9話 美甘メグム・月星ルナVS冬川しずく!②

 数分のときが流れ、冬川しずくが台に戻ってくる。


「ほう。顔つきが、変わったように見える。見せてもらおう。どう変化したのかを」


 しずくはにやりと笑い、ラケット二人に向ける。


「えっへへ。いくよ、ルナ。私たちなら、一点も取れないわけ、ないもん!」


「そんなこと、言われなくてもわかっていますわ。ついてきてくださいね、メグム」


 メグム、ルナは頷き合い、しずくと向かい合う。


 第一セット目とは、違う。第二セットが始まる。


「広大な湖に、一斉に氷が張ったかのような寒風」


 第二セットのサーブ権はしずく。レシーブはメグム。


 しずくはロングサーブを打ち出す。ここからまた、上回転のみの打ち合いが始まる。


(氷壁〈アイスウォール〉に傷をつけられる?)


 しずくはあくまでも、ブロックに徹する。それほどまでに自信を持っているブロックであり、もう一つの武器を使うまでもないと、第一セット目は判断した。


(このセットで引き出せるか、あるいは、このまま終焉を迎えるか……)


 それを決めるのは、メグムとルナの様子次第。先ほど与えた時間の中で、変わることができたのか、それをしずくは見極めようと思った。


「ふっ……!」


「んっ……!」


「……!」


 しずくはブロックを打ち出す中で、二人の動きが第一セットのときとは違うことに気が付いた。


 お互いに、相手に気を使ってスペースを空けているわけではない。それでも、先ほどと比べると、動きがいい。


(自然に、ダブルスの動きになってきている……)


 第一セット目の二人の動きは酷かった。相手に気を使い過ぎな動きもあれば、まったく気を使わない動きも多い。どこかあべこべなダブルス。


(いまの動きは……悪くない)


 粗削りではあるものの、ダブルスの体を成している。


(二人の表情も、硬くない)


 しずくのブロックが、メグムのバックハンドに向かう。


(いけ……! 『オレンジスプラッシュ!』)


 メグムは表ソフトラバーでピンポン玉を弾きだすように打ち出し、高速の打球がしずくのコートに向かう。メグムが親友のハナと一緒に生み出した、得意技。


(いい打球。だけど……)


 しずくは、少し後ろに下がり難無く打球を打ち返す。狙いは、打球を放ったばかりのメグム。


(隙も多い……!)


 しずくはブロックで、メグムの方に打ち返す。しかし、そこにはもうメグムはいない。


「待っていましたわ」


「……!」


 そこで待ち構えていたのは、ルナ。鋭いカウンタードライブが、しずくのブロックの壁を打ち破る。


 1-0。最初に得点を奪ったのは、メグムとルナだった。


「よしっ!」


「ナイスボール! ルナ!」


 メグムは、ルナに手の平を向ける。ルナは少し恥ずかしそうに、控えめなハイタッチを交わす。


「あれくらい、当然ですわ。それより、まだ少し動き出しが遅かったように思います」


「えっへへ。ルナだって、ドライブ、決まったと思ったでしょ。あれ、返ってきたら私が取るスペースなかったよ!」


 メグムとルナは、お互いに直すところを端的に指摘し合う。


(なるほどね。メグムちゃんも、ルナちゃんも、いい方向に進めたみたい)


 この短時間に、どんな話し合いができたのか、それはわからない。それでも、二人の雰囲気、プレーから、いい影響があったことはわかる。


(気を抜けないなぁここからは)


 しずくは二人に気づかれないように笑みをこぼし、そして、二人に宣言する。


「我の真の力はこれから。氷壁だけじゃない、凍てつく波動に、気を付けることね」


「凍てつく……波動……!」


 しずくの言葉を聞き、メグムはごくりと唾をのみ込む。


 その言葉が表す意味を、メグム、ルナ、二人とも理解していた。つまりは、


「冬川様が、攻撃を仕掛けてくる……!」


 ピリッと、空気があらためて張り詰める。


 レシーブを受けるメグムは、対面に位置するしずくから、寒気を感じ、思わず身震いする。


(この空気にのまれちゃだめだ……! レシーブを、冬川先輩が攻勢に回りにくいコースに打たないと!)


 しずくの打ち出したサーブは、先ほどよりも短いサーブ。


 メグムは得意のバックハンドで回り込み、奇襲をしかける。


「んっ!」


 表ソフトから打ち出された打球がしずくのバックハンドに向かう。


(よし! これなら、攻勢出られない!)


 そう、メグムは確信したが、


「氷波」


「え……」


 しずくの呟きとともに、ルナの横を打球が通り過ぎて行く。


 一瞬、メグムとルナは、何が起きたのかわからなかった。


 そして、気付く、いまのは……


「えっへへ……カウンター、ドライブ……」


 メグムは、乾いた笑い声をもらす。


 しずくは、メグムの放った強打を、それよりの速いドライブで打ち返したのだ。


 それを可能にさせるのが、冬川しずくの、恐ろしいほどの反射神経。


 凍った氷壁のようなブロック。それを一瞬で砕く一撃。


 メグムとルナは、あらためて思い出す。いま自分たちの目の前にいるのは、フラワーギフト学園の準レギュラーであることを。


「あれ……?」


 メグムは、ラケットを構えようとして、身体が震えていることに気づく。


 直接、実力差を痛感させられた。しみ込まされた手が、震えだす。


(私は、あの領域まで、たどり着けるのかな……)


 三年生の先輩を差し置いて、準レギュラーの座を掴むその才能。


(あれ……なんでだろう……?)


 そのイメージと、親友の夢咲ハナが重なる。


(私は、ついていける……?)


 そのとき、


「メグム!」


 メグムは、ルナに肩を掴まれて、我に帰る。


「大丈夫、ですわ! いま、私たちがやるべきことは、冬川様、先輩方から、少しでも多くのことを学び取ることではないですか! 落ち込んでいる暇は、ありませんわ!」


「……!」


 メグムはルナの言葉に、目を覚ます。


 圧倒的な実力差の前で、戦意を喪失しかけていたことに気が付く。


「えっへへ。ありがとう、ルナ。ちょっと怖くなっちゃってたよ……」


 いま、落ち込んでいても仕方ない。実力差なんて、最初からわかっていたはずだ。


 それを縮めるために、成長するために、いま、先輩たちが大切な時間を削ってまで、教えにきてくれているんだ。


「礼には、及びませんわ。だって、私たちは、その……パートナーではありませんか」


 ルナは恥ずかしそうに顔を赤めながらそう答える。


「ルナ……えっへへ。ダブルスで、よかった!」


 気づけば、メグムの身体の震えがなくなっていた。


(どこまで通用するのかはわからない、でも……!)


 何かを掴み取ってみせる。


 ぎゅっと、ラケットを持つ手に、力が入るのを感じた。


☆ ☆ ☆


 ダブルスの結果は11-4


 あまりに速いカウンタードライブには、ミスのリスクも生じる。そのため、いくつかしずくのミスを引き出すことはできた。


 しかし、メグムとルナが得点を決め切れたのは、最初の一点目だけだった。


「はぁはぁ、あ、ありがとうございました……!」


 試合後、力を出し尽くしたメグムとルナは、床にヘタッとしゃがみこむ。


「落ち込む必要はない」


 しずくはメグムとルナにそう言葉をかける。


「シングルス対ダブルスなんて、シングルスの方が有利に決まっている。それに、二人にとってダブルスは初めての取組み」


 お世辞ではなく、二人で交代に打たなけれなならないダブルスよりも、シングルスの方が有利であることは明白だった。


「上回転というルールがあったからこそ、氷壁も氷破も決まり続けていたに過ぎない」


 横回転、下回転。些細な回転が加わってくれば、お互いにプレイスタイルも変化してくる。


「それに、感じてほしかった光を、二人はもう見つけた」


「光……?」


「ですの……?」


 しずくのやさしい視線を追うと、メグムとルナは、お互いにもたれかかるように休んでいることに気づく。


「えっへへ。いつのまに……」


「ち、近いですわよ……」


 お互いに、顔を赤くする二人。その雰囲気は、しずくとダブルスをする前とは明らかに違っていた。


「共鳴。二人のダブルスは、もっと強くなる」


 そう告げると、しずくは二人に笑みを送る。


「お疲れさま。楽しかったよ。そうだ! 私はナギちゃんを探しに行くね。またね! ナギちゃん~! どこ~!」


 そう言って去っていく姿は、クールな冬川しずくではなかった。


「行っちゃったね、冬川先輩……」


「そう、ですわね……」


「悔しかったね……」


「ええ、もう少し、やれたように思います……」


「まだまだ、お互いに直すところいっぱいだね」


「当たり前ですわ、私たちのダブルスは、いま、始まったんですもの」


「でも、ちょっと疲れたね」


「私も、身も心も動揺しっぱなしですわ」


 二人は、もたれ合いながら、口元に笑みを浮かべる。


 お互いの顔を見ることはできないが、きっとその表情がわかる。


「えっへへ。あらためて、よろしくね。ルナ」


「そんなの……こちらこそ、ですわ……メグム」


 冬川しずくとの激戦を通して、ここに、新しいダブルスが生まれた。


 もたれ合う二人の手は、タオルに隠れるようにされながら、ぎゅっと繋がっていた。

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