第8話崩れる音

「おはよう」

 私は学校に来るなり須美に声を掛けた。しかし、彼女には私の声がまるで聞こえていないかのようにすぐ目の前を通り過ぎてゆく。

 須美は、私の事を無視したのだ。昨日のことをまだ根に持っているのだろうか。


 その日、須美が私に声を掛けてくることは一切無かった。

 須美と気まずい1日を過ごし、そのまま下校の時刻になってしまう。

 家に帰ってからSNSを確認すると須美の呟きが流れて来た。


『いい加減にしてくれる?私流石にブチ切れるよ?』


 間違いない。私に対して言っているんだ。けれど、須美を怒らせるようなことはしていないつもりだ。

 それに、最近思ったことなのだが、須美はやたらと私に対して当たりが強い。何気ない一言に対しても烈火の如くキレて、扱いづらいなと感じることが多くなった。

 それに比べて千夏や明日美、一翔や五郎に対してはやたらと愛想が良かった。多少彼ら彼女らに反抗的な態度や見下すような態度を取る事は多々あったが、少なくとも些細なことでキレ散らかすようなことはしない。


 けれど、須美と気まずい日々を過ごすのは正直言って心身的に辛い。

 だから、明日にでも自分から謝ろうと。その時は呑気に考えていた。後々あんな事になるとも知らずに…。


 次の日、学校に着くなり須美に声を掛けた。

「あの、この前はごめんね。」

 須美は無言で私の事を見つめていた。そして、

「優香のなんだか恩着せがましい所が嫌だったから。でも、私の方こそムキになってごめんね。」

 なんだか自己を正当化するような謝り方だったけれど、須美が謝ってくれて良かったと思えた。


 けれど、その日から須美は私に対して嫌がらせをするようになってしまった。

 話しかけてもあからさまに無視される、SNSでコメントを入れても自分にだけ反応してくれない。

 校外や校内などで私の姿を見かけたらわざと逃げるような仕草をされた。

 その癖に千夏達にはベタベタみたいだ。もしも、千夏や明日美、一翔や五郎に私の悪口を吹き込まれたらどうしようという不安が心の底から湧いてくる。

 須美のせいで千夏達から嫌われてしまうだなんて絶対に嫌だった。


「優香ってマジでうざくない?」

 ふと教室の隅から聞こえてくる悪口。この甲高い声に聞き覚えがあった。間違いない、須美だ。

 須美が千夏に向かって私の悪口を言っていた。

 ショックのあまり、一瞬頭の中が真っ白になる。千夏は何て言えばいいのか分からないらしく、一人で戸惑っている。

「優香ってさ、いちいち人任せだしうざくない?千夏はよくあんなのと幼なじみを続けられるよね。」

 須美はお構い無しに悪口を言い続けている。千夏は相変わらずどうして良いのか分からないみたいだ。

 須美…あんたは恩を仇で返す気なの?嫌がらせされる辛さや苦しさは彼女自身がよく分かっているはずなのに。


「優香っていつまで私の事友達だって思ってるんだろうね?」

 須美の忍び笑いが厭という程耳に染み付いて離れない。

 須美は相変わらず私の悪口を千夏に言い続けていた。

 おまけに須美のSNSのプロフィールには私の悪口と思われるような言葉が綴られていた。

『アイツから逃げたい』その一言を見て私は思ってしまった。


 こんな事になるのならば、須美を小百合達から助けなければ良かった。

 その日は須美と同じ空間に居ることが苦痛だったので昼ごはんを一人で食べることにした。

 きっと須美は明日美や、五郎、一翔にも私の悪口を吹き込むに違いない。

 地味で凡庸な私を姉のように慕ってくれた明日美。分からない漢文を教えてくれた五郎。宿題の面倒を見てくれた一翔。

 今までの思い出が走馬灯のように頭の中を流れていく。


 千夏達だけは…友達のままで居たい。だから須美を何とかしなければ…。

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