アナザーストーリー①

プロローグ

 たっきゅーと!は最高のエンターテイメントだ。


「すごい……きらきらしてる……」


 現フラワーギフト学園理事長、秋風緑。


 たっきゅーと!を始めた、全日本卓球選手権で優勝経験もある伝説のアイドル。


 その引退ライブの映像を見て、青葉ヒカリは、たっきゅーと!のきらきら輝く世界に憧れた。


(私も絶対、たっきゅーと!のアイドルになるんだ……!) 


 自分の夢を叶えるため。そして、憧れた世界へ踏み出すため、ヒカリは、たっきゅーと!を学ぶことができるフラワーギフト学園を目指した。


 歌、ダンス、卓球の練習に打ち込み、ついに受験本番。


 ヒカリは、一次試験、二次試験を突破し、最終選考会へと進むことができた


(だいじょうぶ……! ここまでがんばってきたもん!)


 最終選考会でも、自分のありのままの姿を見てもらうことができれば、きっと大丈夫。


 そう、思っていた。


 得点ボードに刻まれた0の数字、それが何を指しているのか、ヒカリは一瞬わからなくなる。


 最終試験は、受験生どうしによるたっきゅーと!の試合。


 会場である、ヒカリの憧れたフラワーギフト学園の体育館が静まりかえっている。


(あれ、わたし……どうして?)


 真っ白になった頭と視界が、少しずつ色を取り戻し始める。


 卓球台を挟み、目の前にいた少女が、申し訳なさそうに目を伏せる。


 改めて得点ボードを確認する。


11ー0。


 そう、残酷にも得点は刻まれている。


 そのとき、ヒカリは、自分が目の前の相手、天使愛歌に、ラブゲームを受けたことを自覚した。


 打球をラケットで受けるたびに伝わる、圧倒的な技術、力の差。


 あきらめちゃだめだ。そう自分に言い聞かせても、ラケット握る手、体を支える足は震えるばかり。


 試合後に行われた、天使愛歌のウィナーライブも、圧巻だった。


(きっと、こういう人が、秋風さんみたいになれるのかな……) 


 最終選考前に、初めて、映像ではない本人を見た。自分のたっきゅーと!を見てくれるかもしれないと、期待していた。


(私は、見られてない……)


 視界が濡れて、ヒカリの心は輝きを失っていく。


 最終選考会で行われるのは、一人二試合。ヒカリには、もう一試合残されている。もう、一試合しか残されていない。


 そんなことはヒカリ自身、もちろんわかっていた。


 それでも、


(次の試合でも、負けちゃったら……)


 普段は、こんなにネガティブじゃないはずだった。最終選考会というこの場が、ヒカリの心を動揺させた。


 青葉ヒカリは次の試合も本来の力を発揮することができず、敗れた。


☆ ☆ ☆


 最終選考会が終わり、ヒカリはフラワーギフト学園の中庭にあるベンチに座っていた。


 受験者は、おそらくもうみんな帰宅しているころかもしれない。


 それくらい、ヒカリは一人でぼうっと、フラワーギフト学園を眺めていた。


「もう、他の受験生のみんなはとっくに帰ったわよ」


 聞き覚えのある、やさしい声にヒカリは振り返ると、そこに秋風緑がいた。


「み、緑さん……!」


 ヒカリは、突然の出来事に驚きの声をあげる。突然の出来事に、ベンチから立ち上がることができない。


「どうして、ずっとここにいるの?」 


 緑の質問に、ヒカリは我に返った。


「もう、ここには来れないと思うから……この景色を忘れないようにしたくて……」


「試験の結果は、まだ……」


「いいえ、わかるんです」


 ヒカリは、緑の言葉を遮るように続ける。


「自分の実力を出し切れなかった……ううん、出し切れたとしても、届かなかったかもしれない」


 自分と同じように、フラワーギフト学園を目指して努力をしてきた子はたくさんいた。


 合格する子もいれば、不合格になる子もいる。


(私は、不合格の側の子だった……それだけだ……)


 ヒカリは、じっと目を瞑る。心の整理をするように、自分の気持ちを納得させるように。


 緑は、その様子をただ、あたたかく見守る。


「み、緑さん……一つ、お願いがあるんです……!」


 すると、ヒカリは目を開き、ベンチから立ち上がる。


「お願い……?」


「はい、ここで、フラワーギフトを歌ってもいいですか……!」


 ヒカリは、真剣な、それでいて不安の眼差しで、緑を見つめる。


 緑は、その瞳を受け止め、天使歌羽から聞いた、ある少女の話を思い出していた。


「――――よかったら、私と試合をしてください!」


 緑は、口元に笑みを浮かべ、ベンチに腰を下ろす。


「見せて頂戴。あなたのフラワーギフトを」


「……! はい! ありがとうございます!」


 ヒカリはベンチから離れ、花壇に囲まれた、中庭の中央に立つ。


 噴水から流れる水の音がとても心地よい、鳥たちもさえずんでる。


(私は、なんて幸せ者なんだろう。緑さんに、フラワーギフトを見てもらえる)


 ヒカリの感情の中で、緊張よりも、喜びが優った。


 最終選考会。あの舞台で見せることができなかった自分を、見てもらえることに、ただただ、幸福を感じていた。


 音楽は用意されていない。ヒカリは、アカペラで歌い、踊り出す。


(フラワーギフト学園を目指したから、いまの私がある)


 少しずつ、ヒカリの内に抑え込まれていた感情が溢れだしてくる。


 みんなにもらった贈り物で、夢の花を咲かせよう。


 輝くための光。それはきっと誰もが持っている。


(さようなら、フラワーギフト学園)


 ヒカリは、歌いながら、踊りながら、いま見ている景色、風景を、感情を、すべてを目に焼き付け、胸に刻み込む。


(ありがとう。フラワーギフト学園……!)


 ヒカリの瞳から、輝く光が零れ落ちる。


「……! ありがとうございました……!」


 最後のフレーズを歌い終えたヒカリは、緑に、フラワーギフト学園に深く、頭を下げた。


「あなたは、たっきゅーと!は好き?」


 ヒカリが頭を上げると、目の前に緑がいた。


「はい、大好きです!」


 ヒカリの言葉を聞き、緑はやさしく、ヒカリの目元を指で拭う。


「たっきゅーと!のアイドルになる道は、フラワーギフト学園だけじゃない。さっきのライブ、とってもよかったわ」


 緑は、ヒカリの頭にぽんっと触れ、離れる。


「あなたがその輝きを、光を持ち続けることができれば、必ず、たっきゅーと!のアイドルになれる。また、どこかで会いましょう」


「……! はい……! ありがとうございました!」


 ヒカリは、フラワーギフト学園に戻っていく緑に、もう一度頭を大きく下げる。


 そして、走り出す。フラワーギフト学園とは、別に道を目指して。


☆ ☆ ☆


「面白そうな子でしたね。合格しそうですか?」


 ヒカリが立ち去ったあと、緑に一人の凛とした少女が声をかける。


「ううん。最終選考会では、力を出し切れていなかったみたい。ちょっと難しいかもしれない」


「そうでしたか……残念ですね」


「ええ。これが、試験の難しいところね。受験生全員に、アイドルになれる素質はある。でも、それを現段階での可能性、実力で公平に判断しないといけない。特に、フラワーギフト学園はまだ、始まったばかり。たくさんの子を受け入れてあげることができない」


 緑は、寂しそうに目を伏せる。


「それでも、たっきゅーと!のアイドルになりたいという思い、輝きさえあれば、きっと……」


「彼女は、手ごわいライバルになるかもしれませんね」


 少女、茉子・シュバインシュタイガーは、小さく笑みを浮かべる。


「私たちも、うかうかしてられないわね。行きましょう、茉子」


 たっきゅーと!のアイドルになる道は、フラワーギフト学園だけではない。


 近年、首都圏だけではなく、地方にもたっきゅーと!人気は広がり、たっきゅーと!リーグの二部リーグに参加し、切磋琢磨しているアイドルたちも多い。


 これから、たっきゅーと!はもっともっと盛り上がる。


(私のときとはまた違う、新しい時代が、―――――――――)


☆ ☆ ☆


 後日、ヒカリのもとに、フラワーギフト学園の不合格通知が届く。


 悔しくないと言ったら、それは嘘になる。


 それでも、ヒカリはもう気持ちの整理ができていた。


(ううん、させてもらった)


 あのとき、緑に見せたフラワーギフトのライブ。


 それが、ヒカリにとってのフラワーギフト学園の受験の終わりだった。


 そして、この不合格通知は、


「私にとって、スタートラインだ……!」


 青葉ヒカリ、フラワーギフト学園に落選。


 フラワーギフト学園に行くことができなかった少女が選んだ、たっきゅーと!のアイドルを目指す物語が、ここから始まる。

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