5話 天使歌羽VS茉子シュバインシュタイガー!①

 会場が静まりかえり、卓球台に観客の視線が集まる。


(いよいよ始まる……! どんな試合になるのかな!)


 ハナはわくわくが止まらなかった。大きく目を開き、試合を見る。


 そして、茉子がサーブを放つ。日本式のペンラケットから放たれる高速横回転サーブ。相手のコートで弾む瞬間、勢いよく球が曲がる。歌羽はその球を、ラケットの角度だけで当てて返した。とても柔らかいボールタッチ。


(なにあのツッツキ……! 可愛い!)


 ふんわりと茉子の返しにくいネット際に球が落ちる。それに茉子は素早く反応し、手首の動きで台上ドライブを繰り出す。しかし、歌羽はそれを読んでいた。茉子の返したボールが飛んでくる場所にすでに回り込んでいる。


(フットワークにも無駄がない……!)


 歌羽は飛んでくる球にラケットのスイングを合わせ、強力なフォアハンドドライブを打ち込む。茉子はネット際の台上のボールを処理したこともあり、態勢が上手く立て直せていなかった。


(これは、決まる!)


 ハナは、歌羽のポイントになることを確信した。しかし。


 ピンポン球は歌羽の逆サイドを通り抜けた。歌羽のドライブは、茉子のバックハンドにブロックされ、返されたのだ。


 ポイントが茉子に入ると、観客からの大歓声が起こる。パチパチと自然に拍手も生まれる。


(あの態勢から、ドライブを正確にブロックして返すなんて……)


 ハナは目の前で行われていた試合の攻防に、目を輝かせる。まだ1球しか打ち合っていない。それなのにわかる。試合の、両者のレベルの高さ。


(すごい……私だったらどう返したかな)


 ハナは興奮する身体とは違い、内側から静かに熱くなるものを感じた。


『皆さん見ましたか! いまのラリーを見られただけでも、この試合を見にきた価値があると思います! これからも見逃せません!』


 試合の序盤は茉子が主導権を握る。一つ一つの打球をまるで舞を踊っているかのように打ち返していく。


「すごく綺麗なフォームだね……!」


「えっへへ。あれは茉子さんの『春夏秋冬の舞』だよ。まるで日本の季節を感じさせるような舞に見えるから、その名前で呼ばれているの。それに、茉子さんには、四つのドライブがあるんだ!」


「四つのドライブ……?」


 ハナは、茉子の打つドライブに注目して見る。


「一つ目は、春のドライブ。これは速さを意識したドライブで、相手を追いつかせない」


 茉子の放った打球は、まるで風のような速さで相手のコートに向かう。


「二つ目は、夏のドライブ。これは力強く打ち出された打球で、相手を真正面からねじ伏せる」


 茉子のドライブを受けた歌羽の打球は、力なく浮かび、ネットを超えることができなかった。


「三つ目は、秋のドライブ。ボールに多くの回転をかけることで、相手の打球を操る」


 球の回転に負け、歌羽の打球は歌羽が狙っていたコースとは別の場所に飛んでしまう。そこではもう、茉子が待ち構えている。


「四つ目は、冬のドライブ。ただ冷酷に、相手の死角であるコースを正確に打ち抜く」


 茉子の放ったドライブに、歌羽は追いつくことができなかった。


(これが、茉子さんの『春夏秋冬の舞』……!)


 そのすべてのドライブが、同じフォームから打ち出されている。相手は簡単に判断することはできない。それを可能にしているのが、茉子の美しい流れるようなフォームだった。


「ねぇメグ。茉子さんが使っているラケットって日本式のペンだよね」


「うん、そうだよ。最近だと珍しいよね。茉子さんは日本の文化がとても好きみたいで、日本式のペンホルダーを使い始めたみたいだよ」


 日本式のペンホルダーはラケットをペンのように親指と人差し指で支えて持つ。多くの選手が愛用している、握手をするように持つシェイクハンドとは違い、球を打ち返すラバーが一枚しか張られていないのが特徴である。バックハンドは腕をひねる必要があるため、繊細な技術を必要とする。その一方で、強力なドライブを打つこともできる。


 茉子はこの日本式のペンホルダーを上手く操り、歌羽を追い詰めていった。


歌羽 5-9 茉子


 9ポイント目を取ったところで、茉子は主審に宣言をした。


「アイドルボールをお願いします」


 その宣言を受けて観客は大歓声をあげる。スクリーンにはアイドルボールという文字とエフェクトが現れ、軽快な効果音が流れる。


「うえ、なにこの騒ぎ! アイドルボールって何、メグ?」


「えっへへ、たっきゅーと!のだいご味の一つだよ! きっとセイラさんが説明をしてくれるはずだよ!」


 主審の手によって、いままで使われていたオレンジのボールから、ショッキングピンク色のボールへと変えられる。


『ついにきましたアイドルボール! 宣告者は茉子シュバインシュタイガー! このアイドルボールは、1セットに1回だけ早い者勝ちで利用できるボールです! 普通のボールとの違いはなんと、このボールが使われているときの得点は2得点になります! この得点でいままで多くの試合の流れが変わってきました! これからの試合で、どのタイミングでアイドルボールが使用されるのかにも注目していきましょう!』


 セイラの説明を受けてハナは驚く。


「ええ! そんなルールがあるの! 2点は大きいよ! それに2点入るかもしれないってことは……」


「うん、得点が5-9だから、歌羽さんはこのアイドルボールを落とすと、1セット目を失うことになるね」


 アイドルボール宣言の歓声から、徐々に会場内が静まりかえり、独特の緊張感が生まれる。一気に2点が取れる。それは競技者にとってはとても大きい。


 サーブ権は歌羽。アイドルボールを握り、茉子を見る。


(9点目を取ったら迷わずアイドルボールか。相変わらず抜け目ない)


 歌羽は手が汗をかくのを感じた。アイドルボールの重みが手にかかる。そして、サーブを放つ。下回転に見せるためのフェイクを入れた無回転サーブ。相手が下回転だと思いツッツキをしてくれたら、球が浮かび上がり攻撃に移ることができる。歌羽の得意とするサーブだった。


 茉子はラケットの角度を合わせる。


 ツッツキがくる。歌羽はそう思った。しかし、茉子のラケットはツッツキの角度から、球を寝かせるようにひねられた。茉子の放った角度打ちが歌羽のコートに突き刺さる。


『決まったー! アイドルボールにより、いまの得点は2得点! よって5-11で1セット目は茉子シュバインシュタイガーが先取です!』


 会場内に茉子コールが起こる。歌羽は得意サーブをリターンエースされ、苦笑いして茉子を見る。


「得意サーブ、だったんだけどね」


「歌羽さんのこと、ずっと見てきましたから。歌羽さんのことなら何でも知っているかもしれません」


 そう言って笑う茉子に、歌羽は小さくため息をつく。


「あはは、愛されてるなぁ私」

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