11話 天使愛歌VS雪凪ナギ!

「半年ぶりくらいかしら? たっきゅーと!のリーグ戦の控え室に愛歌が来たのよね。歌羽さんを応援に! なつかしいわね!」


 当時、雪凪ナギは、フラワーギフト学園の一年生ながらも、準レギュラーとしてリーグ戦に帯同していた。


「そうですね。でも、いまは……」


 愛歌はシューズの紐を結び直し、ナギを見る。


「思い出話をしたい気分ではありません」


「へぇーそれは怖いわね」


 まったく怖そうな素振りも見せず、ナギはボールを構える。


 最初のサーブはナギから。


 天使愛歌と雪凪ナギのたっきゅーと!が始まる。


(さて、まずは小手調べかな!)


 ナギは短い下回転サーブを愛歌のバックハンド側に打ち出す。


 愛歌はそれを粒高ラバーで軽く流すように打ち返す。とても柔らかいボールタッチ。


 ナギは返ってきた打球をドライブで打ち返す。


 愛歌はすでに後ろに一歩下がっており、軽やかフットワークで移動し、カットをして返す。


(本当に、歌羽さんみたいな動き! でも……)


 ナギはカットされたボールに対し、大きくバックスイングを取る。


(ぶち抜いてやる!)


 ナギは小さな体を振り子のように振るう。


 強烈なパワードライブが、愛歌の台で弾み、伸びていく。


「く……!」


 打球をカットで返そうとした愛歌であったが、勢いのある打球に押し戻されてしまう。


 最初のポイントを得たのは、ナギだった。


 愛歌は、打球が当たったラバーを見つめる。そこに、打球の跡が残る。


(何という強烈なパワードライブ……)


 余裕のある打球を返してはいけない。愛歌は冷静にナギを分析する。


「次行くわよ!」


 次のポイント、愛歌は先に攻勢に出た。


 ナギのサーブを台上のドライブで返す。


(自分からも攻めれるんだ! 面白いね! それなら……)


 ナギはドライブで大きく打球を浮き上がらせる。ループドライブ。


(ここです!)


 愛歌は、攻勢に出たときの得意スマッシュ『エンジェルアロー』を打ち込もうとする、が、


(……! この、回転は……!)


 ナギの放ったドライブには、愛歌思っていたよりも激しい回転がかかっていた。


 愛歌はボールの芯を捉えきれず。打球はオーバーミス。遠くへと飛んでいった。


「すごい回転でしょ! 私よりも強烈なドライブをかけられる人は、このフラワーギフト学園にはいないわ!」


 ナギはえへんと、薄い胸を大きく張る。


「……まぁ、同じくらいな人は、いるけど……」


 そして、誰にも聞こえないようにそう呟く。


 ナギの頭に浮かんでいたのは、現フラワーギフト学園のエースの姿。


「確かに、素晴らしいドライブです」


 愛歌は、ボールを握り、そう答える。


「ただ、卓球の強さは、ドライブだけで決まるものではないと、私は思います」


「なかなか言ってくれるじゃない!」


 ナギは、自分への敵意を向けてくる愛歌に、笑みを浮かべる。


(思ったより、上手くいきそうね! せっかくだし、もう少しだけ楽しませなさいよね!) 


 そして、ちらっとエミを見る。


 心配そうな顔で、愛歌を見つめているその姿は、何かと葛藤しているように見える。


(しっかりと目に焼き付けなさい! そして……)


 ナギは構え、愛歌のサーブを受ける態勢を作る。そこで、


「アイドルボールをお願いします」


 2-0。ナギのリード。次は愛歌のサーブ、ここで、愛歌が先に仕掛けた。


「へぇ! ここでアイドルボールを使うなんて、面白いじゃない!」


 ナギは腕を組んで不敵に笑う。


「相当サーブに自信があるのかしら?」


 ナギの呼びかけに、愛歌は黙って何も答えない。


(確か、一年生のイベントのときにサービスエースを決めていたわね! 楽しみね!)


 アイドルボールを制した者は、二得点を獲得することができる。


 ただの練習試合にも関わらず、張り詰める空気、緊張感は、たっきゅーと!の本試合と変わらない独特のものだった。


(愛歌が使うのは……あのサーブだ……!)


 エミは、ごくりと唾をのみ込む。


「さぁ……きなさい!」


 愛歌が構えるのは、バックサーブ。


 ナギ、エミの予想通り、一年生初めてのたっきゅーと!で、ハナを追い詰めた、様々な回転を打ち出すことができる高速サーブ。


 愛歌のフォームからは、回転を判断できない。まるで、天使歌羽の『デビルフェイク』だとハナに感じさせるほどの完成度。


(きた……!)


 ナギは、打ち出されたサーブと同時に回り込み、バックスイングを取る。


「……! まさか!」


 エミは、思わず驚きの声をあげる。


 それはあまりにも、ナギが好戦的、挑戦的だったからだ。


(どの回転かなんて関係ない! パワードライブで吹き飛ばす!)


 下回転、横回転、回転がどうかは考えない。ただ、タイミングを取り、パワードライブで、打ち返すことだけにナギはすべてを集中させる。


 そして、ボールが強く弾む。


「……!」


 ナギが打ち返したレシーブは大きな弧を描き、愛歌のもとへ飛んで行く。


 そのボールを愛歌は右手で掴んだ。


「ただ速さだけを重視した高速サーブってわけね」


 ナギのスイングは、ボールを完璧にとらえることができなかった。


 それは、ナギの予想していたよりも、ナギのスイングスピードと比べて、サーブの方が速かったからだ。


 ナギのパワードライブは身体全身を使って打ち出すため、通常のドライブよりも凄まじい威力を発揮する。


 そのため、大きなバックスイングを必要とするが、それを隙にしないスイングスピードがナギにはある、はずだった。


 それを超えるスピードの上回転サーブを愛歌は放ち、強く弾んだボールがさらにタイミングを外した。


「雪凪先輩なら、自信のあるパワードライブで、勝負してくると思いました」


「つまり、それに勝てる自信があったわけね?」


「……ハナに負けてから、遊んでいたわけではありません」


 愛歌は、ハナと行った激しいたっきゅーと!の試合を思い返す。


 自分がいままで行った中で、最も熱い、楽しい、最高のたっきゅーと!だったと神様に誓うことができる。


 それでも、結果としてみれば敗戦。悔しくないわけがなかった。


 もう一度、最高のライバルであるハナとたっきゅーと!がしたい。


 そのときにウィナーライブを行うのは、自分でありたい。


「勝てる自信があります。それが例え、フラワーギフト学園のレギュラー相手だったとしても」


「……! 言ってくれるじゃない!」


 アイドルボールを制したのは、愛歌。得点は2-2。同点となった。


 愛歌の二本目のサーブ。


 バックハンドから放たれたそのサーブを、ナギは触れることなく見送った。


「なるほどね! いまのは下回転ってわけね~」


 ボールは台上で弾むと、強烈な下回転で、ネットまで戻っていく。


 一得点を失ってでも、ナギは愛歌のサーブを放つモーションから、球筋まで、じっくりと観察をした。


  2-3。愛歌のリードになり、サーブ権はナギに移る。


「いっちに! さんっし!」


 ナギはサーブを打つ前に、ストレッチをして全身を伸ばす。


「良いサーブを見せてくれたからね! 私も、応えてあげる!」


 すると、ナギは大きくボールを宙に上げる。


(高い……!)


 エミはそのボールの高さに驚く。投げ上げサーブを初めて見たのだ。


 ただ、ナギの投げ上げサーブは普通じゃない。


 ナギの小さな身体分よりもさらに高く、ボールが宙に浮かぶ。


 ボールを高く上げるハイトス、投げ上げサーブは、レシーバーにとってタイミングが掴みづらい。


 それは、サーブをする側もそれだけタイミングが難しくなることを意味する。


「ふふん!」


 ナギは全身を大きく仰け反らせる。そして、落ちてくるボールにラケットを振り下ろし、しゃがみ込む。


「……!」


 ナギの大きな振りに惑わされないように、愛歌はサーブを目で追う。


 そして、ツッツキから一歩下がろうとするが。


 ボールはラケットに当たると同時に、明後日の方向に飛んで行ってしまう。


 それ程までに強烈な横回転。


「どう! 私の王子サーブは!」 


 ナギは腰に手を当て、得意げに笑う。


 王子サーブは、高く上げたボールに対し、しゃがみ込みながらラケットを振り下ろし打ち出すサーブ。


 強力な回転をかけることができる反面、サーブする側にも高い技術が必要になり、しゃがみ込むため、レシーブが返ってきた際の素早い反応も求められる。


 ナギは自分の小さな体を存分に活かし、身体全体で王子サーブを放っていた。


(パワードライブだけじゃない。サーブもこんなに強力なんて……)


 エミは、目の前にいるナギの実力を見て、フラワーギフト学園のレギュラーにあらためて憧れると同時に、こんなにも遠いものかと感じてしまう。


(すごい! あんなふうに卓球ができたら、楽しいだろうなぁ。でも……)


 自分もナギのように、愛歌のように卓球が上手くなれるだろうか。


 そう考えてしまうと、不安になる。いっそのこと、


(憧れだけにできたら、もっと楽になるのかな)


 自分は、あんなふうにはなれない。


(でも、私には私の卓球が、成長のペースもあるし、みんなよりも卓球歴も短い! 仕方ないよ!)


 そう割り切ってプレイできたら、もっと卓球を楽しめるだろうか。


 ナギはそんなエミの様子を見逃さない。


(あと一歩ってところかしら?)


 そして、愛歌に向かってこう言い放つ。


「サーブが自分だけの武器だと思わないことね! 弱いパートナーに合わせて腕を錆びつかせているようじゃあ、私のサーブは一生取れないわね! まぁ私はあなたのサーブを次で破ってみせるけれどね!」


 ナギはエミをラケットで指し、わざとらしく愛歌を挑発する。


「……!」


 エミはナギの言葉に、目をそらすようにする。


(なんだろう……この気持ち……)


 好き放題に言われて、悔しい。でも、ナギの言葉は、事実だ。


 愛歌は、ダブルスでは、自分に合わせてプレイしてくれる。


 それはきっと、愛歌のやさしさ。


(私は、それが……いや、なの……?)


 愛歌は、もっと強いんだ。


(でも、私が、その強さについていけていない……!)


 エミは、はっとする。


(違う……私は、ついて行く気がなかった……勇気がなかったんだ……)


 愛歌の本気についていけば、卓球歴とか関係ない、自分の才能差を感じてしまいそうで。


(私は、逃げてたんだ)


 エミは、自分の葛藤の意味を確信した。


 そらしていた顔を上げ、ナギを見ると、


「……!」


 ナギは、そんなエミに、ウインクをして見せた。


「……こんなふうに悩んでるのは、私らしく、ないよね?」


 エミは、床に置いていたラケットを拾い上げる。


 その手に、迷いはもうなかった。


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