、私たちよりも先に9点を取って、アイドルボールでこのセットを決めたいはず……得点は同点だけど、試合のリズムを作っているのは愛歌、私たちだから……)


 エミはチラッと愛歌を見る。愛歌は小さく頷いた。


(それなら……) 


 エミは手を上げ、宣言する。


「アイドルボールをお願いします!」


 そして、アイドルボールが用意される中、愛歌に耳打ちする。


「あっちから先に宣言して来るとはね! でも、結局やることは変わらないわ、このポイントは絶対に取るわ!」


「……ナギちゃん、二人はきっと……」


「わかってるわよ、しずく! 何か仕掛けて来るわね……!」


 互いの思惑が錯綜する、アイドルボールの打ち合いが始まる。


☆ ☆ ☆


「さぁ、この試合初めてのアイドルボールが宣告されました! このアイドルボールのポイントはどんなところでしょうか、茉子選手!」


 実況、解説のセイラが、隣に座る茉子シュバインシュタイガーに話を振る。


「そうですね。一セット目から得点差のつかない、膠着した試合が続いています。お互いに、心のどこかに、アイドルボールで差をつけたいという思いがあったはずです。このポイントを取るためにどう仕掛けるか、相手の想像を上回れるかが決め手になりますね」


「なるほど! 誰がどう動いてくるか、注目のポイントです!」


 アイドルボールを握るのは、エミ。


(大事なポイントだね……正直、緊張する……)


 向かい合っているのは、フラワーギフト学園のレギュラーと準レギュラー。


(でも、もう弱音の自分とはバイバイしたんだ。卓球歴なんて関係ない。私は、誰よりも輝く、たっきゅーと!のアイドルになりたい)


 エミは、サーブを放つ。何度も練習した、下回転と見せかけた無回転サーブ。


 ツッツキで返そうとした、レシーブのしずくはそれに気づく。


(ツッツキで返したら、ナギちゃんが強打を受けちゃう……!)


 寸前のところで、打球をドライブで返す、その打球は愛歌のカットしづらいミドルを狙ったはずだった。


「……!」


 カットで返ってきた打球を、パワードライブの姿勢で待とうとしていた、ナギは目を見開く。


 愛歌は、カットの姿勢には移らない。やや後方に下がり、しずくのドライブをカウンタードライブで打ち返した。


(攻撃も出来るカットマン……ってわけね)


 ナギは不敵に笑う。大きな振りを必要とするパワードライブで打ち返すためには、愛歌の打球は早すぎた。意表をついたはずのカウンターだったが、


「二年生の経験値、甘くみないことね!」


 カウンタードライブに合わせるために、ためを作り、ナギはドライブを前にではなく、上に打ち上げた。


(この打球は……ループドライブ……!)


 エミは打ち上げられた、ループドライブを目で追う。強力な回転がかかっていることがわかる。


(回転を抑えて確実に返すか……バウンドしたところを叩くか……!)


 ループドライブで落ちてくる刹那に、思考を働かせる。


「……!」


 そのとき、エミの視界に入ったのは、万全な態勢でエミの打球を待つしずくだった。


 ループドライブは、しずくの態勢を整える余裕も与えていたのだ。


 『氷の壁』とまで評されるブロック。カウンタードライブの『氷破』。


 エミは、強打を打つことに恐怖を感じていた。自分が打っても、しずくの氷を破ることはできない。むしろ、カウンターを決められてしまうかもしれない。


(それなら、一度、繋いで愛歌に任せた方が……)


 そこで、エミははっとなる。


(ここで、逃げたら、いままでと何も変わらない……!)


 愛歌、ナギ、しずく。このコートに立つ誰よりも、いま自分は弱い。それを追い越すために。自分は逃げていてはいけない。


(絶対に決める……! これは、私のアイドルボールだ……!)


 エミは、ブロックの構えから、ドライブの構えに移る。


(何千回と見た、茉子さんのドライブを思い出すんだ……! そして、これが……私のドライブ!)


 ステージを照らすライトが、まるで星空のように輝きを放つ。


『シューティングスタードライブ!』


 カン! と強烈な打球音を弾かせ、エミのドライブを一直線にしずくに向かう。


(速い……! ナギちゃんのパワードライブ威力を、弾き返してる……!)  


 予想外のエミの打球に、しずくはカウンタードライブでなく、ブロックで対応する、が。


 氷の壁が、割れる音が聞こえた気がした。打球はネットを超えない。


 そして、そこに咲いたのは、エミの笑顔だった。

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