7話 たっきゅーと!再び!

 フラワーギフト学園のお風呂は、個別のシャワールームと、大浴場の二つに分けられる。


 大浴場は、全校生徒が入っても大丈夫のように、室内の大浴場と、露天風呂が広く作られている。フラワーギフト学園の生徒であれば、基本いつでも入浴可能である。


 ハナたち四人は、エミの提案で、みんなでお風呂に入っていた


「やっぱりいいお湯だね~身体が癒されるよう~」


 露天風呂に入り、ハナは身体を休める。


「えっへへ。ハナは毎日そればっかり。でも、本当に広くて、贅沢なお風呂だよね」


「確かに、ここから眺める夜景は、とても贅沢な気持ちになれます」


 愛歌は夜空を眺めながらそう呟く。


「みんなで入れるのも楽しいよね! 裸のお付き合いってやつ?」


 四人はそれぞれ、ダンスのレッスンで疲れた身体を休め、一息つく。


「それにしても、エミも愛歌もスタイルがいいなぁ。その、胸、も大きいし……」


 ハナは、エミと愛歌を見て、寂しそうに自分の胸を隠す。


「ふふ。触ってみる? ハナ?」


「い、いいよ! 恥ずかしいし!」


 エミは恥ずかしるハナを見て笑う。


「大丈夫だってハナ。これからどんどん大きくなるよ!」


「そうだといいなぁ……」


 そして、ハナはちらっとメグムを見る。


「メグさ、最近ちょっと、胸が成長してきてない……?」


「ええっ。いきなりなにハナ!」


 メグムはハナにじっと見られ、胸元を隠す。


「だってだって、前に一緒に入ったときは私と同じくらいだったのに~」


 ハナは悔しそうにぶくぶくと湯船に沈みこむ。


「ハナ、成長には個人差があります。それに、もしそのままだとしても、私はとっても可愛らしいと思いますよ。きっと人気が出ると、この夜空に浮かぶ満月に誓います」


 愛歌がそう言うと、がばっとハナが湯船から顔を出す。


「そんな人気はいらないよう~!」


 ハナは決意をした。今日から毎日、ちゃんと食堂で牛乳を飲もう、と。


☆ ☆ ☆


 夜。ハナはフラワーギフト学園の中庭へ夜風を浴びに行った。春の心地よい風が、ハナの髪をさらさらと撫でる。


 メグムは歌の臨時教室へ向かったため、夜遅くなるらしい。すっかり椿先生にはまったみたいだ。


 ハナも誘われたが、今日は一人で、考えごとをしたい気分だった。


「ここにきてから、もう一週間かぁ」


 その一週間という時間は、早かったような、長かったような、とりあえす、すごく充実した毎日だったと感じた。


 メグム、エミ、愛歌。仲間にも恵まれた。リンリン先生、椿先生、乙女先生。講師にも恵まれていると思う。そして、この環境にも。


 いままで、卓球ばかりしていた自分にとって、この世界はとても刺激的だった。


 それでも、予想通り、いままでよりも、卓球だけの練習にさく時間は少なくなったと思う。


 まだ、自分の進みたい道は決まっていない。いまは、このフラワーギフト学園の授業についていくのが精いっぱいだ。


 全部の教室を体験した。全部、楽しかった。そして、これから、自分が何を学びたくて、何を練習したいのか、毎日考えて教室選びをしなくてはいけない。


 自分のセルフプロデュースはもう、始まっている。


(メグムは歌のレッスンを中心に行動してる。エミは、卓球の技術を磨きたいって言ってた。愛歌は全部をバランスよく学んでるみたい)


 ハナは、最初、卓球が上手くなりたくて、このフラワーギフト学園を選んだ。とすれば、卓球教室を中心に受けるべきだろうか。


 それでも、歌やダンス教室へ行って、まだまだ学ぶことが多いような気もした。


(難しいなぁセルフプロデュース……)


 ハナがベンチに座りそう考えていると、


「ハナちゃんではありませんか」


 暗がりからやってきたのは、茉子シュバインシュタイガーだった。


「茉子さん! こんな夜に、制服でどこに行ってたんですか?」


 茉子がやってきたのはフラワーギフト学園の正面玄関からだった。学生カバンも持っている。外出していたのだろうか。


「ああ。私はお仕事の帰りですよ」


「こんな時間までお仕事なんですか! お疲れ様です!」


「ありがとうハナちゃん。二年生、三年生になると、アイドルとしての仕事をする人も多くなりますからね」


 ハナは、そういうものなのかと感心した。確かに、エミもモデルのお仕事をしている。


「そんなことより、ハナちゃんもどうしたんですか、こんなところで。なにか悩んでいるようにも見えましたが」


 茉子はハナの隣に腰を下ろす。


「ええーと、セルフプロデュースって難しいなって思ってたんです。贅沢な悩みだとは思うんですけど、卓球ももっと上手くなりたいし、歌とダンスもまだまだだし……。まだ、自分の進みたい道が決まってないから、悩んでしまって……」


 ハナの様子を見て、茉子は笑う。


「悩み、自分で考えることは大切ですが、焦る必要もありませんよ。いまはまだ、三年間のほんの少しです。自分のやりたいことに真っすぐ進んでみればいいと思います」


「やりたいことに、真っすぐ……?」


「興味のあること、楽しそうだと思うこと、この先生が好きだから。どんな理由でもいいんです。いまはまだ、立ち止まるところではないですよ」 


 茉子の話を聞いていて、ハナは少しずつ、心が軽くなるのを感じた。


「それに、これから先のイベントで、嫌でも悩まないといけないことが出てくると思います。ハナちゃんは、私にも似ていますから特に……」


 そう言って、茉子は立ち上がる。


「一つだけ、アドバイスです。迷ったら、一人で抱えこまないでください。周りにはきっと仲間がいます。それに、私や講師の方々、秋風学園長もいます。何でも相談してくださいね」


 ハナも立ち上がり、茉子にお礼を言う。


「茉子さん、仕事帰りで疲れているのに、ありがとうございます! 私、頑張ります……!」


「いえいえ、それでは私は、秋風学園長のところに用事がありますから、これで」


 茉子は、小さくそれでいて凛とした会釈をして、校舎に向かって行った。


 ハナは茉子の背中に、深々と頭を下げた。


(頑張らなきゃ!)


 ハナはフラワーギフト学園を見て、茉子の背中を見て、そう思った。


☆ ☆ ☆


 ハナは夜に茉子と出会ってから、その日、自分がやりたい教室に、思うがまま向かうことにした。そして、全力で講義を学ぶ。毎日がとても充実していた。


 数日後、ハナたち新入生は、一つの教室に集められた。理由を知るものはなく、それぞれがざわざわとしている。


「なんの話なんだろうね、メグ?」


「うーん、ちょっと確信はないけど、この時期は……」


 すると、教室の扉が開かれ、スーツに身を包んだ秋風学園長が現れる。


 教室内が、少し静かになる。


「今日は集まってくれてありがとう。引っ張っても仕方ないから、単刀直入に言うと、今年もゴールデンウイークに、新一年生のお披露目たっきゅーと!が行われることに決まりました」


 秋風学園長の発表に、生徒たちはざわつく。


「フラワーギフト学園に観客を呼び、ネット中継もされます。一年生にとっては初の晴れ舞台になります」


 観客、ネット中継。ハナは、すごい世界が急に自分の目の前に現れた気がした。


「肝心な内容ですが、フラワー組と、ギフト組の試合にしようと思います。対戦相手につきましては、力の差ができるだけ近い相手を選びました。いまこの場で発表します」


 秋風学園長はマーカーで、ホワイトボードに対戦相手の名前を書き込んでいく。


 生徒たちは緊張した面持ちで、それを見守る。


「以上が対戦相手と、その順番です。試合は5セットマッチ、アイドルボールありのたっきゅーと!です。もちろんウィナーライブもあります。まだ二週間以上ありますが、念入りに準備を行い、最高のたっきゅーと!を見せてもらえることを期待しています」


 ハナは、ホワイトボードに自分の名前を見つける。その対戦相手は、


 愛歌だった。


 フラワーギフト学園の受験のときに戦い、負けた相手。その再戦がすぐに、実現した。


 ハナは、嬉しい気持ちと、緊張感、両方を感じた。


 フラワーギフト学園にきて、愛歌と一緒にレッスンをすることも多くなった。だからこそ、感じる実力差があった。


(私は、愛歌に勝てるのかな……?)


 そんな気持ちも浮かんでくる。


「ハナ。またたっきゅーと!ができますね」


 そう声をかけてきたのは、愛歌だった。


「あのとき、たっきゅーと!の神様に誓った甲斐がありました」


「愛歌……。愛歌は私とたっきゅーと!ができて嬉しいの?」


 つい、ハナの口から言葉がもれる。それを聞いて、愛歌はふんわりとした笑顔で答える。


「嬉しいですよ。自分を高め合える、最高のライバルとめぐりあえることは、そう多くはありません。卓球というものは、相手がいて初めて行える競技です」


「最高のライバル……」


 ハナは、愛歌が自分のことをそんなふうに思ってくれているなんて、考えてもいなかった。その言葉が、嬉しかった。


「うん、私も嬉しい……! また、最高のたっきゅーと!をしようね! 今度は負けないよ!」


「私だって負けるつもりはありませんよ、ハナ」


 そして、二人は笑い合い互いに握手を交わす。


 再び、熱いたっきゅーと!が幕を開けようとしていた。

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