10話 星空エミ!

 メグムたちと同時刻に行われていたダブルスの練習。


「いまの発言を撤回してください」


 特別解放された体育館に、天使愛歌の声が静かに響く。


「撤回も何も、事実でしょ? あなたが、星空エミのことをかばって、本気でプレイできていなのは」


 愛歌に対して強く反論したのは、フラワーギフト学園で、唯一、二年生レギュラーである雪凪ナギだった。


「そんなダブルスしかできないのなら、ペアを変えてもらえるように学園長にお願いしてきたら? 本当は、あなたも思ってるんじゃないの? どうして自分のペアが、こいつなんだって」


 ナギの言葉が、星空エミの胸を強く締め付ける。


(わかってた、でも……)


 実際に、言葉に出されることが、こんなにも苦しいなんて。


「いい加減に、してください」


 静かに、愛歌が怒っていることがわかる。エミは、愛歌が怒っているところを初めて見た。


「そうね。じゃあ、あなたが私に一セットマッチで勝ったら、撤回してあげてもいいわよ!」


「その言葉、たっきゅーと!の神様に誓って頂きます」


 一年生最強の天使愛歌と、フラワーギフト学園のレギュラーである雪凪ナギが、台に着く。


(愛歌が、私のことで怒ってくれてる)


 それでも、エミは、何も口を挟むことができなかった。


☆ ☆ ☆


 星空エミは、小学校三年生のときに友達と一緒に参加したアイドルのオーディションで、合格し、アイドルになった。


 楽曲を持つようなアイドルたちとは異なり、エミは専らダンスの活動に勤しんだ。


 ダンスグループのライブでバックダンサーに抜擢されるなど、持ち前の身体能力を活かして活動をしていった。


 小学校五年生になり、中学生向け人気雑誌、ハピネスラブの専属モデルにも抜擢され、充実した毎日を過ごしていたかに思われた。


(何だろう、もっと熱い、何かがしたい……)


 ダンスも、モデルのお仕事も、とても楽しい。


 それでも、エミは何か手の届かないような、言葉にできない何かを追い求めていた。


 そのとき、追いかけるべき、何かと出会った。


 茉子・シュバインシュタイガーと出会ったのだ。


(すごく、綺麗な人……)


 エミにとって、初めての一目惚れだった。


 いままでにもお仕事で、かっこいい人、かわいい人、たくさんの人に会ってきたが、こんなに心が揺れ動いたのは初めてだった。


 お仕事に向かう姿勢はもちろん、内に眠る、隠すことができない熱量を感じた。


「あ、あの……!」


 エミは、居ても立ってもいられず、思わず声をかけていた。


「どうしたら、あなたみたいになれますか……!」


 小学校五年生だったエミにとっては、とても真剣な質問だった。


「私みたいに……?」


 当時、中学校一年生だった茉子は、突然の質問に、驚きながらも、あまりに真剣な子の質問に頭を悩ませる。


 そして、


「卓球を、やってみる、とか?」


 茉子は思わず、自分のやっている競技について口に出す。


「卓球!?」


 いまでも、その唐突な答えに驚いたことをよく覚えている。


 きっと、茉子は良く考えずにそう言ったのかもしれない。それでも、エミには十分な言葉だった。


 家に帰ると、エミは、茉子・シュバインシュタイガーについて調べた。


 そこで、すべてが繋がる。茉子は、たっきゅーと!のアイドルだったのだ。


(だから、卓球って言ったんだ!)


 それから、茉子はたっきゅーと!の映像をたくさん見ることになる。そして、憧れた。


 純粋なアイドルにも負けないライブ。卓球選手にも負けない試合。その熱量に感動した。


 自分も、こうなりたいと思えた。


 茉子が通っている、フラワーギフト学園に行けば、自分も憧れに一歩近づけるかもしれない。


 小学校五年生の冬。星空エミは、初めて卓球のラケットを握ることになる。


 いろいろ調べていくと、卓球は、もっと小さいころから始める子が多いとか。


 遅すぎるかもしれない。合格できないかもしれない。それでも、


(なんだろう……楽しい!)


 アイドル活動をしながら、それと同じくらい、エミは卓球の練習を始めた。


 ラケットが手に馴染むように、一日中離さないでいたこともあった。


 近くの小学校や、中学校の練習に、無理言って参加させてもらったこともあった。


 自分よりも小さな子に負け、年上にわざと遊ばれることもあった。


 それでも、憧れを目指して頑張るのは、とても清々しかった。


 厳しい入学試験を乗り越え、フラワーギフト学園に合格できたときは、心から嬉しかった。


 アイドル事務所、一緒に卓球の練習をしてくれた仲間、支えてくれた家族、みんながエミの新しい旅立ちを応援してくれた。


 フラワーギフト学園に入って、エミは自分の卓球の実力が下から数えた方が早いことにあらためて気づいた。


 たっきゅーと!では、どんなに歌が上手くても、ダンスが完璧でも、試合に勝たなければ、ライブを行うことはできない。


 でも、そんなことはわかっていた。みんなよりもたくさん練習して、追いつき、追い越せるように頑張っていこうと思えた。


 一年生初めてのたっきゅーと!で、マロンに勝てたときは、本当に嬉しかった。


 茉子に憧れてよかった、フラワーギフト学園に来てよかったと本当に思えた。


 しかし、それと同時に、届かない存在がいるのではないかと思い始めてもいた。


 天使愛歌。エミと同じギフト組で、寮の同部屋でもある仲間。


 愛歌は、ハナと同じくらい卓球が強くて、メグムと同じくらい歌が上手くて、エミと同じくらいダンスが得意だった。


 姉は、たっきゅーと!界で、絶対的な存在になりつつある、天使歌羽。


 最初は、その才能が羨ましかった。


 けれど、一緒に過ごしてわかったことは、愛歌がものすごい努力家であることだった。


 愛歌自身、世間から、姉と比べられることにプレッシャーを感じているようだった。


 それでも、その期待に応えられるように、誰よりも努力していた。


 それがわかったとき、


 愛歌には敵わない。


 そう思ってしまった。そう思わないと、自分は前に進めないと思った。


 ダブルスのパートナーが決まったとき、エミは正直動揺した。


(どうして……私と愛歌……?)


 愛歌と一緒なのが嫌だったわけじゃない。


 あまりに卓球の実力差があり、迷惑をかけてしまうのではないかと思った。



「一緒に、頑張りましょうね、エミ」

 愛歌は、いつものやわらかい笑みを私に向けてくれた。


 その表情を見たときに、愛歌は本心で一緒に頑張ろうと思ってくれていることがわかった。


 それがさらにエミの胸を締め付けた。


 一緒にダブルスの練習をして気づいたことは、愛歌がエミに気を使ってプレイしてくれていることだった。


 愛歌は、どこまでもやさしい。


(でも、これは愛歌の本当の実力じゃない……)


 伸び伸びとプレイさせてあげられないことが申し訳なかった。


 それでも、自由にプレイしてもいいよ。とは言ってあげることはできなかった。


 エミの卓球の実力では、愛歌についていけないことがわかっていたから。


 これは仕方ないことだと、割り切れたら、どれだけ楽だっただろうか。


(愛歌は……もっと強いんだ……!)


 自分と組んでいる姿が、愛歌の本当の実力ではない姿が、世間にさらされてしまってもいいのだろうか。


 自分はどんなように思われてもいい。でも、愛歌が弱いと思われてしまうことだけが嫌だった。


 エミは一人、葛藤を続けていた。


 そのとき、フラワーギフト学園のレギュラーである雪凪ナギが現れた。


「さっそく始めましょうか」


 一緒にダブルスの練習をしてもらい、ナギもすぐに気づいたのだろう。愛歌が本当の実力を発揮していないことに。


 そして、ナギは少し考えるようにした後にこう言ったのだ。


「弱いパートナーを介護するようなプレイしかできないなら、パートナーを代えてもらったら」


 その言葉から、思わぬ形で、一年生最強の天使愛歌と、フラワーギフト学園の唯一の二年生レギュラーである雪凪ナギの、たっきゅーと!が幕を開けようとしていた。


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