第三章 入学! 新学校生活!

1話 入学式!

 新しいローファーを履き、玄関に置いてある姿見を覗く。そこに映っているのは、フラワーギフト学園の淡い花色の制服に身を包んだ自分の姿だった。


 ハナは自分の姿を改めて見て、にやにやが止まらなかった。もう何度も着てみたはずなのに、その新鮮な気持ち、幸福感に飽きることはなかった。


(私は、本当にフラワーギフト学園に通えるんだ……!)


 姿見を見ながら、ハナが少し恥ずかし気にポーズをとっていると、


「ハナちゃん? そろそろ行かないと、遅れちゃうわよ~」


 先に外に出て待ってくれていた母親から声がかかる。


「わ、わかった! ごめん、いま行くよ!」


 ハナはフラワーギフト学園の指定カバンと、キャリーバックを持って、母親の元へ向かう。


 ハナが合格を掴むことができたフラワーギフト学園の受験から、二ヵ月のときが過ぎた。


 今日はフラワーギフト学園の入学式である。


 ハナは母親と一緒にフラワーギフト学園で行われる入学式に参加する。キャリーバックを持って少し大荷物なのは、これから、フラワーギフト学園の寮で生活するからだ。


 一緒に合格することができた親友のメグムとは、フラワーギフト学園で待ち合わせをしている。


 ハナにとって、フラワーギフト学園へ行くのは、今回が二回目になる。それでも、受験のために行った一回目と比べると、待ち遠しさが違った。


(早く着かないかな?)


 ハナはフラワーギフト学園に向かう途中、ずっとそんなことを考えていた。


☆ ☆ ☆


 フラワーギフト学園に着くと、すぐにメグムと合流することができた。というのも、合格者が二十人だけということもあり、保護者を含めても、人が多いということはなかった。


 ハナとメグムの母親は、二人と別れて、入学式の保護者観覧席の方へと向かって行った。


 そして、ハナとメグムは二人きりになる。


「メグ、フラワーギフト学園の制服、すごく似合ってるよ! 可愛い!」


「えっへへ。そう? ありがとう」


 メグムはお礼を言いながら、その場で一回転して見せる。スカートがふんわりと揺れる。


「ハナだって、とっても可愛いよ! 私、ハナにこの制服がとても似合うってずっと思っていたんだ!」


「そ、そうなの? ありがとうメグ! 嬉しいなぁ」


 ハナはメグムに褒められ、恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに頬を染める。


 そして二人は顔を合わせ、笑い合う。


 二人で一緒に努力して掴んだ合格。とっても幸せな気分だった。


「えっへへ。そろそろ、集合場所に行かないとだね?」


「そうだね、行こうメグ!」


 入学式はフラワーギフト学園の体育館で行われるが、ハナたち新入生は別の教室に集まるように指示されていた。


 二人が案内状を見て指定された教室に入ると、そこには他の新入生たちが集まっていた。


 これから、三年間を一緒に過ごす仲間たち。


「これからよろしくね!」「入学式緊張するね!」「どこからきたの?」


 みんなで明るく挨拶や自己紹介を交わし合う。


 ハナは、この雰囲気が好きだった。


(みんないい人そう。仲良くなれるかなとか、少しだけ不安だったけど、よかった!)


 これから、楽しいことも、苦しいことも一緒に乗り越えて行く。いままではメグムと二人で卓球をすることが多かったけれど、みんなとも卓球ができるかもしれない。


 ハナはとても嬉しかった。


「メグムちゃん発見!」


 そう言い元気よく飛んできたのは、星空エミだった。


「星空さん! 久しぶりだね!」


 メグムとエミは、フラワーギフト学園の最終試験で、たっきゅーと!の試合をした相手どうしだ。エミはすでにアイドルとしても、モデルとしても活動しており、スタイルも良く制服が似合っていた。とても元気よく、メグムの手を両手で握る。


「メグムちゃんからアドバイスをもらってから、頑張ったんだ! 今度見てほしいなぁ!」


「えっへへ。もちろん、喜んでだよ!」


 二人は楽しそうに会話を続ける。ハナはそれをすごく微笑ましいと思った。そこへ、


「お久しぶりです。夢咲ハナさん」


 声をかけられ、ハナが振り返るとそこにいたのは、天使愛歌だった。


「天使さん! こちらこそ、お久しぶりです!」


 ハナと愛歌も、メグムとエミと同じように、たっきゅーと!の試合をした相手である。柔らかい、ふんわりとした雰囲気。とても綺麗で、それでいて可愛らしい美貌。


「あなたとまた、ここで出会うことができると確信していました。これは、入学式という、今日のおめでたい日に誓います」


 愛歌はそう優しくハナに微笑みかける。


「ありがとうございます! これからまた一緒に卓球ができるのが楽しみです!」


 ハナがそう言うのと同時に、教室の扉が開かれる。そして、現れたのは、


「皆さん。合格おめでとうございます」


 サラサラとした黒髪。凛とした表情、碧い瞳。そこにいたのは、茉子シュバインシュタイガーだった。


 新入生の興奮が、一段と大きくなる。


「申し遅れました。私はフラワーギフト学園の生徒会長。茉子シュバインシュタイガーです。これから、入学式が行われる体育館へと皆さんをご案内します。一度切りの入学式。ぜひ、思い出に残してください」


 そう言う茉子と、ハナは一瞬だけ目が合った気がした。軽く会釈をして返すと、茉子も小さく笑みを浮かべてくれた。


 茉子に誘導され、新入生たちは体育館へと向かう。


 二ヵ月前に、お互いにしのぎを削りあった場所。新入生のそれぞれに、胸にこみ上げてくる思いがあった。それは、ハナも同じだった。


 あのとき、ハナは一勝もあげることができず、とても悔しい思いをした。それはいまでも鮮明に思い出せて、思わず、手でスカートをきゅっと握ってしまう。それでも、またこの場所に戻ってこられた。それが、ただ嬉しかった。


 体育館に入ると、ハナたち新入生を出迎えたのは、フラワーギフト学園の上級生たちだった。


 花道を作り、笑顔で拍手を送ってくれる。先輩たちはみんな可愛くて、綺麗で、かっこいいとハナは思った。


(私も、先輩たちみたいになりたいな……!)


 茉子に誘導され、新入生が用意された席に着くと、上級生全員が、新入生へ送る歌を歌ってくれた。聞こえてきたその曲は、『フラワーギフト』。受験の課題曲にもなった、フラワーギフト学園の校歌のようなものだ。


 聞いていて心地よい、とても綺麗な歌声に耳を傾けながら、ハナは会場全体を見渡す。入学おめでとうと書かれたボードや、花飾りが満遍なく飾られている。


 二階の観覧席には、保護者や、関係者の人たちが集められていた。


(ママ、見てくれてるかな?)


 『フラワーギフト』の曲が終わると、決められたプログラムに沿って、入学式が進められていった。


「続きまして、学園長のお話。秋風学園長お願いします」


 進行係の生徒がそう告げると、職員席に座っていた、秋風学園長が静かにステージにあがった。


 紺色のスーツに身を包んだ、厳格な風格の中から優しさが溢れ出たようオーラを感じさせる。


 たっきゅーと!を創め、ここまで有名にさせた、元スーパーアイドル。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんが進む道に、このフラワーギフト学園を選んでくださったことをとても嬉しく、そして、誇りに思います。お礼を言わせてください。ありがとうございます」


 そう言い、深々と頭を下げる。


「このフラワーギフト学園が創設されてから、もう五年のときが過ぎました。一期生、二期生の卒業生たちが、それぞれ新しい道へと進み、皆さんが五期生ということになります。いまでさえ、世間から一定の評価を頂けているフラワーギフト学園、そして、たっきゅーと!ですが、最初はそうではありませんでした。少しだけ、この場を借りて、昔話をさせてください」


「ご存知の方もいるとは思いますが、私も最初はただ、卓球のことが大好きな新米アイドルに過ぎませんでした。そこから、事務所の方や、関係者の方からたっきゅーと!という新しいコンテンツのお話を受け、挑戦してみようと思いました。それでも、最初は上手くいくことの方が少なかったです」


「アイドル業界からは、アイドルを何だと思っているのかとバカにされ、卓球業界からは、卓球をなめているのかなどと多くの批判を受けました。それでも、支えてくれたファンの方たち、家族、諦めないで企画を続けてくれたスタッフ。その全ての力が少しずつ、たっきゅーと!を大きくしていきました。その結果、アイドル業界とも、卓球業界とも和解することができ、私は初めて、全日本選手権に出場することが認められました。あの大会で優勝することができたのは、私だけの力だとは思ってはいません。私を応援し続けてくれた方たち、そして一緒にたっきゅーと!に取り組んだ、仲間たちのおかげであると思っています」


「現在、たっきゅーと!リーグも好評を博し、二部リーグにも、私たちフラワーギフト学園の生徒を含め、多くの地方から、アイドルたちが参戦してくれています。世間のたっきゅーと!の人気はいま、高まるばかりです。私はそれがすごく嬉しいです」

「この話で、私が皆さんに伝えたいのは、秋風緑というアイドルが、決して一人で頑張ってこられたわけではないということです。雑誌などでは、私がたっきゅーと!人気を高めた、などとよく言われますが、そうではないんです」


「皆さんがいま、この場に居られるのも、きっとご家族や、仲間の支えがあってのことだと思います。支えてくれている誰かがいること決して忘れないでください」


「フラワーギフト学園はこの三年間、皆さんの人生をお預かりすることになります。皆さんは、保護者の方がフラワーギフト学園を信頼して送り出してくれた大切な贈り物です。私たちは、その才能の花を一つでも多く咲かせてあげられるように精いっぱい、尽くしていくと誓います」


「皆さんがこの三年間で、アイドルを、卓球を、たっきゅーと!をより愛してくださり、自分の本当に進みたい道を見つけることができたらと思っています。そんな、素敵な三年間にしましょう。長くなってしまいましたが、これで、お話を終わります」


 秋風学園長がもう一度深々と一礼をすると、会場全体から、大きな拍手が起こった。


 ハナも一生懸命に秋風学園長に対して拍手を向けた。


 秋風学園長の話は、ハナの心にすごくしみた。メグムや家族、それだけじゃない。たっきゅーと!をここまで人気にしてくれた方、ファンの方、いままでのアイドルたちの頑張りがあったからこそ、自分はいま、この場所に居られる。


 そして、前に聞いた茉子と、歌羽の言葉を思い出す。


「フラワーギフト学園は、卓球、アイドル、勉学、全てに力を入れてる。私の同級生の中には、私みたいにたっきゅーと!のアイドルを選んだ子もたくさんいるけど、卓球の強豪高校に進学した子もいたし、女優やモデルになった人もいる。有名進学校に進んだ人もいる。人それぞれ、みんな自分の夢に向かって進んでる。そのきっかけがフラワーギフト学園での三年間なんだよ」


「ハナちゃんが、まったくたっきゅーと!に興味がないのであれば、おすすめはできません。そこはやっぱり、たっきゅーと!を学ぶための学校でもありますから。でも、少しでも今日のたっきゅーと!を見て興味をもったのであれば、挑戦する意味はあると、私は思います。それに例えどの道に進んだとしても、卓球を続けている人は多いです。ハナちゃんだけではなく、全日本選手権で優勝することはみんなの夢でもありますから」


 あのとき、ハナは、ただ卓球が大好きな女の子で、卓球が強くなれればいい。そう思っていた。それでも、たっきゅーと!という世界に、少しずつ興味がでてきて、そんな曖昧な気持ちでいていいのかなとも考えていた。


 いまでも、将来、卓球一筋で行くのか、たっきゅーと!のアイドルになりたいのか、自分ははっきりとは結論は出せていない。でも、


(まだ、それでいいんだよね)


 秋風学園長は言ってくれた。自分の本当に進みたい道を見つける三年間にしましょう、と。


 ハナはきっと、この三年間が自分にとって忘れらない、大切な三年間になると、そう感じた。


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