7話 夢咲ハナVS天使愛歌!①

 一回戦目の試合が一通り終わると、休憩時間を挟んだ後に、二回戦目の対戦相手がスクリーンに映し出された。


「えっと、私の名前は……」


 ハナはスクリーンを見て、自分の名前を探す。


「あ、あった! 一番最後かぁ」


 ハナの名前は一番下にあった、つまり試合は二十五番目だった。そして、その対戦相手は、


「えっへへ。ハナは、くじ運が良いというのか、悪いというのか……」


 天使愛歌。そう書かれていた。


「天使愛歌……」


 ハナはその名前を覚えていた。一回戦目で、相手に1得点も許さずに勝利した受験生の名前だ。それだけでなく、ウィナーライブもレベルが違うと感じさせるものだった。


(それに、あのプレイスタイルは……)


 ハナは、天使愛歌の試合を思い返す。相手の実力はそこまで高くはなかった。それでも、卓球という競技は、ネットインやエッジボールが起こることもあり、得点を奪われないというのは難しい。それを平然とやってのけた。


(この試合だけは、勝たないといけない……!)


 フラワーギフト学園に合格するために、二連敗は避けたい。


 ハナは勝つための戦略を考え始めた。


 メグムの二回戦目は三番目で、相手は星空エミだった。


 星空エミは現役モデルということもあり、一回戦目のウィナーライブこそ目を引くものであったが、卓球の実力的には、メグムには敵わなかった。


 長身のスタイルを活かした、中国式のペンハンドによるダイナミックなドライブ戦型。中国式のペングリップは茉子シュバインシュタイガーが使用している日本式とは違い、裏面にもしっかりとラバーが貼られている。そのため、バックハンドで腕をひねる必要がなくなるのだが、どこかまだ馴染んでいない、慣れていない様子を見せ、そこを冷静にメグムに突かれた。


 印象的だったのが、メグムに負けてとても悔しそうにしていたけれど、


「悔しいよ~! メグムちゃん! 良かったらアドバイスをくれないかな!」


 そう言ってメグムにアドバイスを求めていたところだ。


「えっとね、バックハンドは……」


 親切に一つずつアドバイスを送るメグムの言葉を、一所懸命メモを取る星空エミ。


(きっと真面目な子なんだろうなぁ)


 そういったストイックさがあったからこそ、星空エミは小学生にしてモデルのお仕事ができているのだろうとハナは感じた。


 一つずつ試合が終わっていく。そして、ついに最後の試合がやってくる。


「頑張ってね、ハナ! いつも通りにだよ!」


 そうメグムに背中を押される。


「うん、ありがとうメグ! 行ってくるね」


 一階の競技スペースに入ると、さっきメグムと試合をしたときとはまた違ったざわつきが観客席で起きている。


(きっとみんな、天使愛歌に注目してるんだ)


 ハナが先に卓球台に着くと、遅れて、天使愛歌がやってきた。


 自分よりも身長は高く、何より、オーラがある。ドキドキが止まらない。


 ハナがこんなにわくわく感を感じるのは、茉子と歌羽と出会ったとき以来だった。


「夢咲ハナです! 最高のたっきゅーと!にしましょう!」


 試合前に、ハナは愛歌に握手を求める。最初、愛歌はそれに少し驚いたように見えたが、すぐに微笑み、ハナの手を両手で優しく包みこむ。


「ええ。私、天使愛歌と言います。いまこの会場にいる皆さんと、夢咲ハナさん。あなたに誓います」


 愛歌は、ふんわりとそう答えた。


 そして、互いにラケット交換を行う中で、ハナはあることに気が付いた。


(この人……裏面に、粒高のラバーを貼っている。それにこのラケットは……)


 二人は互いに台に着く。サーブ権はハナから。


(まずは様子見しよう)


 ハナは下回転サーブを放つ、ツッツキをしてくるのか、仕掛けてくるのか、その出だしの反応を見る。


 愛歌は下回転サーブを、とても柔らかいボールタッチで返した、その打球は、ふんわりとハナのコートに返る。


(誘われてる……!)


 ハナは、愛歌もハナがどう攻めてくるのか反応を見ていることに気づいた。


(よし、じゃあ、勝負!)


 ツッツキでふんわりと浮いてきた打球を、ハナはフォアハンドのドライブで、打ち込んだ。愛歌とは逆コースの場所。


 しかし、愛歌は難無く追いついた。そして、そのドライブをバックハンドでカウンターを狙うが、ネットを超えなかった。


 最初の得点はハナに入る。それでも、ハナは冷静だった。


 それは次から、本当の天使愛歌の卓球が始まるとわかっていたからだ。


 ハナの2球目のサーブ。その横回転サーブを、愛歌はラケットを大きく水平に振り、ピンポン球をカットした。


(きた! やっぱり、この人はカットマンなんだ!)


 先ほどのラケット交換。愛歌のラケットはカットマン専用のラケットだった。粒高ラバーと呼ばれる、相手の回転を逆向きにして返すことができるラバー。それを裏面に貼っているカットマンは多い。


 一回戦目は温存をしていたのか、それとも、する必要がないと思ったのか。


(どちらにせよ、負けられない!)


 ハナはカットされた打球をループドライブで返す。弧を描き、余裕を持ってネットを球が超える。


 カットマンと戦うときの鉄則をハナは理解していた。第一に、自分はミスをしないように、ドライブとツッツキで相手の穴を探す。そして、チャンスがきたら、強打して決める。


 ハナの予想通り、カットとツッツキ、ドライブのラリーが続く。


 カットマンは主に、カットすることで回転を利用して相手のミスを誘うスタイル。お互いがミスをしなければ、我慢勝負が続く。


(それにしても、何て柔らかい可愛いボールタッチ!)


 ハナがどれだけ隙を探しても、愛歌はまるで踊っているかのような軽やかなフットワークで、打球を返してくる。


(無理にでも攻める!)


 ハナは無理やり、カットされたボールを角度打ちで強打をする。すこし打球がネットにかすめたが、相手のコートに入る。それを拾う愛歌の姿勢が少し乱れる。


(ここで決める!)


 浮いて返ってきた打球をスマッシュで打ち込む。しかし、愛歌の反応は速かった。素早く態勢を立て直し、羽の生えたような軽やかなフットワークで打球に追いつく。


 カットされて返ってきた球をハナがもう一度角度打ちで決めに行くが、今度はネットを超えなかった。


 強い。ハナは純粋に、その実力を感じた。


(それに、いまのフットワークにボールタッチ、歌羽さんに似てる。歌羽さんがカットマンになったらこんな感じなんだろうなぁ)


 ハナは、愛歌の卓球を見て、歌羽の卓球を思い出していた。


 それでも、相手が歌羽並みの実力であったとしても、ハナは勝たなければいけなかった。


(この試合で負けたら、私は二連敗。ウィナーライブでのアピールができない)


 そうすれば、フラワーギフト学園の合格は遠のく、ハナはそう思った。


(気持ちを切り替えろ、ハナ! 絶対勝つんだ!)


 1-1。サーブは愛歌。


 ハナは作戦を変更した。


(相手のフットワークがすごいなら、台上の技術で勝負。我慢比べなら負けない!)


 歌羽の放ったサーブは下回転サーブだと思い、ハナは冷静にツッツキを行うが、球はふんわりと浮いてしまった。


 それを見逃さず、愛歌は3球目攻撃をハナのコートに打ち込む。ハナは反応することができなかった。


 いまのは下回転サーブにみせた無回転サーブ。それだけではない。あの攻撃力。


 ハナは身体が冷や汗をかくのを感じた。


 攻撃も守備も行えるカットマンは多くない、それもハナたちの年代なら尚更だ。愛歌はそれができるカットマンだった。


 試合は一方的だった。愛歌は粒高ラバーとカットを上手く使い、ミスが少ない。そして、チャンスがくれば攻めに転じ、確実に得点を取っていく。


 打っても打っても、まるで天使の羽に包まれているかのように、ハナの打球は愛歌に拾われる。そして逆に隙を見せてしまえば、天使の矢に射られたかのような一撃を喰らう。


 強敵の実力、そして、もう負けられないというプレッシャーから、ハナはミスを連発してしまう。


 1セット目は11-3で愛歌が先取した。アイドルボールは使用されなかった。

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