12話 エミの決意!

「……雪凪先輩……あなたの狙いは何のですか……」


 愛歌は、またエミを、親友を小ばかにされたことで不愉快になりながらも、ナギの言動にどこか違和感を覚えていた。


「あなたは、そんなことを言うような方ではなかったと認識しています」


「そう? 私はいつも通りよ! さぁ次行くわよ!」


 ナギの二本目のサーブは、王子サーブではなく、短い下回転サーブ。


 そこから、再びナギのドライブと、愛歌のカットの打ち合いが始まる。


 激しい、間違いなく、フラワーギフト学園でも最高に近い打ち合い。


 エミは、その打ち合いを間近で見ながら、自分への最後の確認をする。


(……うん。大丈夫!)


 ナギのドライブが、ネットの先にひっかかり、愛歌の台に落ちる。


 カットをするため後陣いた愛歌は、その打球を拾うことができなかった。


「あれで、ネットを超えきれないか……」


 ナギは、片手を挙げ、ネットインでの得点に対し、相手に敬意を伝える。


 そのとき、


「あの!」


 ナギと愛歌の試合に、エミが割り込むように声をかける。


「私も、もう一度、混ぜてもらえますか!」


 もう一度、愛歌とダブルスをしたいと。エミは訴える。


「エミ……」


 エミを見て、その表情が、先ほどまでとは違うと、愛歌は気づく。


「そう! でも、それは愛歌次第かな~!」


「私、次第……?」


 ナギの言葉に、愛歌は不思議そうにする。


「愛歌……!」


 エミは、愛歌と向き合う。


「ごめんね、いままで、私に合わせてくれるようなプレイしか、させてあげられなくて」


「エミ……! そんなこと……! 雪凪先輩の言うことを、鵜呑みにしては……」


「ううん。雪凪先輩が言ってるのは、本当のことだよ。私の実力が足りないから、愛歌に気を使わせて、伸び伸び打たせてあげられてなかったよね」


 エミは愛歌に微笑みかける。


「愛歌は本当にやさしいから、私はそれに甘えてた。でも、雪凪先輩と、愛歌の本気のたっきゅーと!を見て、やっぱりすごいなって思ったし、私も二人にみたいになりたいって思えた!」


 エミは、愛歌の手を取り、その瞳を見つめる。


「いまからね、私、すごく自己中なこと言うけど、許してね。私とダブルスを組んでいるときでも、愛歌には全力でプレイしてほしい! 私は、それになんとかついて行きたいんだ!」


「エミ……」


 エミが本気でそう伝えようとしていることが、愛歌にはわかった。


「私は……どう答えてあげればいいのか、わかりません……」


 愛歌は、エミの瞳から逃げるように顔を伏せる。


「気をつかっているようなプレイをしてしまっていたこと……とても申し訳なく思います。それでも、人に、人に合った成長速度があります。私は、以前より、天使歌羽の妹であることから、すべてを『才能』という言葉で片付けられることが多かったです」


 愛歌の声は震え、どこか弱々しい。エミは、こんな愛歌を初めて見た。


「自分では努力を怠ったことはないつもりですが、周りから見れば、『才能』という言葉がしっくりとくるのでしょうか。実は、フラワーギフト学園に入る前にも、何人かの子と、ダブルスを組んだことがありました。結果として、みんなから、『ついていけない』と言われました。お前とは『才能』が違うと」


「愛歌……」


「私は、怖かったんです。また、ダブルスを組んで、エミにまでそう思われてしまうんじゃないかと思いました。それに、もう小さいときとは違います。自分の力を振りかざすだけではなく、パートナーを尊重した、成長させてあげられるようなプレイをしなくてはと思いました」


 愛歌は顔を上げ、いまにも泣きそうな笑みを見せる。


「その、うぬぼれが、エミを傷つけてしまっていたのですね。雪凪先輩は、何も間違ったことは言っていなかった。いけなかったは、私です。ごめんなさい」


「ばか……! どこまでやさしいの!」


 エミは愛歌に抱き着く。


「いますぐには、信じてなんて言えないけど、私はずっと愛歌について行ってみせる! もっと強くなって、絶対に追い越して見せる……! 弱音な自分とは、もうさっきバイバイしたんだ!」


「エミ……!」


「卓球歴とか関係ない! 才能なんて、やってみなきゃいつ花開くかわかんないもん!」


「信じてあげなさい! 愛歌!」


 ナギはそんな二人を見て、堂々と宣言する。


「前にね。茉子さんと、エミについて話したことがあったのよ」


「わ、私について……? 茉子さんが!?」


 突然、憧れの人の名前が出てきて、エミは驚く。


「前に一度、雑誌の撮影で一緒に会った子が、フラワーギフト学園に合格していて、驚いた。自分に会ってから卓球を始めたみたいで、それで合格するのは、才能だけではなく、根性が必要。彼女には、それがあるってね!」


「茉子さんがそんなことを……」


 自分と最初に会ったときのことを覚えてくれていた。


 嬉しくて、エミの心は温かくなる。


「愛歌が本気を出しても、きっとエミはついてくると思うわ! そりゃ、最初はボロボロだろうけど! だから、信じてあげなさい! それが、あなたたちのダブルスよ!」


 ナギはびしっと愛歌に指を指す。


「……エミ」


「なぁに、愛歌?」


「私と、ダブルスを組んでいただけますか?」


 愛歌の震える声から、勇気を振り絞ってくれていることが伝わり、思わず、エミは泣きそうになる。


「そんなの、私こそだよ……! 絶対に愛歌から引っ付いて、離れてあげないからね!」


「私もです……! 最愛のパートナーである、エミに誓います……!」


 二人はそう言って、泣きだしながらぎゅっと抱きしめ合う。


「時間もそろそろね。まぁ、先輩らしいことはできたわ……きゃ!?」


 突然、ナギの目が何者かに塞がれる。


「な、ななな、なに!? 誰!?」


「ナ~ギ~ちゃ~ん! こんなところにいたの!」


「そ、その声は……しずく……!」


 ナギが後ろを振り返ると、そこにはぷんぷんと怒ったしずくがいた。


「勝手にどこか行かないでねって約束したでしょ~!」


 しずくは、完全に素の状態でナギに詰め寄る。


「それに……一年生の子たちを泣かせて……! もう~!」


 いま来たしずくにとって、泣きながら抱き合う愛歌エミは、ナギが泣かせたように見えたようだった。


「違うし! ちゃんと先輩らしいこと、し~ま~し~た!」


 ナギはしずくにあっかんべーをする。


(とは言っても、愛歌……あの子は間違いなく、近いうちにレギュラーの座を奪いにくる。エミも、どこまで成長できるか、楽しみな子ね) 


「ふふん。おもしろくなってきたじゃない!」


「……? なんの話……?」


「しずくは今年、準レギュラーから、ちゃんとレギュラーになれるかな~って話よ!」


「もう~またばかにして~!」


 ナギとしずくが、体育館から出ようとしたとき、


「あの……! 雪凪先輩!」


 後ろから、エミが声をかける。


「雪凪先輩の考えに気付くことができず……失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした……!」


 愛歌は頭を下げ謝罪する。


「でも、本当にありがとうどざいました! ダブルスのイベント……がんばります!」


 そうエミは力強く宣言した。


「そう! まぁ、私が助言したんだから、無様な姿は見せないことね!」


 ナギはぶっきらぼうにそう答えると、体育館を早足で去っていく。


「……ナギちゃん、素直じゃないね。照れ屋さん」


 しずくがナギの顔を覗き込むと、その顔は赤くなっていた。


「しずくうるさい! ただでさえキャラ付け下手なのに、忘れすぎるとファンに幻滅されるわよ!」


「……! ナギちゃん、ひどい……!」


しずくはしくしくと落ち込みだす。


(三年生、二年生ばかり見ていたけど、一年生もやっぱり侮れないわね。上ばっかりみてると、足元をすくわれるってよく言うわ……でも)


 体育館を出ると、空はもう薄暗くなっていた。


 そこに一番星が輝く。


「私は必ず……フラワーギフト学園のエースになってみせるんだから!」


 ナギは一番星に手をかざし、掴むように握りしめた。

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