第一章 たっきゅーと!との出会い!

1話 夢咲ハナ!

 特に卓球が盛んというわけではない小さな町。その町の少し外れに総合体育館がある。その総合体育館の一部である第一体育館は、地元のスポーツ大会などで多く利用されている。


 他にも建物の中には、トレーニング室や誰もが利用できる小さな第二体育館もあり、地元のスポーツをしている人たちの間では広く利用されていた。 


 今日も休日の時間を利用して、解放された第二体育館には、バドミントンや卓球、ドッジボール、一輪車などスポーツを楽しむ人たちの姿が見受けられた。その中でも特に目立っていたのが、三台並んでいる内の一台の卓球台だった。


 その卓球台では非常にレベルの高いラリーが繰り広げられていた。台の中央に設置されたネットの上を超えて、相手のコートに向かうピンポン球のスピード。そして、その球を追うプレイヤーの瞬発力は、他の台とは明らかに違った。


 ラケットから放たれ、コートに力強く弾み、軽快な音をたてるピンポン球。その台で行われている卓球という競技に、周りで他の競技をしている人たちも思わず視線を向けてしまう。


 目が惹かれる。その理由に、行われている卓球のレベルの高さ以外にも、もう一つ理由があった。


「やった! 私の勝ちだね、ハナ!」


「むむむ~。もう一回! メグもう一回試合しよっ!」


「えっへへ、いやだよ~久しぶりにハナに勝てたんだもん! 今日は勝ち逃げしちゃう!」


「そんな~もうちょっとだけ打とうよ~メグ~」


 行っていた試合が終わり、二人はタオルで汗を拭う。


 ハナと呼ばれた女の子が使っているタオルには、ピンク色の花が元気に描かれている。彼女は夢咲ハナ。可愛く切りそろえられたセミロングの髪に、愛らしい花の髪飾りがつけられている。


 メグと呼ばれた女の子が使っているタオルには、黄色の爽やかなミカンが可愛く描かれていた。彼女は美甘メグム。オレンジ色の髪留めで小さく二つ結びにした髪は、幼さを強調させる。


 二人はまだ可愛らしい小さな小学五年生だった。その見た目からは想像もできないような卓球のプレーに、周りの人は目が惹かれたのだった。


「メグ~試合じゃなくてもいいから……。もうちょっとだけ打とう……?」


「えっへへ、ハナは本当に打ちたがりだね~。水分補給をしたら、あと少しだけだよ?」


「やった! メグ大好き!」


 二人は卓球台の横で水分補給を始める。そんな二人のところに、隣の台で卓球をしていた男二人組が近づいてきた。


「君たちさ、なかなか卓球強いね? よかったら、俺と試合しない?」


「やめましょうよ先輩……。迷惑になりますよ……」


「うるさい! お前があの子たちの方が先輩より強そうとか言うからだ!」


 寝癖頭にサイズの合っていないようなダボダボのジャージを着ている男は、自信満々といった顔つきで、腕を組んでいる。


「どうだ? まぁ自信ないって言うなら、いいけどさ」


 男は挑発的な笑みを浮かべ、二人を見る。


 いきなり勝負を持ちかけられたハナとメグムは二人で相談をする。


「どうするメグ? 私、メグともう少し打ちたかったよ」


「そうだね、知らない人について行っちゃだめだって、お母さんに言われているし……」


 二人は男とは対照的にそこまで乗り気ではなかった。


「俺は石垣高校の二年、大嶋だ! 怪しくもなんともない!」


 その様子を見て、男は急に自己紹介を始めた。


「粘られたら、メグと打つ時間がなくなっちゃうし、さくっと試合しちゃう?」


「そうだね……。でもどっちが試合しよう?」


 二人が早く済ませようと考えていることにも気づかず、男は自己紹介を続ける。


「好きな食べ物はハンバーグ、嫌いな食べ物はミカン! 他に知りたいことがあるなら、何でも聞いていいぞ! 俺は怪しい者じゃないからな!」


「ミカン……! ミカンが、嫌い……?」


 男の話にピクリと反応したのは、メグムだった。自分のラケットを握りしめ、男の前へと向かう。


「ミカンの、どんなところが嫌いなんですか?」


 男は予想外の質問に、少し驚きながらも、


「俺はフルーツがあまり得意じゃないんだが、ミカンは特にダメだ。あのすっぱさとか、食べた後の後味が悪い。剥いた後についてる白い線みたいなのも気持ち悪いしな」


「えっへへ、そうですか」


 メグムは男の話を聞きながら、奇妙な程に笑っていた。男はその様子から何も感じ取っていないが、ハナはすぐに気づいていた。


(メグ、めっちゃ怒ってる……!)


 恐る恐るハナはメグムに声をかける。 


「メ、メグ……? お、落ち着いて」


「ハナ」


「な、なに」


「えっへへ、私がすぐに終わらせてくるよ。いい?」


「う、うん。お願い……」


 ハナはメグムの笑顔の圧力に負けてしまった。


 メグムがこの世で一番好きな食べものはミカンだった。一日一個は必ず食し、どんなお店に行っても頼むのはオレンジジュース、メグムのこだわりだ。いま目の前で、そのミカンが否定された。好き嫌いは人それぞれ。それでも……。


(ミカンは……美味しいもん!)


 メグムは頬を少しぷぅと膨らませ、男を見る。


「ようやくやる気になったみたいだな。じゃ、打とうぜ」


「あの、試合は1セットマッチでお願いします。時間があまりないので」


「わかったわかった、おっけーだ」


 メグムと男は卓球台を挟んで正面で向かい合う。じゃんけんの結果、サーブは男から。


「しゃ、行くぞ!」


 男はピンポン玉を手の平の上から宙へ放る。そして、右手に握ったラケットで相手に向かって打ち出す。打った球は台に弾み、メグムの手前で少し横へと曲がり、メグムはそのサーブを打ち返すことができなかった。


「見たか! 俺の横回転サーブ!」


 男は自信満々に踏ん反り返っている。きっと得意なサーブだったのだろう。


「すごい、可愛い曲がり方……!」


 ハナは素直に小さくぱちぱちと手を叩き、独自の表現で感心していた。


「もう1本行くぜ! しゃ!」 


 サーブは2本交代。その2本目を男が打つ。


 しかし、メグムは冷静だった。


(ちょっとびっくりしたけど、返せないほどじゃない)


 曲がってくる横回転サーブの回転の向きに合わせて、右手に握ったラケットの角度を合わせる。そして、表ソフトのラバーが貼られたバックハンドを一気に振り切った。ピンポン球はネットを超え、相手のコートに弾んで飛んで行った。


「な……!」


 男は得意サーブを簡単に返され、驚きの声を上げるが、メグムは涼しい顔をしている。


 ハナは狼狽している男を少し可哀そうだなと思った。


(メグを怒らせちゃったもんね……)


 こうなると試合は一方的だった。男は自信のあったサーブを打ち込まれ、ポイントは11-5。メグムが圧勝した。卓球という競技は、男女、年齢関係なく、実力が物を言うスポーツである。小学生が社会人と公式試合を行い、勝つこともある。


「メグ! お疲れ様!」


「えっへへ、ありがとうハナ! ミカンの敵はとれたよ!」


 笑顔でハイタッチする二人。それを見て男が言う。


「くそっ。次はお前だ!」


 そう言われ、指を指されたのはハナだった。


「え、わ、私?」


「そうだ! 1セットでいい、俺と試合しろ!」


 男はもう、小学生に負けてしまったというプライドをなんとか保ちたいという感じだった。


 一方で、ハナはそんなことは気にせず、うずうずしていた。


(さっきの試合を見てたら、あのサーブ、打ってみたくなったんだよね!)


 きらきらした目をメグムに向ける。


「もう、ハナは本当に打ちたがりだなぁ」


 メグムはそんなハナの様子を見て、小さく苦笑いをする。そして、すでに卓球台についている男に忠告をした。


「気を付けた方がいいですよ。ハナは、私よりも強いですから」


 えっへへ、と笑うメグムを見て、男は少し寒気を感じた。


(さっきの女の子だって、相当な強さだった。次の子がもっと強い……? 大丈夫だ、サーブだけなら練習で磨いてきたんだ。いける!)


 1セットマッチの試合が始まる。今回もサーブは男から。


「行け……!」


 男は自慢のサーブをハナの元へ打ち込む。もしサーブを取られても、3球目攻撃につなげる。そう考えていたが。


(さっきの試合でたくさん見せてもらったからね、可愛く曲がるけど、そこ!)


 ハナはサーブの回転に合わせて、ピンポン球の打ちやすい位置へと素早く回り込む。そして、右手に握ったラケットをフォアハンドで力強く振りぬいた。


 返ってきたレシーブに男はまったく反応できなかった。


「な、なんでやねん……」


 わずか1球にして心が折れてしまった男は、がっくりと地面に膝をつく。


「よしっ」


 それとは対照的に、ハナは笑顔で小さくガッツポーズを作る。


 その様子を見て、メグムは苦笑いする。


(やっぱり、ハナは強いなぁ)


 そして、ハナの表情に気づき、思わず笑みがこぼれる。


(相変わらず、すごく楽しそうに打つなぁ。ハナなら……)


 ハナはメグムが自分を見ていることに気づき、小さくピースをする。メグムは笑顔で頷き返してくれた。


(よーし、この人には悪いけど、早く終わらして、少しでもメグと打つ時間を作ろう!)


 そんなことを考えながらも、ハナは男との試合を楽しんだ。


 試合結果はいわずもがな。11-2の完敗をしてしまい、男は半泣きになりながら、後輩に引きずられ、体育館を後にしたと言う。

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