2話 栗野マロン!

 栗野マロンは、栗きんとんが有名な、山の中にある田舎町で生まれ育った。


「お母さん~今日も栗、たくさん拾ってきたよ~」


 自然いっぱいに溢れた環境の中で、マロンは穏やかにのんびりと暮らしていた。


 そんなあるとき、町に唯一存在する公民館で何やら大きなイベントが行われることを知った。


 そのイベントことがそ、たっきゅーと!だった。


「あいどる……? あいどるが、卓球をしにくるの……?」


 当時、小学校低学年だったマロンは、どんなイベントが行われるのか、いまいちピンときていなかった。


 ただ、町の人たちが嬉しそうにしているので、きっと何か良いことがあるのかなと、うきうきした気持ちになっていた。


 たっきゅーと!という、当時はまだ有名ではないイベントを見に、町中の人たちが小さな公民館に集まった。


 興味本位であったり、近くに来たからついでに立ち寄ったなど、集まった理由は様々だった。


 それでも、公民館で行われたアイドルたちのたっきゅーと!に、町中は釘付けになった。


「これが、アイドル……たっきゅーと……!」


 家族に連れられてたっきゅーと!を見にきていたマロンも、その一人だった。


 町中の人を魅了しているその姿に、ただただ、憧れた。


「お母さん、お父さん、あのね、わたしね……」


 家に帰ると、いつもは控えめなマロンが、家族の前で思い切ってこう発言した。


「私、たっきゅーと!のあいどるになる……!」


 この後、町中で『マロンのアイドル宣言』と語り継がれるようになる出来事は、小さな町中ですぐに広まっていった。


 公民館に一つしかない卓球台は、マロンの練習台に。昔卓球をやったことがある町の人たちが、マロンに卓球を教えるようになった。


 そして、フラワーギフト学園が設立され、そこにマロンが合格することが、マロン、家族、そして町中の夢になった。


 栗野マロンは、町中の人たちにとって、すでにアイドルだったのだ。


 マロンがフラワーギフト学園に合格することができた日には、町中がお祭り騒ぎだった。それと同時に、別れのときがくることを、マロンも、町の人たちもわかっていた。


 フラワーギフト学園には、この町から通うことはできない。


 マロンは、フラワーギフト学園の寮で生活し、夢を追うことになる。


 大きな休みの日には帰省もできるだろう。一生の別れというわけでもないのに、大げさだと思われるかもしれない。


 それでも、みんな、ただ寂しかったのだ。


 小さな町で、みんなを笑顔にしてくれた女の子が、この町を離れることが。


「みんな……本当にありがとう……みんなが応援してくれたから……フラワーギフト学園に合格できた……っ」


 マロンが、フラワーギフト学園に入学する日。町に一つしかない駅に、マロンを見送るため住民が多く集まった。


「絶対に、すごいアイドルになって……ここにたっきゅーと!をしに戻ってくる……! いってきます……!」


 マロンの夢は、小さな町の夢。


 マロンは、駅から、町から離れていく電車の中で、窓から大きく乗り出し、みんなに手を振り続ける。


 そして、町が見えなくなると、泣かないように唇を噛みしめ、席にどしんと座りなおす。


「泣いたっていいのに……」


 入学式に向かうため、隣に座っている両親がそっとマロンの頭を撫でる。


「……泣かないよ。私は、あの町のアイドルなんだから……」


 そんなマロンの姿を見た両親は、マロンにあるものを渡す。


「これ、なぁに……?」


「開けてごらん。みんなで作った特製の栗きんとんだよ」


「本当だ……おいしそう……」


 両親はマロンに栗きんとんを食べるように促す。


「い、いただきます……」


 包みを解き、マロンは栗きんとんを口に運ぶ。


「あまい~おいしい……っ」


 その甘さが、いまのマロンにとってはとても温かくて。町のみんなと過ごした日々や時間が思い出されるようだった。


「うっ……ぐす……みんな……!」


 ついに、堪えられなくなった涙が、マロンの瞳から零れ落ちる。


「大丈夫、みんなには言わないから」


 マロンは母親に抱き着き、静かに涙を流す。


 小さな町のアイドル、栗野マロンは、こうして生まれ育った町を飛び出し、フラワーギフト学園に入学した。


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