10話 才能を咲かせる場所!

「急に泣き出してしまって、ご迷惑をおかけしました……!」


 泣き止んだハナは歌羽と茉子に向かって土下座をする。


「いいよいいよ。それにしても、ハナちゃんは負けず嫌いなんだね?」


 試合が終わり、三人で床に座り込む。ハナは土下座、歌羽は体操座り、茉子は正座をしている。


「う、ごめんなさい。私、試合に負けると泣きそうになるくせがあって……」


「そうなんだ! 私も小さいときはそうだったよ! トラちゃんはいまでも泣いちゃうけどね」


「泣きませんよ! 嘘を言わないでください!」


 茉子は歌羽に抗議の声をあげる。


「こほん。それで、ハナちゃんはどうして今回、歌羽さんと試合をしようと思ったのですか? さっき、けじめとも言ってましたけれど」 


 茉子がハナに問いかける。


「あの、すごく個人的な話になってしまうのですが……」


「いいよいいよ。私も気になる。聞かせて、ハナちゃん」


 ハナは少し言いよどむが、歌羽に促され、話し始める。


「えと、私は、最初は、将来のことなんて真剣に考えていなくて、卓球が強い中学校に行ければいいなくらいの気持ちでした。私の夢は全日本選手権で優勝することですから。そのとき、友達に誘われたんです、フラワーギフト学園に行かないかって。私はたっきゅーと!のことをまったく知らなくて、そのときはフラワーギフト学園に行っても、卓球が強くはなれないって少し思っちゃいました。あ、あのとても失礼なことを言ってしまってますが……!」


 ハナは慌てて歌羽と茉子に手をぶんぶん振る。


「大丈夫だよハナちゃん。それでたっきゅーと!を見にきたんだね。どうだったの?」


 歌羽はハナに優しく微笑みかける。


「とても、すごかったです! 感動しました! 卓球のレベルも自分の想像していたより、ずっと高くて、ライブも可愛くて、忘れられません! 歌羽さんと茉子さんは一体どれくらいの努力をしているんだろうって圧倒させられちゃいました」


 ハナは本人を目の前に感想を伝えることに少し照れた。


「それで、思ったんです。私もあんな風になれるかなって。でも、純粋に卓球が強くなりたい。その自分の気持ちにも、嘘はつけなくて。歌羽さんはフラワーギフト学園を卒業されていて、その人と試合をすれば、自分の本当に進みたい道が見えてくるんじゃないかと思って……」


「それで、試合を申し込んだわけですね」


「はい……自分勝手で、ごめんなさい」


 ハナは手元のタオルをぎゅっと握る。


「ううん。それで、答えは出たのかな、ハナちゃん」


 歌羽は軽く首を横に振り、ハナを優しく見つめる。


「私は、歌羽さんや茉子さんのように卓球が上手くなれるなら、夢を叶えるためにもフラワーギフト学園に行きたいと思いました。でも、アイドルとしての自分の姿は想像することができなくて、卓球が上手くなるために、利用しようとしているだけの気がして……」


 ハナの言葉を聞いて、歌羽は笑った。


「な、何か変なこと言いましたか、わ、私」


「ううん、ハナちゃんは真面目だなって思って。飛び込んでみなよ。フラワーギフト学園に。入ってみないとわからないことも多いよ。そうだよね、現役生?」


「そうですね。経験上、私もおすすめしておきます。ハナちゃんの考えている夢を実現するための三年間を、フラワーギフト学園で過ごすことは有益だと思いますよ」


 歌羽と茉子は口をそろえてハナにフラワーギフト学園を勧めた。


「ハナちゃんは、フラワーギフト学園に入ったら、必ず将来たっきゅーと!のアイドルになる必要があると思っているでしょ? そうじゃないんだ。フラワーギフト学園は生徒たちの才能を咲かせる場所だから」


「才能を咲かせる……?」


 ハナの問いかけに、歌羽は頷く。


「フラワーギフト学園は、卓球、アイドル、勉学、全てに力を入れてる。私の同級生の中には、私みたいにたっきゅーと!のアイドルを選んだ子もたくさんいるけど、卓球の強豪高校に進学した子もいたし、女優やモデルになった人もいる。有名進学校に進んだ人もいる。人それぞれ、みんな自分の夢に向かって進んでる。そのきっかけがフラワーギフト学園での三年間なんだよ」


 茉子も歌羽に同調する。


「ハナちゃんが、まったくたっきゅーと!に興味がないのであれば、おすすめはできません。そこはやっぱり、たっきゅーと!を学ぶための学校でもありますから。でも、少しでも今日のたっきゅーと!を見て興味を持ったのであれば、挑戦する意味はあると、私は思います。それに例えどの道に進んだとしても、卓球を続けている人は多いです。ハナちゃんだけではなく、全日本選手権で優勝することはみんなの夢でもありますから」


「もちろん、私たちにとっても、ね?」


 ハナははっとした、自分も挑戦してみてもいいのだろうか。フラワーギフト学園に。たっきゅーと!に。


「いいんでしょうか。私、フラワーギフト学園を受験しても……!」


「それはハナちゃんが決めることだよ。まぁ最近はたっきゅーと!の人気も上がってきてて、私たちのころに比べると倍率も高いし、難関であることには変わりはないけどね」


 意地悪な笑みを浮かべて、歌羽はハナを茶化す。そこにピロリロリンという機械音がなる。


「あ、もしかしてもう時間かな?」


 歌羽は立ち上がり、自分のカバンの中を漁る。そして、携帯電話を取り出すと、操作して内容を確認する。


「ハナちゃん、ごめんね、もう少しお話してあげたかったけど、時間みたい。トラちゃんもそろそろかな?」


「そうですね。私も一緒においとまさせて頂きます」


 茉子につられて、ハナも立ち上がる。そして、二人に大きく頭を下げる。


「貴重なお時間を、ありがとうございました……! とても楽しかったです! 受かるかどうかはわからないけど、私は……」


 ハナは顔を上げて、笑顔で歌羽と茉子を見る。


「フラワーギフト学園を受験したいと思います……!」


 ハナは決心した。挑戦したい。二人のようになりたいと思った。


「いい笑顔だね。また会おうね、ハナちゃん」


 歌羽は軽く手をひらひらと振り、茉子はハナに丁重にお辞儀をして去っていく。


「歌羽さん、ハナちゃんに期待をしているのですか?」


 二人きりになり、茉子は歌羽に質問する。


「ハナちゃんを見てると、フラワーギフト学園に入る前の自分を思い出すの。それでかな、ちょっとほっとけなくなっちゃって」


 歌羽は少し照れ笑いをする。


「トラちゃんだって気にかけてる様子だったよね? 期待してるの?」


「してないと言えば嘘になるかもしれません。私は、ハナちゃんとたっきゅーと!をしてみたくなった。それだけです」


「ふふ。トラちゃんは素直じゃないね~可愛いね~」


「もう、トラちゃんはやめてください! からかっているんですか?」


 じゃれ合いながら、二人は前を見て進む。


(ハナちゃん、か。私も、もっと頑張らないとね)


 この出来事のしばらく後に行われる、全日本選手権大会の高校生以下を対象としたジュニア部門で、天使歌羽は優勝を果たす。ハナがそれを知るのは、もう少し先のお話。


☆ ☆ ☆


「もう、ハナ! どこに行ってたの! 心配したんだから!」


 第二体育館から出るとハナはすぐにメグムに見つかり怒られた。メグムは一階の正面玄関からアイドルが出てくるのを見ると、ハナを探してくれていたみたいだ。


「それで見つからないから、戻ってサインもらっちゃった、えっへへ」


 そして、嬉しそうにルージュ&ノワールのアイドルのサインが書かれたうちわを見せる。


「ご、ごめんねメグ……。ちょっといろいろあって……」


「このサインに免じて、許してあげよう。それで、いろいろってなぁに?」


 ハナは第二体育館で起きたことをメグムに包み隠さず伝えた。


「ええ! じゃあ、歌羽さんに直接会えて、試合もできたんだ!」


 ハナの話を聞いてメグムはとても驚いていた。ハナもメグムに話をしながら、自分は本当に特別な経験をしたんだと実感した。


「それで、決めたんだ。私もメグと一緒に、フラワーギフト学園を受験したいって! 受かるかはわからないけど……」


「ハナ……! 本当??」


 メグムは手を合わせ、目を輝かせながらハナを見る。


「うん、だから、メグムが迷惑じゃなければ、一緒に受験勉強させてほしい……!」


「迷惑なわけないよ! 一緒に頑張ろう! 私たち二人なら、きっと大丈夫だよ!」


 メグムはハナがフラワーギフト学園の受験を決めたことを本当に喜んでいた。抱き着き、えっへへと笑う。


「明日から特訓だね! 二月の受験まで、もう一年もないんだから!」


「あ、明日から……!」


「あ、そうだね! 明日からじゃ遅いよね! 今日から始めよう! まずは体力づくり! 走って家まで帰ろう!」


「ええ! いまから走って!?」


「そうと決まれば行くよハナ! れっつごー!」


「わわ、待ってよメグ~」


 笑顔で走りだすメグムをハナも笑顔で追う。


 ここから、ハナのたっきゅーと!の物語が始まる。

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