4話 美甘メグム・月星ルナVS雪凪ナギ・冬川しずく!②

「……ナギちゃん?」


 得点を決めた。それなのに、喜ぶこともせず、ただラケットを見ているナギにしずくが問いかける。


「……私、打球に触れないように、コースを打ち分けたつもりだったわ」


 その打球に、メグムは触れた。


 いま、ナギの心に、正体不明の感情が湧き上がってくる。


(自分に対する情けなさ……? ううん、不思議ともやもやした気持ちじゃないわ)


 強敵と出会えた喜びとも、少し違う。


(この気持ちは……)


 ナギは、はっとして解説ブースの方を見る。


 そこいるのは、茉子シュバインシュタイガー。


 ナギが目標としている、フラワーギフト学園のエース。


「……!」


 一瞬だけ、ナギと茉子の視線が合う。


 茉子の表情が、僅かに緩んだ。


「だ、大丈夫? ナギちゃん?」


「……大丈夫に決まってるじゃない! 次は触れさせないわ!」


 ナギは自分の感情の正体を掴む。


 それは、後輩の成長による、喜びと焦り、負けん気が混ざりあった特別な感情。


 溢れる高揚感は言葉に言い表すことはできないが、一つだけ確実にわかることがある。


(この感情が、もっともっと私を強くしてくれる……!)


 得点は2-2。


 サーブ権はもう一度メグム。


 フェイントサーブを放つと見せかけての、上回転のロングサーブ。


 相手の裏をかこうとしたサーブであったが、レシーバーのしずくは冷静だった。


 ミドルにきたサーブをバックハンドで難無く処理。


 その打球の際どいコースに、ルナは返球するのが精いっぱいだった。


 ナギはもう一度だけ、ちらりと解説ブースを見る。


(……私も、そんな存在に……)


 向かってくる打球に対する、ナギのスイング、タイミングは完璧だった。


 たっきゅーと!は、最高のエンターテインメント。


 それは、試合後に行われるウィナーライブを指してだけの意味ではない。


 卓球という競技の中で、アイドルたちが魅せる技術。そのすべても、観客を楽しませるに相応しいエンターテインメント。


 ナギのパワードライブが、メグムとルナのコートに突き刺さる。


 その打球に、メグムは動くことすらできなかった。


 ナギは静かに目を閉じ、小さく息を吐く。


(……ナギちゃん。スイッチが入ったみたいだね)


 誰よりも近くでその姿を見たしずくは、ナギの小さな背中が、とても大きく見えた。


(スノークローバー、私たちのエース)


 そして、目を開いたナギの瞳は凪いでいた。


「悪くない気分だわ。さぁ行くわよ」


☆ ☆ ☆


「はぁはぁ……」


 メグムは流れてくる汗をタオルで拭い、体育館の大スクリーンに映し出された得点をあらためて確認する。


 美甘メグム・月星ルナ 5-11 雪凪ナギ・冬川しずく


(流れを持っていかせないつもりだったのに……完全に持っていかれちゃった)


 アイドルボールの得点を許してから、明らかに二人の動きが変わった気がする。


「……特に雪凪先輩ですわね」


 メグムの隣に座るルナは、第一セットを思い返す。


「これまでにも何度か、雪凪先輩のたっきゅーと!を拝見したことはありますが、あそこまで集中している先輩はあまり見たことありませんわ。所謂、ゾーン状態というものかも」


「ゾーン、状態……?」


「そうですわ。ゾーンは、選手における極度の集中状態。何かのきっかけで、その状態に入ったのかもしれませんわね」


 確かに、ナギのプレーはこれまでの試合よりもとても落ち着いた、穏やかなものだった。


「えっへへ。それはまいったね……」


 自分たちのダブルスの技術が上がったことで、あらためて、二年生との実力差を感じる。


 それでも、


「まだまだ、ここからだよね、ルナ」


 オレンジの香りが、隣にいる仲間が、メグムを前に進ませる。


「ええ。集中力は、いつまでも保てるものではありませんわ。粘りましょう。きっとチャンスがあるはずですわ」


 第二セットが始まる。


 サーブ権はメグム。レシーバーはナギ。


 どこにどんなサーブを出しても、打ち込まれそうな静かな威圧感が、メグムを襲う。


(弱気になったら、思うつぼだ……!)


 メグムが放ったのは短い横回転サーブ。


 相手に打たれないようにするのではなく、三球目を打つルナにつなげるためのサーブ。


(僅かな光への同情……)


 しずくには、メグムたちの思いがわかった。


(逃げない、向かっていく勇気……)


 後輩たちが見せるその姿は、アイドルとしてとても美しい。


 だが、相手が悪い。


(相手が、ゾーン状態のナギちゃんじゃなければ……)


 ナギは、打球に対して大きく手首を捻り、打ち出す。


 チキータと呼ばれるそのレシーブに、ルナは反応することができない。


『ナギ選手の集中力が、異常な程に高まっています。ここから先は、一方的な試合になりそうですね。ただ……』


 茉子は少し、心配そうにナギを見つめる。


 メグムとルナは、必死に打球を追う。一点でも多く、得点を奪うために。


 しかし、届かない。


 美甘メグム・月星ルナ 3-9 雪凪ナギ・冬川しずく


 アイドルボールが宣言された打球の打ち合い。


 メグムがなんとか拾った打球は、大きな弧を描き相手のコートに向かう。


 ナギがゆっくりとスマッシュを打ち込む態勢に入る。


(諦めませんわ……! 最後まで!)


 ルナは後ろに下がり、スマッシュを返そうと必死で打球を見続ける。


 ナギが全身を使ってスマッシュを打とうとした、そのとき、


(……! ちょっとだけ、バランスが崩れた……!?)


 これまで完璧だった、ナギのフォームが僅かに崩れたのだ。


 疲労からなのか、原因はわからない。それでも、スマッシュミスが起こるかもしれない。メグムはそう感じた。


(こんなところで、ミスをする選手が、エースになれるかしら……?)


 ナギは静かに自分に問いかける。


(私は……)


 そんなナギに、しずくが叫ぶ。


「ここで決めなきゃ、ナギちゃんじゃないよ!!」


「……!」


 ナギの凪いでいた瞳に、火が灯る。


「当たり前だわ、私は……この学園のエースになるんだから!」


 放たれた打球は、ネットにかかる。


 そして、静かにメグムとルナのコートに落ちた。


☆ ☆ ☆


『アイドルボール、そしてたっきゅーと!を制したのは、雪凪ナギ・冬川しずくの二年生ペア! 熱戦でしたが、結果を見れば、二年生の実力を見せつけた形になりました!』


『そうですね。ダブルスの連携という技術を学んできた一年生に対して、ナギ選手が「個」の力を見せつけた展開でした』


『あの集中力はすごかったですね……! あそこまで調子がいいナギ選手を久しぶりに見たきがします! ですが、最後のスマッシュ……体力的を相当消耗したことは間違いないでしょう! まだまだ、一年生にもチャンスがありますね!』


『はい。一年生の粘りも、見ている人に勇気を与えるものだったと思います』


 茉子はちらりと、ナギを見る。


(あのプレイは、私への……)


 ナギはしずくの手を借りながら、王座に戻っていく。


 極度の集中状態であった反動か、顔を滝のように汗がつたう。


「ナギちゃん。なかなか無理したね」


 しずくはやさしくナギの汗を拭う。


「勝手に暴れて、ごめん……しずく」


「謝るなんて、らしくないよ。見てもらいたかったんでしょ。茉子さんに」


 ナギははっとしてしずくを見る。


「やっぱりばれてた?」


「ばれないわけないでしょ。ずっと側にいるのに」


 しずくは不思議そうに笑う。


「じゃあありがとう。次の試合も、私について来なさい、しずく」


「うん。それでこそナギちゃんだ。でも、いまは休もうね。それに……」


「しずく……?」


「次戦は私に任せるといい。唯一無二の太陽の熱に当てられて、血が滾る」


「……相変わらず、中途半端にキャラ付けに失敗してるわよ」


「な、ナギちゃん! いまのは格好つけさせてくれるところでしょ~」


 ぷんすかと怒るしずくを見て、ナギは次回戦に向けてゆっくりと身体を休めた。


☆ ☆ ☆


「二人とも、お疲れ様!」


 控え室に戻ってきたルナとメグムを、一年生たちが労う。


「お疲れさまです。メグム、ルナ。得点こそ開きはありましたが、熱戦であったと思います」


「えっへへ。ありがとう、愛歌。でもぜんぜん! 雪凪先輩一人にやられちゃったよ」


 メグムは控え室を見渡す。


「もう、準備に行っちゃったかな。頑張ってって、伝えたかったな」


「大丈夫ですよ。メグムとルナとたっきゅーと!は、見ている皆を勇気づけるものでした。もちろん、あの二人も」


 メグムが控え室のスクリーンを見ると、そこに映し出されているのは、王座に向かう二人。


『さぁ! 9組目の挑戦者は、どちらにたっきゅーと!を申し込むのか!』


 王座に向かった二人は、迷いもなく、挑戦権の赤いバラを先輩二人に手渡す。


「リベンジに来ました! うさぎ先輩、ねこ先輩!」


「よ、よろしくお願いします~」


 夢咲ハナ、栗野マロンは、最強のダブルスペアに勝負を挑んだ。


「ずっと待ってたよ~! ねぇねぇうさぎ!」


「うんうん、ねこ。私もどきどきしてるよ」


『第9試合目は、夢咲ハナ・栗野マロン対、白野うさぎ・ねこのたっきゅーと!です!』

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