7話 二年生、襲来!

 放課後、卓球教室に置かれている、卓球台の一台に、美甘メグムと、月星ルナがいた。


「ルナちゃんはダブルスの経験ってある? 私は、ハナと少しだけやったことがあるくらいで、実戦経験はさっぱりなんだ」


「……私も、ダブルスの経験はほとんどありませんわ。美甘メグム、あなたと同じです」


「えっへへ。私のことは、メグムでいいよ?」


「では、そのうち、そう呼ばせて頂きます」


 ルナのメグムに対する話し方は、どこかとげとげしい。


 実際に、いまもメグムの方を向かず、目を合わせないようにして会話をしている。


(でも、めげないぞ~!)


 メグムは、心の中で、ぐっと自分に気合を入れる。


「ルナちゃんは、オレンジジュースって好き?」


「急に何ですの……? それは、好きですけれど……」


「ほんと!? 私、みかんがすっごく好きなんだ! ルナちゃんは、どんなものが好き? 食べ物とか、趣味とか!」


「と、突然ですわね……。こ、答えたくありません……」


「え~! そっか……」


 なかなか、ルナの牙城を崩すことは難しい。


(そうだ……! ここは、押してもダメなら引いてみる、作戦!)


 メグムの頭の中で、ぴかーんと明かりが灯る。


「ごめんね……ルナちゃん……私、うるさいよね……」


「えっ? ど、どうしたんですの……」


 いきなり話のトーンが暗くなったメグムを見て、ルナは動揺する。


「私、ルナちゃんと仲良くなりたかったんだけど……迷惑、だよね……私、嫌われてるのかな……」


「そ、そんな迷惑とか……嫌いとか、思ってません、わ……」


 ルナは、心配そうにメグムを見ながら、もじもじとする。


「ただ、私は……あなたより、強くなりたんです……だから、同じように、歩幅を合わせることは、できませんわ。それだと、あなたに、追いつけないではありませんか……」


「ルナちゃん……」


 それで、ルナはメグムのことを避けるようにしていた。


「私、ルナちゃんと、歩幅は合わせるつもりはないよ!」


「……! それって……?」


「一緒に練習するのは、歩幅を合わせるためじゃない。それはね、かけっこをするためだよ! どっちが先に行くのか、追いかけっこしていくの! 競い合うの!」


「……!」


「だって私たちは、ただの友達じゃない。ライバルなんだから……!」


「ライバル……私は……」


 そう言って、ルナは俯いてしまう。


(うう~しまった……! ストレートに気持ちを伝え過ぎちゃったかな……!)


 メグムは、そんなルナの反応を見て、顔が赤くなる。


 そこに、


「心に熱を灯すような、眩い光」


「え……?」


 メグムが声がのした方を振り向くと、そこには、どこか見覚えのある人物がいた。


「あ、あなたは……!」


「初めての邂逅ね。月星ルナ。美甘メグム」


 銀色に輝く長髪をなびかせて、二人の元に現れたのは、


「冬川、しずく先輩……!?」


 フラワーギフト学園、二年生。準レギュラー。冬川しずくだった。


 冬川しずくの登場により、メグムとルナを取り巻く空気が一変する。


 フラワーギフト学園のトップは、レギュラー6人と、準レギュラー2人。


(準レギュラー、冬川しずく先輩……! ネット配信では何回も見たけど、生で見るのは初めてだ……!)


 メグムは憧れの先輩に会えた嬉しさから、目を輝かせる。


 そして、それはルナも同じで、


「ふ、冬川様……!?」


 ルナは慌てて両手で自分の口を閉じる。


「あれ、その呼び方……もしかしてルナちゃん……」


「な、なんですの……?」


「『つらら』の一人?」


「……! そ、そうですけど、何か問題でも!」


「問題なんてないよ! むしろ、ルナちゃんの新しい一面が見られて嬉しい!」


 『つらら』というのは、冬川しずくの熱狂的なファンの名称を指す。氷のような神秘さを感じさせる雰囲気、それを応援する人たちの総称から、その呼び名がついたらしい。


「私が、この境界に足を踏み入れた意味、わかるかしら、ルナ?」


「は、はい……!」


 憧れのアイドルから話を振られて、緊張しながらも、ルナは言葉を絞り出す。


「だ、ダブルスを教えに来てくださったのでしょうか?」


「その通りよ。では、さっそく幕開けといきましょうか? 行くわよ、ナギ」


 そう言って、しずくは後ろを振り返るが……


「ナギ……? あれ?」


 そこには、誰もいない。


「冬川先輩……? どうしたんですか?」


 メグムが不思議そうにしずくに問いかける。


「あの、もしかして、私、ずっと一人でここに入ってきた……?」


「えと、そうですね。私たちに声をかけて下さったときにはもう、お一人でしたけど……ね、ルナちゃん?」


「え、ええ。冬川様は、お一人でしたが……」


 二人の反応を聞いて、しずくはしくしくと床に崩れ落ちる。


「もう……ナギちゃんのばか……! 一人で勝手に行かないでねって何回も言ったのに~……」


 そこには、先ほどまでのクールなしずくはいなかった。まるで、子どものようにいじけている。


「ああっ、冬川様、可愛いらしいですわ……」


 その様子を恍惚とした表情で見つめるルナ。


(普段はクールに振る舞っているけど、時おり見せる愛くるしさが、冬川先輩の魅力!)


 メグムも、生でその落差を見ることができて、光栄だと思った。


「それにしても、ナギちゃんって言うのは、もしかして……」


 メグムは、しずくの言動から、本当はここにくる予定だったもう一人の名前に勘付く。


「……そうだよ、メグムちゃん……いえ、メグムが、予見している通り……」


 しずくは、何とか立ち上がり、体裁を改めて整える。


「ここへ、私と共に、召喚される運命であったのは――――――」


☆ ☆ ☆


「久しぶりねー! 覚えてるかしら。私のこと!」


 本日、特別解放された体育館で、練習を行っていた、星空エミ、天使愛歌のもとに、ある人物が訪れていた。


「もちろんです。忘れる訳がないではありませんか。この光栄な再開に誓います」


「あ、あなたは、まさか……!」


 エミが、その人物に気づき、驚きの声をあげる。


「あら、あなた、なかなかいい反応をするわね! そういう反応、大好きよ!」


 その人物、少女は、腰に手をあてポーズを取ると、本当に嬉しそうに笑う。


 小さな背丈ながらも、堂々とした、そして可愛らしい振る舞い。


「二年生で、ただ一人のフラワーギフト学園のレギュラー、雪凪ナギ先輩……!」


「えへん! その通りー!」


 ナギは、カバンから、卓球ラケットを取り出し、エミ、愛歌に向ける。


「さぁ、私がここにきた理由も、何となくわかってるでしょ? さっそく始めましょうか、ダブルスを」

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