6話 夢咲ハナVS美甘メグム!②

 ハナは意識しないようにしても、勝ちを意識してしまう場面だった。少し、ラケットを持つ手に力が入る。


 サーブ権はメグムにある。メグムは静かにハナを見る。


(ハナはきっと力が入ってる。アイドルボールであることに変わりはないけど、私はいつも通りのプレイを)


 メグムが一点一点を冷静に戦えるのは、天使歌羽に憧れていたからだ。歌羽は雑誌のインタビューで、一点の重みを感じすぎるよりも、目の前の一点を冷静に取りに行くことが自分の持ち味だと語っていた。その結果、歌羽はどんなに追い詰められて苦しい場面でも、冷静に一点を追い続け、逆転する試合が多々あった。


(私も、歌羽さんのようになりたい……!)


 フラワーギフト学園に行くことは、小さいときからの夢だった。そして、目の前に、一緒に夢を追い続けてくれる親友がいる。とても、熱くなりたい場面。それでも、自分を冷静に。


 メグムが放ったサーブは同じ下回転サーブだった。それを狙っていたのだろう。ハナは食いつき、再び台上ドライブでメグムのフォアハンドに打ち返してくる。


(冷静に)


 さっきと同じ流れ。ハナがラリーの主導権を握る。が、メグムは試合を決めようと前に出たハナの動きを見逃さなかった。


(ハナは私のバックハンドを避けて、フォアハンドを狙ってくる……! そこを狙い撃ちする!)


 メグムは予想通りのコースに打ち込んできたハナの打球を、カウンター攻撃で返す。


 ハナがなんとか打ち返した球はネットを超えることはなかった。アイドルボールを制したのはメグムだった。


 それでもメグムは静かに息を吐く。


(よし。次の一点)


 その様子を見て、ハナは改めてメグムの凄さを感じた。


(カウンター攻撃を狙われてるのはわかってた。それでも打ち抜く自信があったのに……。メグは強いなぁ。でも、すごくすごく、楽しい!)


 得点は9-9。


 ハナはそろそろだと思った。


(メグは自分のフォアハンドが狙われていることをわかっている。そこを利用する!)


 ハナは次の打ち合いでもフォアハンドを中心に攻める。そして、


(いまだ……!)


 ハナはフォアハンドを狙うふりをして、バックハンドにドライブを打ち込む。


(遅いよ、ハナ)


 メグムはこの試合中、ずっとバックハンドに打ち込まれる打球を待っていた。


(ハナなら、絶対に狙ってくると思った……!)


 表ソフトラバーは、自ら回転をかけにくい反面、相手の回転を殺すことができる異質ラバー。ハナのドライブは回転を殺され、バックハンドのカウンターブロックに捕まる。


 メグムのバックハンドから放たれた打球は、速く、コースを上手くついた。ハナはその打球に触れることができなかった。


(ばれてた……! それにしても、相変わらず、すごいバックハンド!)


 その勢いのまま、2ゲーム目を取ったのはメグムだった。冷静にラリーを行うメグムを打ち抜こうとしたハナはミスを重ねてしまった。


 チェンジコートをするときに、ハナはメグムに声をかける。


「できれば、もっとメグと打ちたいなぁ」


 それを聞いて、メグムは口元を緩める。


「えっへへ。ハナは本当に打ちたがりなんだから」


 そして、最終セットが始まる。


 ハナはピンポン球を優しく握る。


(すごく楽しいけど、このセットでもう終わっちゃうんだ)


 もっともっと続けたい。でも。それはできない。それなら、


(最高に、楽しまなくちゃ!)


 ハナは気づけば、この試合がフラワーギフト学園の最終選考会であることを忘れていた。


 周りにいる試験官も、二階から見ている受験生を気にならない。


 視界に映るのは、親友のメグムただ一人だけ。


 いつもメグムと打ってきた。とっても楽しかった。


 メグムと真剣に打ち合えることが嬉しかった。


 ハナは身体が羽のように軽くなるのを感じた。さっきまでよりも、腕が、足が動く。


(ハナ、笑ってる)


 メグムはいち早くハナの変化に気づいた。1、2セット目までよりも、動きがよくなっている。冷静になれと、自分に訴えかける。でも、ある考えが頭に浮かんでしまう。


 ハナには敵わない。


 得点は8-5。ハナが差を広げていく。メグムは心のどこかで、諦めている自分がいることに気がついていた。


 自分は練習試合では勝ったことはあるが、公式戦で一度もハナに勝ったことはない。今回の試合も、ハナに、勝ちたかった。でも、フラワーギフト学園に合格するためのアピールができれば、それでいいとも思ってしまった。だって、それが一番の自分の夢なのだから。


一点一点冷静に。少しでも多くアピールを……。


(でも、本当にそれでいいのかな)


 目の前の親友は、本気で自分と向き合ってくれている。すごく楽しそうに、ピンポン球を追い続けている。そんなハナが羨ましかった。


(羨ましい? 私は、ハナとの試合を楽しめていない?)


 そんなことはなかった。メグム自身も、この試合は楽しかった。


(冷静でなんて、いられないよ)


 この試合は確かにフラワーギフト学園の最終試験かもしれない。でも、ハナとメグムにとっては、それだけではない。


 一緒に練習してきた。その成果を、出し合う。


 最高のたっきゅーと!で、二人とも、フラワーギフト学園に合格を。


 メグムは大きく息を吸い込み、吐き出す。


 そして、ハナを見て、笑う。


「えっへへ。最高のたっきゅーと!はここからだよ、ハナ!」


「もちろんだよ! メグ!」


 いまだけは、憧れの天使歌羽の冷静さを脱ぎ捨てて、親友に勝ちたい。


 メグムは試合の組み立てを変えた。さっきまでは大きく戦略を変更することはしなかったが、今度はラリーの主導権を握るために、ハナを揺さぶる。


(メグのプレイスタイルが変わった! さっきよりも、ぐいぐいくる!)


 ハナは相手のペースに呑まれまいと、メグムが攻撃をしにくいように、短い下回転のツッツキを多用する。


 ハナはそのツッツキをメグムの得意なバックハンドにいかないように意識して打っていた。そこに、メグムは無理やり身体を動かし、普通ならフォアハンドで打てるはずの球を、バックハンドで打とうと試みる。


(メグ……! 無理やり打ち込むつもり……!?)


 いつもの冷静なメグムなら、絶対にしなかった行動だった。


 メグムが狙うのは、バックハンドによる、角度打ち。角度打ちはドライブとは違い、相手の球を、回転を気にせず角度で打ち込む打球。裏ソフトのラバーでも行うことはできるが、回転を殺す表ソフトでは、角度打ちは一撃必殺技となりうる。


 無理に身体を動かしたため、態勢が悪い、それでも、


(絶対に、決める…!)


 メグムは上手く打球に角度を合わせ、球が表ソフトラバーに触れた瞬間に、弾いた。


 この数か月の間、ハナと一緒に考えて、練習した必殺技。


(『オレンジスプラッシュ』!)


 まるで、ミカンの果汁が弾けるような速さで、打球はハナのコートに突き刺さる。

 ハナはその打球に反応することができなかった。


(打たせないようにしてたんだけどなぁ。あの態勢から決められたら、お手上げだよ)


 ハナは笑顔でメグムに両手を上げてみせる。メグムはそれを見て、ウインクで返す。


 そして、その後も、ハナとメグムはお互いに笑いながらラリーを打ち合う。一点を挙げるにつれ、二人は大きくガッツポーズをする。


 二人のたっきゅーと!に、試験官、受験生の目が引き寄せられる。


 本当に楽しそう。そう思わせる試合だった。


 そして、メグムが主導権を奪い返す展開で試合は続き、ついに9-9となる。


 二人はもうわかっていた。笑顔で、一緒にアイドルボールを宣告する。


 笑っても、どんなに楽しくても、次が最後となる。


 サーブ権はメグム。メグムはここで、ある試みに挑戦しようとしていた。


(勝負だよ、ハナ!)


 小さいころから、ずっとたっきゅーと!で見てきた天使歌羽のサーブ。ハナとの練習でも、見せていなかったものだった。それでも、練習の中で、ハナがこのサーブを会得していることを知った。それが羨ましくて、内緒で一人猛練習をした。


 このサーブの持ち味は、下回転か、無回転かわかりづらいところにある。回転を読み間違えてしまうと、3球目攻撃を受けてしまう。


 ハナはメグムがこのサーブを使用してくとは思わず、反応が遅れた。そして、あの冷静なメグムが、こんな博打を仕掛けてくるとも考えていなかった。


(下回転か、無回転か……!)


 ハナはツッツキをすることに決めた。無回転なら球は浮いてしまうが、メグムが打ち込んでくるであろうスマッシュを取る。


 ハナのラケットに球が触れる。球は浮かばなかった。


 ハナが想像していたよりも、下回転は多くかかっていた。サーブの完成度が高かった。


 アイドルボールを、試合を制したのはメグムだった。


「負け、ちゃった……」


「ハナ……」


「でも、すごく、楽しかった」


 ハナはどんなに楽しい試合をしても、いつも負けた後は悔しくて泣きそうになってしまう。けれど、今回は違った。やりきった気持ちが大きかった。全てを出し切れたからなのか、相手がメグムだったからなのか、それはわからなかった。


「えっへへ。私もだよ、ハナ」


 二人は握手をして、優しく抱擁し合い、互いの健闘を称える。


 気づけば、会場全体から、拍手が起こっていた。


「あれ、さっきまで、拍手なんてみんなしてたっけ?」


「きっと、みんなにも伝わったんじゃないかな。私たちのたっきゅーと!が」


 そして、メグムはウィナーライブへと向かう。


 ハナは二階の観客席には戻らず、誰よりもステージの近くでメグムのウィナーライブを見届けた。とっても可愛くて、最高のライブだった。


(わかった、どうして負けたのに、こんなにすっきりしてるのか)


 メグムの努力を知っているからだ。


 メグムはハナよりもずっと前から、フラワーギフト学園に、たっきゅーと!に憧れていた。それをハナは知っている。


(メグなら、最高のたっきゅーと!のアイドルになれる!)


 試合に負けて、悔しい気持ちがないわけがない。でも、それ以上に、嬉しい、祝福の気持ちが優った。夢を叶えようとする親友の姿を見て、心からおめでとうと思った。


 ハナはメグムのウィナーライブを見て、確信した。メグムはフラワーギフト学園に合格する。


(後は、私だ……!)


 自分も、メグムと同じ場所に行きたい。もう一度、一緒にたっきゅーと!がしたい。次の試合に勝てば、まだ可能性はある。


 メグムのウィナーライブが終わる。ハナは他の誰よりも大きく手を叩き、メグムを称えた。

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