8話 美甘メグム・月星ルナVS冬川しずく!①

「仕方あるまい。これもまた運命よ」


 冬川しずくは、ふわっと髪をなびかせ、握った卓球ラケットをメグムとルナに向ける。


「一対二。勝手は違うけれど、学ぶべきことも多いはず」


「はい! よろしくお願いします!」


「わ、私もよろしくお願いいたしますわ!」


 メグムとルナは、しずくと対面の位置に着く。


「……!」


 そこでルナは、自分が先ほどまで、メグムとダブルスの練習についてもめていたことを思い出す。


「ふ、冬川様のご好意を無下にするわけにはいきませんわ……ですから、いまだけ、ですわよ……」


 ルナは恥ずかしそうに顔を背けながら、そう話すが、


「ルナちゃん……えっへへ。よろしくね!」


 メグムはルナに対して、屈託のない笑みを浮かべる。


「……!」


 ルナはメグムを見て顔を赤くし、そっと距離を取った。


「……なるほどね。ダブルスの技術よりも前に、二人には必要なものがありそう」


 しずくはそんな二人の様子を見て、聞こえないくらいの声でそう呟いた。


「練習形式は、上回転のみの試合にしましょう。時には限りがある。三セットマッチ」


「上回転のみ?」


「ですの……?」


 メグムとルナは不思議そうに首を傾げる。


「そう。ドライブは可。下回転、ツッツキ等、回転に変化を加えることを禁ずる。純粋な、コース、緩急での駆け引きが求められる」


「……! わ、わかりました!」


「……わかりましたわ!」


 この練習にどんな意味があるのか、すぐに二人は思いつくことができなかったが、


(冬川先輩が、意味のないことをやらせるはずない。つまり、この練習がいまの私たちには必要なんだ!)


 メグムはぎゅっとラケット握りしめ、構える。最初のサーブはしずくから、メグムはレシーブだ。


(このルールだと、サーブは上回転だけだから、きたサーブを強打する!)


 しずくの放ったサーブは、ロングサーブ。ハーフラインぎりぎりのコースを確実捉える。


(……! すごいコース!)


 メグムは何とか、胸元に迫るサーブを回り込み強打して返す。


「……」


 しかし、その打球はしずくに簡単にブロックされ、コートに返る。


「んっ!」


 ルナも、返ってきた打球を強打して打ち出すが、その打球も簡単にしずくのブロックにつかまる。


(ぴくりとも、しませんわ……!)


 何度メグムとルナが強打を放っても、簡単に打球は止められ、ついには、


「あっ!」


「きゃっ!」


 二人は身体をぶつけ、打球はしずくのもとへは返らない。


「ご、ごめんね、ルナちゃん……!」


「わ、私の方こそ……」


 二人はぎくしゃくしながら、謝り合う。


(上回転しかないからこそ、コースにも気を付けないといけないし、何より、次に打つルナちゃんにスペースを空けてあげないといけない……! 難しい……! それに……)


 メグムはちらりとしずくを見る。


(まだ全然本気なんか出してないってわかるのに……あのブロックの安定感はすごい……!)


 しずくは本気で強打を打ち出す二人の打球を、難無く処理していた。


 ダブルスとシングルの対戦であり、シングルスの方が打ちやすいのは間違いないのだが、それだけではない。


 一つ一つの動作。間違いなく、技術のレベルが高い。


(えっへへ。ハナだったら、打ちたいって、私よりももっと目を輝かせるだろうなぁ。それに……)


 メグムは何となく、この練習の意味、しずくの意図がわかってきたような気がした。


 ちらっとルナを見ると、目がばちっと合うが、すぐにそらされ、少し距離を取られてしまう。


(ダブルスにとって、大切なこと……私たちに欠けているもの……)


 それをこの練習の中で見つける。


 メグムはポケットに手を入れる。そこには、花のキーホルダーが入っている。


 大切な、大切なお守り。


(私たちも、置いて行かれるわけにはいかない……!)


 メグムは心の中で、自分に確認するように小さく頷いた。


「はぁはぁ……」


「……うう……」


 二人は、息を乱しながら得点ボードを見る。


 そこには、10-0と残酷な数字が刻まれていた。


(一点も取れないなんて……)


 メグムは、なかなか顔を上げることができない。


 卓球ほど、繊細な競技はない。ネットイン、エッジ。どれだけ気を付けていても、一得点は失ってしまうことが多い。


 一得点も取れない。ラブゲームは、屈辱以外の何物でもない。


「終わりよ」


 しずくの放った強打が、際どいコースに決まる。


 11-0


 メグムとルナは、一得点も、しずくから奪うことができなかった。


 しずくの強さ。自分たちの弱さ。その実力差に、メグムとルナは重い空気になる。


「少しばかり、時間を預けよう。二人だけの空間で、思考するんだ。何が、足りないのかを」


「私たちに……」


「何が、足りないか……」


「そう。君たちなら、導き出せるはずだ」


 しずくはそう伝えると、卓球教室から静かに退出していった。


 重い空気の中、沈黙が訪れる。


「……ルナちゃん」


 最初に言葉を発したのは、メグムだった。


「私はね。ルナちゃんと仲良くなりたい。それは本当の気持ち。でも、ライバルでもある、そうありたいと思う。それも本当の気持ち。だから言うね?」


「……美甘メグム……?」


 メグムは深呼吸をすると、何か決意をしたように、口を開く。


「サーブ出した後、ちょっと動きが遅いと思う。スマッシュを打った後も、決まったと思わないで。どんな相手でも打球は返ってくる可能性があるもん。冬川先輩なら、尚更だよ」


「……なっ!」


 ルナはメグムの言葉に、大きく目を見開く。


「そ、それならあなたもではないですか! あなたの表ソフトラバーから繰り出される打球は確かに強烈ですが、無駄な動きが多いですわ! サーブの長い短いだって、もうちょっと気を使って出せませんの!」


 ルナはそう捲し上げ、はっとする。


「な、なんでもありませんわ……」


「いいんだよ! ルナちゃん!」


 メグムはルナの肩をがっちりと掴み、顔を見合わせる。


「……! 美甘メグム……?」


「他にはない! 私が直した方がいいところ!」


「あなた……」


「私はあるよ! ルナちゃんに直してほしいところ! もっと私の方を見てほしい! 気を使いすぎないでほしい! いろいろ話してほしい!」


「……!」


「私たちは、もっとお互いに意見を出し合うべきだよ! そうやって、競い合って強くなっていく、それがライバルでしょ!」


「ライバル……!」


 メグムは真剣な眼差しでルナを見続ける。


「……少し、痛いですわ……」


「あっ、ごめんね……」


 メグムは、掴んでいた肩をそっと離す。すると、ルナはメグムに背を向ける。


「ルナちゃん……」


 自分の思いを直接伝えたのは失敗だっただろうか。そうメグムが目を伏せたときだった。


「私は、自分が気難しい性格をしていることをわかっていますわ」


 ルナはそう、静かに言葉を続けた。


「あなたに負けたとき、本当に悔しかった。あなたに追いつきたい、追い越したいと考えていましたわ。そのとき、あなたとダブルスを組むことになって、どうすればいいのかわからなくなりましたの。それに、その。私は、どちらかというと、人見知り……ですので……」


 ルナは、顔を赤くする。


「あなたとどう話していいのか、わかりませんでした。それに、憧れの冬川様まで現れて、私の頭の中はもう爆発寸前ですわ……」


 ルナは、ルナは顔に手をあて、頭をぶんぶん振る。


「でも、目が覚めました。いくら憧れの冬川様とはいえ、ラブゲーム。これでは、お父様、お母様にも顔向けできません。そして、何より、悔しかったですわ……」


 ぎゅっと、ルナの手に力が入る。


「な、仲良くできるかどうかはわかりませんわ。だ、だって私たちはライバルですし……。ただ……」


 ルナは、恥ずかしそうに、それでもできるだけ気丈にメグムと向き合う。


「一緒に競い合っていくことには、賛成ですわ。だから、力を貸してください」


「……! ルナちゃん!」


 メグムは思わず、ルナに抱き着く。


「ちょ、急に何ですの!?」


「えっへへ。ルナちゃんはツンデレだなって思って」


「だ、だれがツンデレですか……!」


 そして、二人はお互いに意見を出し合う。自分たちの何がいけなかったのか、どうしてほしいのかを。

 

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