第五章 最強の二年生登場! 心を一つに!

1話 ダブルス!

 ピロリロン♪ ピロリロン♪


「ううん……ん……!」


 早朝、フラワーギフト学園の学生寮の一室に、『フラワーギフト』のメロディーが流れ出す。


「う~ん、ふぃ~……」


 もぞもぞと、布団が動き出し、そこからひょこっと小さな顔が現れる。


「ふぁああう……」


 そして、眠そうな顔で大きな欠伸をした少女は夢咲ハナ。ここ、フラワーギフト学園に春から通い出した、中学一年生だ。


 身体を起こし、眠気眼を指でやさしくこすり上げる。それでも、本来なら大きなはずの目は、細く開かれないままだ。


「ハーナ。もう起きる時間だよ?」


 そう言って少女、美甘メグムは、ハナの手にコップを握らせる。


「う~ん……」


 ハナは、まだ寝ぼけたまま、何も考えずにコップをゆっくりと口に運ぶ。そして、


「……んんっ! すっぱい!」


 小さく舌を出し、ついにハナの目が大きく開かれる。


「おはようハナ。えっへへ。ちょっとすっぱいオレンジジュースだよ? 目は覚めた?」


「ふう~覚めたよう~。あれ、でもおいしい……!」


「もちろん! オレンジジュースは世界で一番おいしい飲み物だから!」


 メグムはハナの親友で、みかんが大好きな中学一年生。二人は一緒にフラワーギフト学園を受験して、合格することができた。いろんなことを一緒に乗り越えてきた、戦友でもある。


「ハーナ。のんびりしてると、集合時間に遅れちゃうよ?」


「あっ! そうだった! 着替えなきゃ……!」


 ハナはオレンジジュースを一気に飲み干し、「すっぱおいしい……!」と少し涙目になりながらも、ジャージ姿に着替え始める。


 苦手な早起きも、メグムとなら、仲間と一緒なら乗り越えられる。


「さぁ、行こう! メグ! エミも愛歌も待ってるかも!」


「えっへへ。もう、遅れそうになったのは、ハナでしょ?」


 ハナとメグムは笑い合いながら部屋を出る。


 先日、見に行った、たっきゅーと!のトップアイドル、天使歌羽のソロライブ。それに刺激を受けたハナたちは、早朝にランニングをみんなで行うことに決めた。


「エミ、愛歌~! お待たせ~!」


 ハナとメグムが待ち合わせ場所である中庭に向かうと、そこにはもう二人がいた。


「ハナ~相変わらず時間ぎりぎりだね~どうぜまた、メグに起こしてもらったんでしょ?」


 いまでも走り出さんとばかりに、ストレッチをしながら少女、星空エミがにやにやとハナを突く。


「そ、そんなことないよ! ちゃんとアラームで起きたような……寝ていたような……」


「えっへへ。あれは寝てたね、ハナ」


「う……ごめんなさい、うそをつきました……」


 しょぼーんとするハナを見て、メグムとエミは笑い合う。


「それでも、深い眠りにつけることは、良い事ですよ、ハナ」


 そうふんわりと答えた少女、天使愛歌は、ハナの髪に触れ、少し跳ねていた寝癖を整える。


「わわっ! ありがとう愛歌……!」


「いえいえ。もうすぐ、時間でしょうか。ストレッチを始めましょう」


「えっへへ。そうだね」


 身体を温めるように、四人でストレッチをじっくりとこなしていく。


「じゃあ行こう! みんな!」


 ハナの掛け声とともに、四人は走り出す。


 気付けば、ハナがフラワーギフト学園に来てから一か月と半分が過ぎていた。


 始まりは、親友のメグムからのフラワーギフト学園への誘いだった。


 一緒に行った、地元開催のたっきゅーと!で、茉子・シュバインシュタイガーと、天使歌羽のたっきゅーと!を見た。そして、偶然にも歌羽と試合を行うことができ、フラワーギフト学園を勧めてもらえた。


 フラワーギフト学園への受験対策をメグムと一緒に行って、最終選考会では、メグムと愛歌とたっきゅーと!をして、なんとか、合格することができた。


 新入生初めてのたっきゅーと!では、初めてウィナーライブを披露することができた。あの光景と感動は、いまでも鮮明に思い出すことができる。


(憧れだった歌羽さんが、いまでは私の目標になった……!)


そして、確かな思いとともに、ハナは走り出すことができる。


(私は、たっきゅーと!のアイドルになるんだ!)


 夢がある。目標がある。


 ハナは一歩一歩、前に進んでいく。


☆ ☆ ☆


 たっきゅーと!は最高のエンターテイメントである。


 最初にたっきゅーと!を始めた伝説のアイドル、秋風緑の言葉だ。


 その言葉に恥じないほど、たっきゅーと!は急速に成長していっている。


 たっきゅーと!の根幹をなすもの、それは、アイドルと卓球である。


 たっきゅーと!の中で行われる卓球の試合では、アイドルボールというルールが通常の卓球のルールに追加されている。一セットに一度だけ、どちらかのアイドルがアイドルボールを使用することができる。その得点が決まると、二得点が与えられるため、より緊張感のある試合が行われることになる。


 そして、試合に勝ったアイドルだけが行うことが許される、ウィナーライブ。勝たなければ歌えない。歌いたい、その思いが試合をより熱いものへと変えていく。


 アイドルが身にまとうユニフォームドレスも華やかで、試合に花を添えてくれる。


 アイドルという華やかな要素、卓球という熱いスポーツ要素、その二つが組み合わせられたエンターテイメント、それがたっきゅーと!である。


☆ ☆ ☆


「みんな、先日は、初めてのたっきゅーと!のイベント、お疲れ様。とても好評だったみたい。それはみんなの努力のおかげ。胸を張っていいことよ」 


 教室に集められた一年生に、フラワーギフト学園の学園長である秋風緑はやさしく微笑みかける。


「こうして集まってもらったのは、みんなに、次の目標を持ってほしいからよ。ちょっと準備するから待っててね」


 そう言うと、緑はシステムを操作し、授業で使うホワイトボード前にスクリーンを出現させる。


(次の目標……なんだろう……)


「みんなは知っていると思うけれど、たっきゅーと!には、たっきゅーと!の一部リーグと、誰でも参加可能な二部リーグがあります。二部リーグは、いつでも行われる度、ネット配信されている。いまからみんなに見てもらうのは、その二部リーグの映像よ」


 緑がそう話すと、スクリーンに映像が映し出される。


 映像は、昨日行われた、『雪ん子』と『ドロップス』のたっきゅーと!だった。


 『雪ん子』は、北海道生まれのローカルアイドルグループ。年齢層は高校生が多い。


 『ドロップス』は、関東発信の新米アイドルグループ。こちらの年齢層は小・中学生だった。


(地域も、年齢も違うのに……これが自由に戦い合い、一部リーグを目指す、、たっきゅーと!二部なんだ……!)


 ハナは、初めて見るたっきゅーと!二部の試合に、胸が高鳴るのを感じた。


 それぞれのファンが、アイドルたちを応援する。


 試合形式は、シングルスが二つ、ダブルスが一つの三回戦。たっきゅーと!二部では、お互いのアイドルの人数によって、試合形式を調整することで、多くのアイドルグループが試合を行うことができるようになっている。


 また、すべての個々のアイドルがソロ曲を持っていることも稀なため、行われるウィナーライブは、試合に勝ったチームの一曲だけ。


 つまり、負けたチームは、ファンの前で歌を歌うができない。


 試合はとても白熱したものになった。『雪ん子』、『ドロップス』、どちらもシングルスの勝ち星を奪い合い、第三戦に決められていたダブルスへと勝敗がゆだねられる。


(ダブルスか……あんまりやったことないなぁ)


 ハナは、小学生のとき、メグムとダブルスを組んだことはあるものの、真剣に練習に取り組んだことはない。


(少しでも勉強しなきゃ……!)


 たっきゅーと!のリーグ戦は、団体戦。いつ自分がダブルスをすることになるのかわからない。


 一進一退の攻防の中で、ハナはあることに気づく。


(『ドロップス』の人たちの方が、一人一人の技術は高いような気がするけど……押してるのは、『雪ん子』の人たち……!)


 それが、年齢の差による、経験の違いなのか、ダブルス特有の技術があるからのか、ハナにはまだわからなかった。


 試合に勝利したのは、ダブルスを制した『雪ん子』のアイドルたちだった。


 ファンへの感謝の気持ちを述べ、ウィナーライブを歌い上げる。


 『ドロップス』のアイドル、ファンたちも、祝福の拍手を送るが、アイドルたちの顔からは、どこかこみ上げてくる悔しさをこらえているように感じることができた。


 勝ったものだけが、ウィナーライブを歌うことができる。


(これが、たっきゅーと!のリーグ戦……!)


 ハナは、高鳴る鼓動を抑えるように、小さく握りこぶしを作る。


(ハナは、相変わらずだなぁ)


 隣でその様子を見て、メグムは微笑ましくハナを見つめる。


(でも、いまこのダブルスが決め手となった試合を私たちに見せたってことは、たぶん……)


 メグムは、なんとなく、緑の考えがわかったような気がした。


「会場の雰囲気も、ファンの応援も、アイドルたちの熱量も、とてもいいたっきゅーと!だったわね。あの舞台が、次にみんなが目指す場所よ」


 緑の言葉に、一年生たちの表情が高揚感に満ちてくる。


「そして、何人かは気づいたかもしれないけれど、たっきゅーと!のリーグは団体戦。試合形式にもよるけれど、ダブルスの試合が行われることが多いわ。そこで、みんなには、これから、ダブルスを学んでもらおうと思います」


 緑の言葉に、一年生たちはざわつく。


「おそらく、本格的にダブルスの練習の経験をしたことがある子の方が少ないと思う。それでも、ダブルスにはダブルスの技術があり、経験が必要よ。さっきのたっきゅーと!でも、『雪ん子』のアイドルたちがたっきゅーと!に勝てたのは、ダブルスの技術、経験があったっから」    


 緑は、もう一度システムを操作し、ある画面を映し出す。


「これからしばらくは、私と講師の先生方が一緒に考えて決めた、ダブルスパートナーとダブルスの技術を高めてもらうことになります」


 画面には、一年生、総勢二十名の名前とパートナーが表示されている。


「さて、みんな、仲良くしてね」


 一年生たちは、ざわざわしながら、自分の隣に書かれたパートナーの名前を確認する。


「私のパートナー……!」


 新しい経験ができる。ハナは嬉しそうに画面を確認する。


 夢咲ハナ―――栗野マロン

 美甘メグム―――月星ルナ

 星空エミ―――天使愛歌


 また、新しいたっきゅーと!が動き出す……! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る