6話 天使歌羽VS茉子シュバインシュタイガー!②
二人は卓球台にラケットを置き、チェンジコートを行う。そして、汗を拭い、水分補給をして次のセットに備える。
『さぁ1セット目は茉子シュバインシュタイガーが奪いました! 今日はどこか気合の入り方が違って見えますね! 次のセットも見逃せません!』
ハナは歌羽が打った無回転サーブのフェイクを改めて思い返した。
(あれは完璧な可愛いフェイクだった。お互いの読み合いもすごい……!)
自分が想像していたよりもはるかにアイドルたちの卓球の技術は高いと感じた。
2セット目が始まる。
試合は1セット目よりも茉子の優勢で進んだ。
「歌羽さん、押し込まれてるね……!」
「うん、そうだね。歌羽さんが得意としているのは、フェイントを入れることで、相手を惑わす『デビルフェイク』。だけど、今日の試合では、茉子さんにほとんど打球が読まれてる……! きっと茉子さんは相当歌羽さんのことを研究してきたんだね」
そして、このセットではアイドルボールが使用されなかった。ポイントは4-11 。茉子が2セット目も連取した。
『フラワーギフト学園の新旧エース対決は予想外の展開です! 茉子シュバインシュタイガーが2セットを連取! このまま試合を決めてしまうのか、それとも天使歌羽が追い上げるのか! 注目の3セット目です!』
歌羽は自分が追い詰められているのを感じた。あと1セットで負ける。
(トラちゃんは前よりも、もっと私のことをよく研究してるなぁ……。それでも、負けるわけにはいかないよね)
歌羽はラケットを握りしめ、卓球台に向かう。
(まだまだ、先輩として、フラワーギフト学園の後輩たちを、たっきゅーと!を引っ張っていかないと。それに)
歌羽は微笑む。
「こんなに本気で立ち向かってきてくれるライバルがいてくれて、楽しいものね」
それを聞いて、茉子も笑う。
「私も楽しいですよ。でも、勝負は勝負。負けません」
「ええ、最高のエンターテインメントは、これからよね?」
サーブは茉子から。第3セットが始まる。
茉子の放ったサーブは最初に打った横回転に見せかけた下回転サーブ。歌羽はそれを難なく見切り、ツッツキで返す。それを歌羽もツッツキで返し、ツッツキの我慢比べが始まる。どちらが先に仕掛けるか。お互い相手を伺う。
先に仕掛けたのは歌羽だった。自分の打ちやすい場所に流れてきた球をフォアハンドで振りぬく。
茉子はそれを待っていた。バックハンドのブロックで、相手を打ち抜く。そのつもりだったのだが、茉子の打った球はネットにかかり、相手のコートに返ることはなかった。
(いまの打球は、上回転に見せかけた、無回転ドライブ、ですか)
『デビルフェイク』。茉子は打ってからその打球に気が付いた。
(やっと、身体が温まってきたみたいですね。歌羽さん)
茉子は自陣のコートに転がるボールを拾いあげ笑う。
3セット目は打って変わって、接戦で進んでいった。お互いに得点を取り合い、会場内は大いに盛り上がった。
『さぁ3セット目は接戦です! 得点は互いに10-10のデュースになりました! ここからはサーブは1本交代、先に相手に2得点差をつけた方の勝ちになります!』
ハナはさっきまでのセットとは違う歌羽の動きに驚いていた。
「歌羽さん、一歩一歩の出だしがさっきよりも早い! それに、『デビルフェイク』も効き始めてる!」
「えっへへ、歌羽さんは典型的なエンターテインメント気質なんだよ。少しずつ気合が入ってきて、打球に対する判断が早くなるの! これまでにも劣勢から逆転した試合がたくさんあるんだよ!」
そう自慢げに話すメグム。
(きっと1、2セット目のプレーから、相手のことも観察して対応してるんだ。そうすることで、相手の逆の逆を読む。『デビルフェイク』も活きてくる。それを可能にする、歌羽の卓球センスはすごい……! でも、それだけじゃない)
劣勢からここまで追い上げる、理屈だけでは語れない、メンタルの部分があるとハナは感じた。
「このセット、茉子さんは取れればもちろん勝ちだけど……」
「うん。もし歌羽さんが取ることができれば、流れは歌羽さんの方に傾くね」
ハナとメグムは息を飲んで試合を見守る。そして、
『おっと! なんとデュースになった瞬間、どちらからもアイドルボールの宣告がありました! 次の得点はアイドルボールが適応されます!』
デュースは先に相手に2点差をつけた方の勝ち。ということは、ハナは武者震いした。
『次の得点を取った方が、このセットを制します! 茉子シュバインシュタイガーにとってはマッチポイントです! 次の得点は見逃せません!』
会場がこれまでで一番の盛り上がりを見せる。その一方で、歌羽と茉子は涼しい顔をしている。お互いにデュースになった時点でアイドルボールが宣告されることはわかっていた。試合を決めかねない重要な得点に集中力を極限に高める。
サーブ権は茉子。レシーブは歌羽。お互いに自分が得点を取る流れを読む。相手のプレーを予測する。
茉子の手からボールが離れる。茉子が選んだサーブは、この試合初めての試みだった。フェイクも何も考えない。ただ速さだけにこだわった、相手のバックハンドに向かうロングサーブ。
それでも歌羽は難なく反応した。まるで全ての可能性を予測していたように。そこから小細工のいらない打ち合いのラリーが始まる。相手の動き、コース、回転、全てを1秒かからず判断して打ち合う。
歌羽は『デビルフェイク』を上手く利用する。一つ一つの動作にフェイントを取り入れる。どの回転をかけたのか、どこのコースを狙っているのか、相手に考えさせる。そうすることで、茉子は、自信を持って『春夏秋冬の舞』を行うことができなくなる。回転を読み間違えれば、得意とする四つのドライブの効力も弱くなる。
そのとき、茉子が打った打球がネットに当たる。ネットに当たり、コースの変わった打球は、歌羽が構えていた方とは逆に向かう。一瞬、時が止まったようだった。動いているのは歌羽だけだった。台に一度弾んだ球は、台から出て、床へと向かう。床に落ちた時点で、茉子の得点。歌羽の敗北が決まる。
歌羽は飛び込んだ、その動きの柔らかさは、まるで天使の羽が生えているかのようだった。ラケットに球が触れる。天使の羽毛に包まれたような、優しい、優しいボールタッチ。
そして、相手のコートに向かった打球はネットの横を通り、極小のバウンドをして転がった。
会場内は一瞬何が起きたのかわからなかった。そこにセイラの実況が入る。
『な、なんというプレーでしょうか! ネットインしたボールに喰らいつき、返しました! アイドルボールの得点を獲得したのは天使歌羽! 3セット目は天使歌羽が取りました!』
セイラの実況を聞き、状況を理解した観客から一斉に歌羽コールが起こる。二人のプレーに対する賞賛の拍手がなりやまない。
「すごい。いまのは、すごすぎるよ……!」
ハナは呆然としていた。茉子が選んだサーブ、それを読んでいた歌羽、そこから、自分の長所を発揮し、相手の長所を消そうとする打ち合いと、歌羽の動き。どうすればあんなプレーができるのだろう。
「フラワーギフト学園……茉子シュバインシュタイガー……」
自分はあの二人に勝てるだろうか? どんなプレーをすればいい?
「天使歌羽……!」
ハナは静かに自分の拳を握りしめた。
(試合が、したい。歌羽さんと打ってみたい……!)
溢れそうになる思いをなんとか堪える。
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