5話 夢咲ハナ・栗野マロンVS白野ねこ・うさぎ!!①
挑戦権である赤いバラを渡し、ハナとマロンはたっきゅーと!の舞台である卓球台に向かう。
その途中、ハナはちらりと、目をつぶり、身体を休めている雪凪ナギを見る。
(雪凪ナギ先輩……二年生のエースで、フラワーギフト学園のレギュラー……)
ぎゅっと手を握りしめ、溢れ出てくる思いを、ハナは鎮める。
(さっきの試合で、雪凪先輩は疲れてる……それに、私とマロンちゃんが、ダブルスでリベンジしたいのは、うさぎ先輩、ねこ先輩だ!)
ハナはこれから行われるたっきゅーと!に集中するため、あらためて前を向く。
そのとき、
「また、ね」
はっと、ハナが振り返ると、ナギが手を一度だけひらりと振った。
ほんの一瞬。ハナとナギの視線が重なる。
視線が外れた二人の口元には、誰にも気づかれないような、小さな笑みが浮かんでいた。
(夢咲ハナ、雪凪ナギ。今回は二人のたっきゅーと!は実現しませんでしたね)
二人の様子を見ていた茉子は、二人の間で行われたやり取りを見逃さなかった。
(それでも、この二人はこの先、遅かれ早かれ必ずたっきゅーと!のステージで向かい合うことになる。もちろん、私も……)
茉子はそんな未来を想うように、目を伏せた。
ハナの気持ちは、さらに高ぶっていた。
(たっきゅーと!の世界にいれば、みんなとつながっているんだ! きっと、雪凪先輩とも打つことができるチャンスはあるはず! ううん、雪凪先輩だけじゃない。冬川先輩、茉子さん、歌羽さんとだって……!)
ハナの足取りが自然と軽やかになる。
ハナとマロンが卓球台につく。向かい側には、ダブルスにおいては、フラワーギフト学園で最強と名高い、白野ねこ、うさぎのペアがいる。
(さっきの試合、メグとルナちゃんから、勇気をもらえた……)
強い人たちと卓球ができる、ドキドキとワクワク。
それだけじゃない思いを、ハナは、メグムとルナから受け取ることができた。
(ううん、それだけじゃない。これは一年生みんなの思い……)
たっきゅーと!は試合に勝った方しか歌うことはできない。
今回、ステージでウィナーライブが披露できるのは、一年生か二年生、どちらかだけなのだ。
その責任、重圧が、卓球台の前に立った者にのしかかってくる。
いままであまり体験したことがない、プレッシャー。
それでも、ここに立った者は皆、それを乗り越えてきた。
乗り越えることができたのは……
「ハナちゃん~、靴ひもがほどけそうだよ~」
「わっ! ほんとだ! ありがとうマロンちゃん!」
マロンはしゃがみ込み、ハナの靴ひもを結び直す。
「……ハナちゃんは。緊張してる?」
「うん。してるよ。でも、一人じゃない。マロンちゃんがいるから、ドキドキよりも、ワクワクの方が大きいかも!」
「うん~私も同じだよ~」
二人は笑顔で笑い合う。
「頑張ろうね、ハナちゃん~!」
「よーしっ! 行こう! マロンちゃん!」
第9試合目、夢咲ハナ・栗野マロン対、白野うさぎ・ねこ、開戦!
☆ ☆ ☆
「さぁ、まずはお手並み拝見だよ!」
最初のサーブはねこ。
ハナとマロンは、卓球台の下に一瞬、視線を向ける。
そして、レシーバーのハナのもとに短い下回転サーブを打ち出される。
(ダブルスは、シングルスとは違って、サーブのコースが制限されてる……!)
ハナは、ツッツキをすると見せかけ、
(先手必勝……! 『デビルフェイク』!)
台上でドライブを打ち出す!
ハナが繰り出した奇襲に、うさぎはブロックで難無く対応。
(流石に上手だね、ハナちゃん。でも、マロンちゃんは準備ができているかしら)
序盤から行われる素早い攻防。その打球の先に、マロンがいた。
「えいっ~!」
素早い展開を予測していたマロンは、打球に回り込んでスマッシュを打ち込む!
打球は鋭く決まり、最初の得点がハナとマロンに入る。
「マロンちゃん、ナイスボール!」
「ハナちゃんこそ~!」
二人は小さくハイタッチを交わす。
「これは、レシーブにもサインを取り入れたみたいだね! うさぎ!」
「うんうん、ねこ。綺麗な連携だったね」
前回の試合。ハナとマロンは、お互いに出すサーブを把握するために、サインを使っていた。
そして、今回からは、レシーブをする際にも、ツッツキ、ドライブ等、どのようなレシーブをするのかサインを出しておくことで、連携が深まるようにしたのだ。
「これは私たちも、本気で応えないとだね! うさぎ!」
「うんうん、ねこ。もう油断はできないものね。それに……」
二人の目つきが、鋭さを増していく。
『ナギちゃんたちの試合を見たら、不甲斐ないプレーはできないもの』
まったく同時に、二人はそう口にした。
「ハナちゃん……」
「うん、ここからだね……!」
マロンとハナは、ねことうさぎの纏う雰囲気が変わるのを感じた。
(ここからが、あのときの続きだ……)
ハナは大きく深呼吸をして、ラケットを構える。
「すっごく、わくわくするよ!」
☆ ☆ ☆
ダブルスは1+1ではない。
この言葉が意味するところとして、強いもの同士が組んだダブルスが必ずしも最強になるわけではいということだ。
理由として、二人のプレイスタイル、得意技、利き手のなどの相性、様々のものが挙げられるが、まれに、あるものを持った選手が生まれることもある。
ダブルスの才能。
同じ競技ではあるものの、卓球のシングルスとダブルスでは、ルールの違いが著しい。
テニスであれば、一人が何度連続して打っても問題はないが、卓球は必ず交互に打たなければならない。
サーブのコースも制限されるため、ダブルスに適したサーブ、レシーブも重要になってくる。
シングルスの技術よりも、ダブルスの技術の方が得意な選手。
ダブルスの才能を持つ選手というものは、確かに存在する。
白野うさぎ、白野ねこ。
二人は、双子にして、このダブルスの才能を持つ選手たちだった。
現に、うさぎとねこは、シングルスでは同じ二年生の雪凪ナギ、冬川しずくに勝つことはできない。
それでも、ダブルスであれば、ナギ、しずくに負けることはなかった。
しかし、二人は壁にぶち当たる。
フラワーギフト学園のトップは、レギュラー6人と、準レギュラー2人。
たっきゅーと!の試合形式上、シングルスのみで行われるたっきゅーと!もあることから、どうしても、レギュラーになるためには、シングルスの強さが求められる。
同学年の、ナギがレギュラーに、しずくがレギュラー候補になる中、二人がシングルスの実力でレギュラー候補に選ばれることはなかった。
シングルスでは勝てない。
そう言われることに、悩み苦しんだこともあった。それでも、
「それなら、ダブルスで最強になればいいじゃない! 全日本選手権には、ダブルスの部門もあるし、何より、ダブルスが強いって、かっこいいじゃない! どうせ、シングルスでエースになるのは私なんだし!」
「ねえねえうさぎ! 励ましにしても、最後の言葉が余計だったような……」
「うんうん、ねこ。でも、それがナギちゃんらしいかも」
そうナギに背中を押してもらえたあの日から、二人はダブルスの最強を目指すようになった。
シングルスで勝てないことから、逃げているだけかもしれない。
そういう不安が二人にあったことも事実だった。
それでも、その不安は少しずつ二人から無くなっていった。
それは―――――――。
『二人でダブルスをしているときのたっきゅーと!が、何よりも楽しい!』
うさぎが繋ぎ、ねこが打ち出した鋭い打球が決まる。
『アイドルボールを制し、第一セットを先取したのは、白野うさぎ、ねこ選手です! まるでシングルを行っているかのような連携! ダブルスのお手本のような動きでした!』
『そうですね。ダブルスの楽しさ、面白さを体現したプレイだったように思います。』
司会のセイラ、解説の茉子シュバインシュタイガーが二人のプレイに称賛の声をあげる。
(このダブルスに対抗するには……)
茉子は、ちらりとナギ、そしてハナを見る。
「……ハナちゃん、大丈夫だった……?」
マロンは心配そうにハナを見る。
「はぁはぁ……うん! ありがとうマロンちゃん! じっくりと観察できた!」
ハナは、第一セットの、うさぎとねこの動きを頭で思い返す。
そして、もう一つ。先ほどのダブルスでの、雪凪ナギの動きを。
「準備万端! 私たちのダブルスで、最強のダブルスに勝とう!」
☆ ☆ ☆
第二セットが始まる。サーブを打つのは、ハナ。
大きく深呼吸をして、ハナはピンポン玉を大きく投げ上げる。
『……!』
見覚えのあるフォームに、うさぎとねこは同時に警戒を強める。
(すごくかわいいサーブだった! 私も打ってみたい!)
ハナは、落ちてくるボールにラケットを振り下ろし、しゃがみ込む。
その動きは、先ほどの試合で披露された、ナギの『王子サーブ』だった。
多少の動揺はあったものの、レシーブのねこは難無く打球を処理する。
(驚いたけど、このサーブは何度も練習で受けてるよ……!)
ねこの返球先には、マロン。
(……!)
バックハンドに貼られた粒高ラバーから放たれる異質な回転が、うさぎのミドルを狙い撃つ。
うさぎは何とか打球をコートに残すが、そのバウンドは高い。
ハナは素早く回り込み、そして、大きなバックスイングを取る。
(楽しいものは、全部取り入れる……!)
ハナは全身を振り子のように使い、パワードライブを放つ!
(それが、私のプレイスタイル!)
まるで雪凪ナギが放ったパワードライブのように、強烈な打球がコートを射抜く。
「やってくれるじゃない」
その打球を見て、ナギはそう呟いた。
ハナ・マロン6-4うさぎ・ねこ
徐々にではあるが、第二セットの主導権を握り始めたのは、ハナとマロン。
まるで、コート上に雪凪ナギがいるかのように、ハナは打球を炸裂させる。
先ほどの試合と同じ。ナギが「個」の力で圧倒したように、ハナが個人技で主導権を握っている。
(普通の人には、そう見えているのかもしれませんね)
解説席に座る茉子は、冷静に試合を分析する。
その視線の先には、マロンがいた。
(粒高ラバーの扱いが上手。パートナーに、打ちやすい返球が来るように、気の利いた打球を打ち続けている)
ハナがここまで伸び伸びと打つことができるのは、マロンがお膳立てをしているから。
(ダブルスの才能……ですか)
ダブルスに取り組むことで、その非凡なセンスが輝き出す。
(何だろう~すごく、楽しい~)
試合は真剣勝負。それでも、マロンはダブルスに、いままでにない楽しさを見出していた。
『ハナちゃん! 自由に、楽しく打っていいよ! 私がそれを全部支えるから!』
前回の試合で見つけた、自分たちのダブルスの形。
(私たちが、一緒にきらきらする方法~)
ハナのプレイを支えることで、マロンが自身も輝きを放つ。
試合の中で、うさぎとねこも、マロンのダブルスの才能に気づく。
(マロンちゃんも、わたしたちと同じなんだね)
マロンがダブルスを楽しむ気持ちが、とてもよく分かった。
自分たちも、ダブルスが何よりも楽しいから。
だからこそ、
(負けるわけにはいかない! 最強のダブルスになるのは、私たちだ!)
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