6話 夢咲ハナ・栗野マロンVS白野ねこ・うさぎ!!②
ドライブマン、カットマンと変幻自在に変化するハナのプレイスタイルは、これまでのダブルスでは対戦したことのないような相手だった。
また、そのプレイスタイルを支えているのはマロン。
粒高ラバーを上手く使い、回転に変化を加えることで、相手の打球を誘導。
((この二人は、強い……!))
一年生と二年生のダブルスのイベントが始まってから、うさぎとねこにとって五試合目になる試合。
((この試合ですべてを出し切る……!))
体力的な消耗もある中、二人は集中力をピークに持っていく。
最強のダブルスになるため。そして、
((必ず、ナギちゃんたちにつなぐ……!))
終盤になり、うさぎとねこが、意地の追い上げを見せる。
「う……!」
ねこが打ったドライブを、マロンが拾おうとするが、ネットにかかってしまう。
ハナ・マロン 8-8 うさぎ・ねこ
このセット、ついにうさぎとねこがハナとマロンに追いつく。
「ごめんね、ハナちゃん~」
「ううん、大丈夫だよ、マロンちゃん! さっきまでよりも、厳しいコースを狙われるようになったかも……」
厳しいコースを狙うには、ミスをしてしまうリスクも高まる。
「それだけ、先輩たちが本気で向かってきてくれてるってことだよね~、頑張らなくちゃ~!」
「うん! マロンちゃん、先輩たちもそろそろ、アイドルボールを意識し始めてると思うんだ」
アイドルボールは、一セットに一度だけ認められる、2得点が入る特別なボール。
「いま、アイドルボールを宣言してもいいかな!」
次のサーブはハナ。ここで、ねことうさぎに傾いている流れを断ち切りたい。
「うん~、私もそれがいいと思う~、勝とう、ハナちゃん~!」
二人は頷き合い、同時に宣言する。
「「アイドルボールをお願いします!」」
ショッキングピンク色のアイドルボールが、ハナに手渡される。
『さぁ! ここでアイドルボールが宣言されました! 終盤でのアイドルボールは、試合を決めかねない重要な局面でもあります! 二年生がこのまま、押し切るのか! それとも、一年生がここから逆転を狙うのか! 注目のポイントです!』
セイラの実況にも、思わず熱が入る支配展開。
(このポイントが、この試合を決める……)
ハナは、アイドルボールの重みを、何度か経験してきた。
2得点の重み。8-8のいま、このポイントを上げた方が、セットポイントに近づく。
うさぎとねこにとっては、マッチポイントになってしまうかもしれない。それほど重要な場面。
ハナは小さく息を吐き、ちらりと、うさぎとねこを見る。二人の視線がじっとハナにそそがれている。
アイドルボールが宣言されても、二人の集中力が途切れることはなかった。
(やっぱり、先輩たちはすごい)
このイベントを通して、多くの場面で、自分達たち、一年生との違いを見せつけられてきた。
(だから、こそ、少しでも追いつきたい……勝ちたい!)
いずれ自分たちも、二年生になるときが来る。
そのときに、この素晴らしい先輩たちのようになるために。
(よし……勝負だ!)
ハナは、マロンにもうサーブのサインは出さない。
どのようなサーブで行くのかは、さっき伝え合ったから。
ハナの手元を、アイドルボールが放れる。
☆ ☆ ☆
「マロンちゃんに決めてほしいの」
ハナはアイドルボールが用意されるまでの短い時間に、そうマロンに伝えた。
「わ、私に……?」
「うん! きっと先輩たちは、私が強打を狙ってくると考えてると思う! だから、三球目攻撃をマロンちゃんにしてほしい! 先輩たちの裏をかけるし、マロンちゃんなら、絶対にできる!」
ハナはマロンの両手をぎゅっと握る。
「ハナちゃん……わかった~頑張るよ~!」
「ありがとマロンちゃん! だから、私が出すサーブは……」
ハナはアイドルボールを宙に放つ。そして、打ち出したのは。
(できるだけ、思いっきり……!)
サーブの回転が相手にばれてもいい。
ハナは、いま自分ができる限り、全力で下回転サーブを放った。
サーブは短すぎず、長すぎず、レシーブのねこのミドルに向かう。
((ドライブできなくもない……けど、すごい下回転。ここは短くツッツキで……))
試合の流れを決めかねないアイドルボール。
ねこは冷静に短いツッツキで返す。
((きっとマロンちゃんは粒高ラバーで返す……そこを強打で決める))
そう、ねことうさぎは考えていた。
「……!」
しかし、マロンの態勢がこれまでと違うことに気が付く。
「決めてみせます~!」
マロンは粒高ラバーの角度を合わせ、ツッツキではなく、打球を強打する!
強烈な下回転を、逆回転の上回転にして放たれた打球は、うさぎを襲う。
「く……!」
予想外のマロンの強打。用意が遅れたうさぎのレシーブは、力なく大きな弧を描き、相手コートに向かう。
(チャンスボール……! 絶対決める……!)
ハナは打球を目で追いながらも、ねこの態勢を一瞬で把握する。
(後ろに下がった……バウンドによっては、ネット際に落とす!)
必ず決める。そう思っていた。
「え……」
カッ。
そう、小さな音を立てて、卓球台のエッジに当たったボールはハナの横をかすめていった。
一瞬。何が起きたかわからなかったが、次第にがっくりと、ハナの肩から力が抜ける。
ねことうさぎの執念がアイドルボールに乗り移った。純粋に運がなかった。まぐれ。
捉え方は人それぞれだろう。
しかし、変わらない事実はアイドルボールを制したのは、うさぎ・ねこであるということだった。
(悔しい……絶対に決められたのに……!)
ハナは思わず、下を向きそうになる。そのとき、
「ハナちゃん! まだ、試合は終わってない~ここからだよ!」
マロンがハナの手を取り、そう訴える。
「マロンちゃん……」
ハナはマロンの目を見る。自分と同じ、悔しい思いをしているのに、その気持ちを押し殺して、次に向かおうとしている。
「……うん! まだ、負けたわけじゃないよね!」
ハナの身体に、再び力が入る。
(そうだ、まだ続けられる……いまこの瞬間を楽しまないと……!)
ハナとマロンは頷き合い、逆転を目指す。その可能性がある限り。
『ハナ選手とマロン選手、不運でしたがその瞳はまだ、諦めていないようですね!』
『素晴らしい姿勢だと思います。試合中に気持ちの整理をすることは簡単そうには見えますが、とても難しいものです。それでも、例えどれだけ得点差があったとしても、応援してくれるファン、仲間のために勝利を信じて前を向く。たっきゅーと!のアイドルとしてのお手本となる姿勢です』
ハナとマロンは、必死で打球を追う。その姿が、きっとファンの胸を打ち、次に控える仲間を鼓舞する。
そして、茉子は静かに目を閉じる。
(惜しかったですね、ハナちゃん)
試合が終わる。
ハナ・マロン 10-12 うさぎ・ねこ
一度はデュースのもつれ込む大接戦。試合を制したのは、うさぎ・ねこだった。
たっきゅーと!の試合が終わり、観客のいない体育館には静寂が訪れる。
(届かなかった……)
最後にミスをしてしまったハナは、膝に手をつき、頭を下げる。そこに、
「ハナちゃん、行こう?」
マロンがハナの頭にタオルを被せる。
「……! あ、ありがとう!」
ハナが顔を上げると、笑っているマロンの顔にも悔しさが見て取れた。
(悔しい……でも、ここからだ)
ハナとマロンは前を向く。悔しさを内に秘めて。
「この短期間で、本当に強くなったね! ね、うさぎ!」
「うんうん、ねこ。運が味方してくれたところもあったと思う」
ハナとマロンは、うさぎとねこと握手を交わす。
「いいえ、大事なところで点が取れなかったし……先輩たちは本当に強いです!」
「そうです~! それに、先輩たちはもう何試合も試合をやってますから~!」
ハナとマロンは、先輩たちとの実力差を痛感していた。
「でも、やっぱり……悔しいです! 次試合ができる機会があれば、もっと強くなって先輩たちを驚かせられるようになってみせます!」
ハナは、正直にいまの思いを口にする。
「ハナちゃん……うん! そのときはまた、熱いたっきゅーと!をしようね! ね、うさぎ?」
「うんうん。もちろん、私たちももっと強くなって見せるからね」
「はい! とっても楽しかったです! ありがとうございました!」
「私もです~ダブルスの楽しさに気づきことができました~!」
ハナとマロンは、二人に頭を下げる。
「じゃあ、見届けましょう。このイベント最後のたっきゅーと!を……」
ねこはそう言って、二年生が待機している王座の方を見る。
そこで、一年生の最後の挑戦を待っているのは、二年生のエース、フラワーギフト学園のレギュラーでもある雪凪ナギ。準レギュラーの冬川しずく。
二年生最強の二人に、最後の挑戦権である赤いバラを差し出すのは……
『さぁ、今回のイベントも大詰めとなって参りました……! 一年生最後の挑戦者たちは、どんなたっきゅーと!を見せてくれるのか! この試合に勝った学年が文句なしに、ウィナーライブを披露することができます!』
セイラの実況が体育館に響く。
そして、現れる。一年生最後のダブルスである二人。
「大トリなんて、なかなか待たせるじゃない。しっかり準備してきたんでしょうね?」
ナギは不敵に笑いながら、そう声をかける。
「もちろんです。あの日から、二人でダブルスと真摯に向き合えることができたと、誰よりも雪凪先輩に誓います」
「そう。期待していいわけね? あなたは?」
「……あの日から、私のたっきゅーと!のアイドルへの姿勢が変わりました。星空で、一番輝ける星になれるように……! 今日は勝たせてもらいます!」
一年生の最後の挑戦者、星空エミ、天使愛歌は力強くそう宣言する。
「言うようになったじゃない! あ、しずくは何かないの?」
「えっ! ここで私に振るの!? えと……終焉の時は来たれり……」
「しずく、わかりづらい!」
「自分で振っておいて!?」
「さぁ、冗談はさておき、始めましょうか! 勝った方がウィナーライブを披露できる、泣いても笑っても、今回のイベント最後のたっきゅーと!をね!」
最終試合、星空エミ・天使愛歌対、雪凪ナギ・冬川しずく、開戦!
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