3話 一次試験!

 学校では、いつもよりも真剣に先生の話に耳を傾け、放課後には二人でトレーニングをする日々が続いた。周りの友人たちが遊んだりしている中でも、二人はたくさんのことを我慢して、受験対策に取り組んだ。そんな二人を見て、友人たちも温かく応援をしてくれた。


 練習に疲れ、やめたくなるような日もあった。そんなとき、ハナとメグムは隣にいる親友の姿を見た。一緒に頑張ろうって励まし合えた。家族の協力もあり、二人は日々を乗り切ってきた。


 そして、一月の半ば。


 ハナとメグムの二人は、近所にある神社にきていた。


 もうお正月の時期から少しずれているため、人はまばらで、あまり多くなかった。


「やった! メグ! 私大吉! ママたちときたときも大吉だったから、二連続だよ!」


「えっへへ。私も大吉だよ、ハナ。神様も応援してくれているのかな」


 二人はお互いに大吉のおみくじを見せ合い、笑い合う。


 近くのベンチに腰をおろし、ハナは手袋をしている手に、ふぅっと息を吹きかける。こうすると、息が温かく感じられた。


「歌羽さん、すごいね」


 ハナはぽつりと呟く。


「そうだね、ジュニア部門、本当に優勝しちゃったね」


 先日行われた、全日本卓球選手権。天使歌羽は、高校三年生以下で行われる、ジュニア部門において、優勝を果たした。ジュニア部門ではあるが、全日本卓球選手権で優勝をした、たっきゅーと!のアイドルは、たっきゅーと!を最初に始めた、秋風緑以来の快挙だった。


「私たちも、頑張らないとだね!」


 ハナは歌羽の言葉を思い出す。


『いい笑顔だね。また会おうね、ハナちゃん』


 あのとき、そう言ってくれた。


(歌羽さんは待ってくれているんだ。私のこと。ううん、私だけじゃない。フラワーギフト学園を目指すみんなのことを……!)


 ハナはベンチからぴょんと立ち上がる。そして、空に向かって手を広げる。つかみ取りたい、合格を。


「試験まで、もうあと一か月もないもんね。泣いても笑っても、支えてくれたみんなのために、メグと一緒に全力を出し切るよ!」


 ハナにつられて、メグムもベンチから立ち上がる。


「えっへへ。そうだね、ここまで頑張ってこられた。後は試験で、一緒に全部出し切ろう、ハナ!」


 二人は同じように空を見上げる。目指しているものは、フラワーギフト学園の合格。


 きっと二人以外にも、多くの受験生がこの空の下にいるのだろう。


 誰が合格して、誰が不合格になるのかはわからない。


 それでも、少女たちは応援してくれる人たちの支えを受け、精一杯の努力をして、その時を迎える。


 二月。フラワーギフト学園の受験日を迎えた。


☆ ☆ ☆


「よしっ、準備おっけ~!」


 ハナは持ち物リストが書かれた用紙にチェックを入れ、忘れ物がないかどうかを念入りに確認する。


「ハナちゃん、本当にいいの? ついて行かなくて」


 母親が心配そうにハナを見守る。ハナはそれに笑って答えた。


「大丈夫だよ! メグも一緒だし! それじゃ、そろそろ行くね!」


「気をつけてね、ハナちゃん。リラックスしてね」


「ありがとうママ! いってきます!」


 母親に手を振り、家の外に出ると、メグムがハナを待っていた。


「おはようメグ! 行こっか」


「えっへへ。おはようハナ。うん、行こう」


 今日はフラワーギフト学園の一次試験が行われる。内容は筆記試験と、ダンスと歌唱力が試される実技試験。会場は各地に別れており、ハナとメグムは同じ会場だった。


 電車を乗り換え、試験会場へと向かう。


 先日発表された、受験者の数は二百十人。歴代最高の受験者数である。


 それでも、二人は以前のように動揺することはなかった。それだけ、この数か月、トレーニングを積んできた。そのことが二人の自信になっていた。


 会場に着くと、受験番号によって受験者たちがグループに分けられた。先に筆記試験を行うグループと、先に実技試験を行うグループで別れるみたいだ。


「じゃあ、私はこっちだね、また後でね、ハナ」


「うん! 頑張ろうね、メグ」


 ハナとメグムは違うグループになった。ハナは先に実技試験へと向かう。


 緊張感はある。歌とダンスを、人に見られるのは初めてじゃない。メグムや家族、友人にも練習の中で見てもらったことがある。それでも、評価をつけられる、採点されるというのはもちろん初めてだ。


(大丈夫……! 自信を持って、いままで通りに!)


 控え室に入ると、椅子に座るように案内された。周りに座る他の受験生も、どこか緊張した面持ちに見える。


 ハナはポケットに入っているお守りと、ミカンのキーホルダーを取り出す。お守りは家族がくれたもの。キーホルダーはメグムと交換しあったもの。メグムには、ハナからお花のキーホルダーが渡されている。


 ぎゅっとお守りとキーホルダーを握りしめる。


 控え室で待つ中、一人一人名前を呼ばれ、試験会場に案内されていく。ハナはただ、じっとそのときを待った。


「次は、夢咲ハナさん、お願いします」


 自分の名前が呼ばれた。ハナはゆっくりと目を閉じ、深呼吸をする。そして、大きな声で返事をした。


「はい!」


 案内された部屋に入ると、二人の女性の試験官がいた。どちらも眼鏡をかけてじっとハナを見つめる。ハナは緊張感が高まるのを感じた。


「ゆ、夢咲ハナです! よろしくおねがいします!」


 ハナは二人の試験官に深々と頭を下げる。すると、少し試験官の表情が緩んだように見えた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。練習の成果を見せてくださいね」


 ハナはその言葉を聞いて、気持ちが楽になるのを感じた。


(そうだ、練習の成果を見せるだけなんだ……!)


 ハナは試験官に向かって元気に笑いかけた。


「はい! 頑張ります!」


 それを見て、試験官二人はにっこりと笑ってくれた。


「それでは、音楽をかけますね。1、2、3、スタート!」


 試験官の合図によって、部屋の中に課題曲である、『フラワーギフト』のイントロが流れ始める。初めて聞いたときから、もう何回聞いただろう。何回踊っただろう。


 その軽快なリズムに合わせて、身体が自然に動き出す。次の動作を意識することはない。ただ、歌の流れに身を任せる。


 ハナは口を開き、歌い始めた。最初にこの曲を聞いたときに感じた思いを胸に、何度も歌った曲ではあるけれど、新鮮に、楽しく、笑顔で。


 気づけば緊張はどこかへいってしまっていた。卓球と同じ、歌もダンスも笑顔で楽しむ。


 全力でハナはやりきった。途中少し音がずれたり、ダンスでつまずきそうにもなった。


 それでも、できる限りの全てを出し切った。後悔はなかった。


 その後の筆記試験もなんとか乗り越え、ハナとメグムは再び会場で合流した。


「お疲れさま、メグ!」


「えっへへ。ハナこそ!」


 二人は自然とハイタッチを交わす。お互いに手ごたえは上々。


 その数日後に発表された、フラワーギフト学園の一次試験合格者は、百名。そこにはちゃんと、ハナとメグムの名前があった。

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