8話 夢咲ハナVS天使愛歌!②

 ハナは追い込まれていた。いろいろなものに。


 ここまで練習していたことが、全て無駄になってしまうかもしれない。親友や家族の期待に応えられないかもしれない。茉子や歌羽に合わす顔がない。


 ハナは下を向いていた。そのときだった。


「ハナ‼ 笑顔を忘れてるよ! 楽しむんでしょ! この試合も!」


 大きな声がハナに届く。声をする方を見ると、一階の入り口に、メグムがいた。


 手にはハナがあげたお花のキーホルダー。指で口の端を伸ばし、無理やりわざとらしい笑顔を作っている。


「メグ……。ぷぷっ変な顔」


 そのメグムの顔があまりにもおかしくて、ハナは笑ってしまう。そのときハナは気づく。


「私……。また笑顔を、楽しむことを忘れてた」


 ポケットに入っていた、ミカンのキーホルダーを取り出す。


 相手の強さと、フラワーギフト学園に合格できるかどうかのプレッシャーから、完全に楽しむことを忘れていた。


「メグとの試合は、あんなに楽しくできたのに……」


 目の前にいる愛歌は強い。だからこそ、この試合を楽しまない手はない。


(夢咲ハナ、復活しなきゃ!)


 ハナはにこっと笑って卓球台へと向かう。


(ありがとうメグ、私はまだ、卓球を楽しめる!)


 2セット目が始まる。試合の流れは先ほどと変わらず、カットやツッツキの応酬。しかし、少し違うところがあった。


(先ほどよりも、ミスがないですね)


 ハナは何とか愛歌のカットに喰らいついた。


(それでも、我慢比べなら負けませんよ)


 愛歌は無理に攻めることなく、ハナのミスを待った。そこに、ハナのツッツキが少し高く浮く。


 愛歌はそれを見逃さない。容赦なく、ハナのコートに強打を打ち込む。


(きた!)


 ハナはそれを待っていた、愛歌の強打を、さらにカウンターではじき返す。


「……!」


 自分が打った強打に対するカウンター。愛歌は返すことができなかった。


「よしっ!」


 ハナは笑顔で小さくガッツポーズを作る。


(いまのはわざとツッツキを浮かせて、カウンターを狙ったのですか)


 決まれば威力はもちろん高い。しかしリスクは大きく、何度も成功する打球ではない。


(それでも、ここ一番に決めてくる勝負強さ……。面白いです)


 愛歌はハナを見て笑った。


 流れに乗ったハナは、相手に攻めさせてカウンターを狙うことで、得点を積み重ねる。愛歌も冷静に打球をカットで打ち返し、あくまでもハナのミスを誘う。


 一進一退の攻防が続く。


 ハナは流れをどうにか自分に引き寄せたいと思った。


(私のカウンターを警戒して、さっきよりも、愛歌さんは攻撃を仕掛けてこなくなってる。このまま私が押し切れるか、それとも、ミスをしてしまうか、どっちかだ……! 攻め切るなら、いましかない……!)


 ハナはここぞとばかりに、ドライブで相手のカットを打ち抜こうと猛攻を仕掛ける。しかし、愛歌も譲らず、長短、前後左右を使ったカットで、ハナを動かし、揺さぶる。


 ハナは自分の息があがるのを感じた。そして、わずかにハナのドライブの威力が弱まる。


 愛歌はそれを見逃さなかった。カウンターはハナだけのものではない。そういうように、ハナのドライブをカウンタードライブで打ち抜いた。


「はぁはぁ。すぅ~」


 ハナは乱れる息を、深呼吸して整える。ハナはこのフラワーギフト学園の受験に向けて毎日走り込みをしており、体力には自信があった。それでも、一回戦目のメグムの試合で体力を消耗し、二回戦目の愛歌はカットマン。


(少しずつ、効いてきたみたいですね)


 カットマンは、ただ打球を拾い、相手のミスを誘うわけではない。前後左右に、異なる回転を長い球、短い球と変え、相手を動かす。


 愛歌は試合中の駆け引きの中で、確実にハナの体力を消耗させていった。


(できれば、対等の条件で試合がしてみたかったですが、それは仕方ないですよね)


 愛歌は一回戦目の試合を、体力を消耗し過ぎることもなく、余裕をもって行えていた。少し残念に思いながら、ハナの方を見ると、


「よしっ! ここからだ!」


 ハナは自分の足をぽんぽんと軽く叩き、笑顔で前を向く。


(疲れたなんて言ってられない! もう少し頑張って、私の身体……!)


 その様子を見て、愛歌は静かに微笑んだ。


(面白いです。まだまだ、気はぬけませんね)


 そして、試合は続く。ハナのドライブ、愛歌のカット、1点がお互いに簡単には決まらない。試合の序盤にはあった、お互いの簡単なミスが終盤に向かうにつれ、少なくなる。どちらかが決め切るか、決められるか。 


 得点は9-8。わずかながら、愛歌がリードする。


「アイドルボールをお願いします」


 そう宣告したのは、愛歌だった。受け取ったアイドルボールを握り、ハナを見る。


(このセットから急に息を吹き返しましたね。このセットを失うのは危険です)


 3セットマッチではあるものの、このまま試合が長引けば、自分の体力もなくなりかねない。そう愛歌に思わせるような試合だった。


 一方でハナは、相手のアイドルボールに動揺していなかった。


 歌羽との試合、メグムとの試合。何度もアイドルボールを経験した。そして、二人から教えてもらった。自分は、試合を楽しめば楽しむほど、力を発揮することができる。


(もう、見失わないようにしよう。卓球を楽しむ気持ちを、笑顔を!)


 楽しい。そう思うだけで、身体の疲れを感じないような気さえする。


 ハナは愛歌に笑顔を向けた。


(……! ここで、笑顔を見せてくれますか。夢咲ハナ。やっぱりあなたは、面白い人です)


 愛歌も笑みを見せ、サーブを放つ、そして、もう自分からは攻めようとはしない。自分はカットマン。ハナの最高の打球をカットすることで、勝利を手にしたい。そう思った。


 攻め急いでこない愛歌の様子を見て、どのタイミングで勝負に出るか、ハナは考えた。そして、愛歌のツッツキが少し高く浮かぶ。ハナにとっては攻撃のチャンス。


(誘われてる……! でも、逃げない!)


 ハナはすかさず、いま自分の打てる最高のドライブを愛歌に打ち込んだ。しかし、愛歌はそれをカットで拾う。


(いいドライブです。でも、負けません)


 自分の自信のあるドライブが拾われた。ハナは考えた、どうすれば愛歌からポイントを奪うことができるのか、そして、あるドライブが思い出される。


(茉子さんとの試合で、歌羽さんが見せた、あのドライブ……!)


 練習したこともない。一度も打ったこともない。それでも、


(『デビルフェイク』……!)


 歌羽と茉子の試合は、いまでも鮮明に思い出せる。歌羽との試合で、自ら肌で感じた、フェイントの仕方も、目に焼き付いている。


 ハナは無回転ドライブを打った。


 会場のだれもが、ハナが打ったドライブを、先ほどまでと同じものだと思った。


 愛歌を除いて。


(あれは……!)


 愛歌は一瞬の判断で、カットをやめる。ぎりぎりの選択。後ろに下がり、球を高く打ち上げるロビングを放つ。


(カットをしない……! でもチャンス!)


 ハナは自分の台に山なりに落ちてくる球を、スマッシュで打ち抜く。


 それでも、愛歌も譲らない。カットに移ることはできないが、台から離れ、ロビングでハナのスマッシュを何度も広い、食い下がる。


(決まれ……!)


 ハナが最後に、思いを込めて打ち抜いた打球は、ネットを超えなかった。


 台の上を転がるピンポン球。それを見て、愛歌がロビングの球に、わずかに下回転を、カットをしていたことに気づく。


(あの状態から、カットできるなんて……)


 ハナは、完敗だと思った。自分よりも愛歌の方が強かった。


 会場に、激しい打ち合いを繰り広げた二人に対しての労いの拍手が響く。


「ハナさんは、面白い人ですね」


 気づけば、隣に愛歌がいた。


「え……面白い……?」


「姉さんから聞いていた通りでした。とっても楽しかったです。またたっきゅーと!をしましょう。これは、たっきゅーと!の神様に誓います」


 そう言い、愛歌はウィナーライブへと向かう。


 ハナは、呆然と、ただその姿を目で追った。愛歌からかけられた言葉は、頭に入ってこない。


(私は、負けたんだ。二連敗、しちゃった)


 愛歌のウィナーライブは圧巻だった。そのライブを見るのは二回目のはずなのに、さっきよりも、ダンスのキレ、歌唱力、表現力、その全てがパワーアップしているように感じた。


「すごい……綺麗……」


 ハナは愛歌に見惚れた。そして、頬を涙が伝っていることに気づいた。


 自分もあの場所に立ちたかった。


 これまでの道のりが、ゆっくりと思い出されるようだった。


 ハナは愛歌のライブを眺めながら静かに涙を流し続けた。


 試験結果は0勝2敗。この最終選考を持って、ハナのフラワーギフト学園への受験は終わった。

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