2話 美甘メグム!

「う~ん、楽しかった~!」


 総合体育館からの帰り道、ハナは両手を大きく空に向け、身体を伸ばす。


「えっへへ、そうだね、ハナ」


 季節は三月。春の兆しを感じさせる心地よい風が、ハナとメグムを包む。桜の木は少しずつ蕾を膨らませ、それを見てハナの新学期への期待感も膨らんだ。


「またメグと一緒のクラスになれるといいなぁ~」


 担任の先生は誰だろう。何組になるかな。何係りに立候補しよう。考えるだけでわくわくが止まらない。


「ハナ」


 そんなことを考えているハナに、メグムが声をかけた。


「どうしたの、メグ? 可愛い花でも咲いてた?」


 急に名前を呼ばれてメグムの方を見ると、その顔は少し寂しそうでもあり、真剣な表情にも見えた。


「ハナは、小学校を卒業したら、進路はどう考えてる?」


「進路……?」


 小学校を卒業したら、中学校へ行くことになる。ハナはまだじっくりと進路について考えたことはなかったが、メグムの表情を見て、真面目に答えようと思った。


「う~ん、もし卓球の強い中学校から推薦がもらえたら、そこで卓球をしたいかな。お母さんと相談して決めたい! それに……」


 ハナはメグムに笑顔を向ける。


「どの中学校でも、メグと一緒に卓球ができたら嬉しいな。推薦がもらえなくて、あまり強くないところに行くことになっても、私たちなら大丈夫だよ!」


 ハナは少し照れくさくなってしまい、唇を指で押さえる。


「メ、メグはどうするの! やっぱり推薦がもらえるなら、卓球が強いところに行きたいよね!」


「私は……」


 メグムは何かを決心したように、ハナを見る。


「私は、フラワーギフト学園を受験しようと思ってる」


「ふらわーぎふと?」


 メグムはゆっくりと頷く。


「うん。ハナは、たっきゅーと!って知ってるよね?」


「それは、知ってるよ! メグが好きなやつでしょ?」


 たっきゅーと!は最近人気が出てきている、卓球の試合に、アイドルのライブが組み込まれたものだ。ハナは実際に生では見たことはないが、メグムがそのたっきゅーと!の根強いファンであることは知っていた。 


「でも、たっきゅーと!と、ふらわーぎふと学園? っていうのがどんな関係があるの?」


「それはね、フラワーギフト学園は、たっきゅーと!のアイドルを育成するための中学校なの!」


 その質問、待っていましたと言わんばかりに、メグムは目を輝かせて話し出す。


「フラワーギフト学園は、たっきゅーと!を最初に始め、有名にした秋風緑さんが三年前に始めた中学校なの! 『たっきゅーと!から未来を』をコンセプトに、卓球の技術はもちろん、アイドルの技術、勉強にも力を入れていて、唯一のたっきゅーと!を学べる学校なの!」


 ハナはメグムの勢いに圧倒されて苦笑い。


(メグは好きなことの話になると止まらないからなぁ)


 これまでにも、何度かたっきゅーと!とミカンについて語られたことがある。それでも、フラワーギフト学園については初めて聞いた気がした。


「メグは、そのフラワーギフト学園に行きたいんだね」


「ご、ごめん! 一人で興奮しちゃって……。うん、私はフラワーギフト学園に行って、たっきゅーと!のアイドルになることが夢なの」


 たっきゅーと!のアイドルになる。メグムの夢を、ハナは今日初めて聞いた。それでも、その夢を不思議に思うことはなかった。メグムはたっきゅーと!が大好きだし、ずっと一緒にいるからわかる。メグムは可愛い。アイドルにだってなれる。 


 ハナはメグムのその夢を応援してあげたいと思った。


「そうなんだね。じゃあ、メグがフラワーギフト学園に合格できたら、違う中学校に通うことになるね。寂しいけど……。私、メグの夢なら、応援するから!」


 そうすることが本当の親友だと、ハナは思った。


「ありがとうハナ。あのね。よかったら……」


 メグムはハナの言葉に照れ笑いを浮かべ、少し俯く。そして、顔を上げたときには真剣な眼差しでハナを見た。


「ハナも、一緒にフラワーギフト学園へ行かない?」


「え……」


 メグムからの予想外の誘いに、ハナは驚く。


「え、なにを言ってるのメグ、冗談だよね?」


 メグムはハナの問いに、首を横に振る。


「冗談じゃないよ。私はずっとハナと一緒にいた。ハナを見てきた。私はハナなら、すごいたっきゅーと!のアイドルになれると思ってる」


 自分がたっきゅーと!のアイドルになる。ハナはそんなこと、いままでに一度も考えたことがなかった。


「そんなの無理だよ。私はたっきゅーと!のことだって、アイドルのことだって全然知らない。卓球しかやってこなかったもん。それに、メグは、私の夢を知ってるでしょ?」 


「知ってるよ。ハナの夢は、全日本選手権で優勝して、日本代表になること、だよね」


「うん。たっきゅーと!のことを悪くいうわけじゃないけど……。たっきゅーと!のアイドルになるってことは、卓球の練習以外にも、歌やダンスの練習だってしなきゃいけなくなるでしょ? 私は、他のことで、大好きな卓球が片手間になるのなら、普通に卓球が強くなれる中学校に行きたいな」


 それはハナの本心だった。フラーギフト学園に行くよりも、他の中学校に行った方が、卓球が上手くなれるはずだ。またメグムと同じ学校に行けるかもしれないことは嬉しい。でも、それだけのために、たっきゅーと!に特に興味のない自分が、フラワーギフト学園に行こうとすることは、あまり良くないことだと感じた。


「だからごめん。私は……」


「ハナは一つだけ勘違いしてると思う」


 ハナの言葉をメグムが優しく遮った。


「勘違いって……?」


「ハナはフラワーギフト学園に行ったら、他の中学校に行くよりも卓球が上手くなれない。たっきゅーと!のアイドルは普通の卓球選手よりも強くないって、そう思ってるでしょ」


「そ、それは……。たっきゅーと!のアイドルにも強い人がいるってことは何となく知ってるよ! でも、やっぱり、正直、卓球だけを頑張ってる人には敵わないかなって……。ごめんね! たっきゅーと!のことを悪く言ってるわけじゃないんだよ!」


「えっへへ、大丈夫だよハナ。わかってるよ」


 メグムはハナに優しく笑いかける。そして、言葉を続ける。


「一つだけ、ハナに知っていてほしいのは、たっきゅーと!のアイドルは、卓球も歌もダンスも、片手間じゃない。全部、一生懸命頑張っているってこと。確かに、単純な卓球の練習量は勝てないかもしれない。でもその分、工夫して練習したりしてる。秋風緑さんは、それで全日本選手権を優勝したんだ」


 卓球、歌、ダンス。全部を同じくらい頑張る。それを改めて想像して、どれくらい難しいことかハナはなんとなく理解した。


(私にそんなこと、できるかな……)


 大好きな卓球だけならできるかもしれない。でも、他のことも両立なんて。


「たっきゅーと!のアイドルってすごいんだね。でも、それなら、なおさら私には向いてないような気がする……」


 たっきゅーと!のアイドルになる大変さを知っていてなお、目指すメグムはすごい。ハナはそう思った。


「私はただ、卓球が大好きで、上手くなりたいだけだから……」


 ハナは急に目の前のメグムが眩しく見えた。でも、どちらかが正解、ということではないことをハナは理解していた。


(私の夢は、卓球で強くなって、全日本選手権で優勝すること。メグがたっきゅーと!のアイドルになるために努力するように、私も頑張ればいいんだ……!)


 ハナはぐっと目を閉じ深呼吸する。そして、両手で軽く頬を叩く。


「ハナ……?」


「ありがとうメグ、フラワーギフト学園に誘ってくれて。私、自分がどうしたいのか、いままであまり真剣に考えてなかったけど、もっと頑張らなきゃって思えた! 私は卓球が強くなりたい! だから、強豪中学校に行けるように……!」


「そんなハナにフラワーギフト学園をおすすめ!」


 メグムの思わぬ二度目の誘いに、ハナは転びそうになる。


「いまの流れは、お互いに頑張ろうってなる流れでしょ!」


「えっへへ、そうかな?」


 メグムは可愛く舌を出し、頭をこつんと叩く。


「ハナ、これ見て」


 そう言い、メグムはカバンの中から二枚の紙を取り出し、ハナに見せる。


「なに、これ? えーと、たっきゅーと!の観戦チケット? 場所は……ええ、地元だ!」


「そうなの! 私たちがいつも利用してる総合体育館で、四月にたっきゅーと!の試合があるの! 二枚も手に入れるの、苦労したんだから」


 ふふん、と腰に手を添え自慢気なメグム。


「たっきゅーと!ってこんなところでもやるんだね。ちょっと意外!」


「いまでさえ世間に認められつつあるたっきゅーと!だけど、最初は小さな体育館から始まったの。だからいまでも、地方にたっきゅーと!を普及するために、アイドルたちが試合を行いにくるんだ!」


「へぇ~そうなんだ!」


 たっきゅーと!のアイドルたちも大変なんだなと、ハナは改めて思った。


「でも、二枚あるけど、メグは誰かと一緒に行くの? お母さん?」


「もう。ハナはにぶいなぁ」


 メグムは小さくため息をつき、チケットの一枚をハナに渡す。


「一緒に行こうよ、ハナ」


「え、いいの! 貴重なチケットなんじゃないの?」


「えっへへ、ハナと一緒に行かなきゃ意味がないから」


「意味が、ない……?」 


 よくわからないといった様子のハナを見て、メグムはにっこりと笑う。


「ハナには、いまじゃなくて、このたっきゅーと!を見てから、フラワーギフト学園を受験するかしないかを決めてほしい。それはハナの夢にもきっとつながると思う」


 メグムはハナの肩に優しく手を乗せる。


「もう一度だけ、言うね? ハナは、卓球も強いし、可愛い。私は、ハナはすごいたっきゅーと!のアイドルになれると思ってる」


「か、可愛いって……照れるよ……。それを言うなら、メグの方が絶対に向いてるよ!」


「えっへへ、ありがとうハナ」


 ハナはメグムに向かって、頬を小さく膨らます。


(どうして、メグは私をそんなにたっきゅーと!に向いてるって言ってくれるのだろう? 一緒にフラワーギフト学園に行ってほしいから? ううん、メグはそれだけのためにそんなお世辞を言う子じゃない)


 フラワーギフト学園に行くことが、夢につながる。メグムは確かにそう言った。


「メグがそこまで言うなら、たっきゅーと!を見てから決める!」


「……! ありがとうハナ!」


「でも、それで、行かないって決めても、怒らないでね」


「うんうん! 当たり前だよ! ハナ大好き!」


「わわ……メグ!」


 メグムはハナに思いっきり抱き着いた。ハナはメグムを抱きとめ、なんとかバランスを保つ。


「でも、メグ、どうして私にたっきゅーと!が向いてるって思うの? それだけが不思議で……」


 メグムはハナを不思議そうに見る。


「そう? えっへへ、じゃあたくさん理由はあるけど、一つだけ、教えてあげるね」

 

 そう言うと、メグムはハナから離れ、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「ハナは、誰よりも楽しそうに卓球をするの。そんなハナを見て、私は卓球がやりたいって思えたんだ。私は、ハナの卓球が大好き」


 そして、メグムは照れくさそうに頬を染める。それにつられてハナも頬を赤く染める。


「わ、私だって、メグの卓球、大好きだもん……」


 ハナは恥ずかしくなってしまい、メグムとまともに目を合わせることができなかった。


「えっへへ、照れるね。ハナ、忘れずにその日は空けておいてね?」


「う、うん。わかった」


 ハナは少し俯きがちに答える。それを見て、またメグムが笑う。


 そうして二人はゆっくりと帰路に戻った。


 ハナは右手に握られた、たっきゅーと!のチケットを見る。自分はいままでに、一度も生のたっきゅーと!の試合を見たことがない。


(どんな感じなんだろう。やっぱり上手なのかな。歌もすごいのかな)


 そんなことを考えていると、メグムと一緒にたっきゅーと!を見に行くその日が、どんどん待ち遠しくなるハナだった。

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