第7話微かな怒り
今日は本当に最悪だった。私と一緒に日直だった坂下さんが黒板消しも、日誌も何もやってくれなくて私だけがやる羽目になった。
家に帰り、自分の部屋に入った途端に疲れが全身から湧いてくる。
今日は誰かに愚痴りたい気分だった。そんなことを考えていた時だ。タイミング良く須実から「通話しない?」と連絡が入る。
ちょうど誰かと話したい気分だったので直ぐに「いいよ」と返事を送った。
すると10秒も経たないうちに須実から電話が掛かってくる。
『もしもし?』
『もしもし須実ちゃん?』
『うん。一緒に宿題を教え合いながらやりたいなって思って。』
電話の向こうで須実がリュックの中身を探る音が微かに聞こえてくる。
『ちょうど良かった。須実ちゃんに話を聞いてもらいたいなって思っていたから。』
『話って何?』
『今日ね、同じ日直の坂下さんが日直の仕事を全然やってくれなくって。』
今日あったことを話そうとすると須実は暗い声色で
『愚痴を言いたくてわざわざ電話に出た訳?』
と不機嫌そうに言い放つ。
『そんなことないよ。ただ話を聞いてもらいたくて。』
『ふうん。私、愚痴とか聞くの嫌いなんだよね。』
須実がそれ以上言わないでと言いたげに冷たく吐き捨てた。その言い草に思わずイラッとしてしまう。
須実だって散々小百合達のことを私に愚痴っていたよね?それなのに自分は人の愚痴を聞くのは御免ということだろうか?
『なんで?須実ちゃんだって小百合達のことを散々私に愚痴っていたよね。』
思わず須実に少しキツい事を言ってしまう。そんな私をものともせずに須実はふんっと鼻で嗤った。
『なんでって言われたくても聞きたくないからでしょ。優香さ、自分が相手にした事を自分も相手にしてもらえると思ってるでしょ?』
その言い方に返す言葉もなくスマホの画面を前に唖然としてしまう。
『そういう恩着せがましいところ直した方がいいよ。』
衝動的にスマホを壁に投げ付けて通話を切りそうになったが何とか我慢する。
『それより早く宿題教えてくれない?漢文が分からなくて困ってるんだけど?』
『ごめんね。』
私が一言謝ると須実が面倒くさそうにため息を付く。
『早く漢文を解いて写真を撮ってチャットに送ってよ。』
須実が急かすような口調で言ってくるので、私は急いで漢文を書き下すと写真を撮って彼女のチャットに送った。
『送ったよ。』
私が須実に一言告げると、彼女は小さな声で「ありがとう」と言った。
『あとね、須実ちゃん、現代社会の宿題が分からないから教えてほしい。』
私は恐る恐る須実に聞いてみた。すると彼女はまた冷たい口調に戻ってしまう。
『それくらい怠けずに自分でやれば?』
そう言ったのを最後に一方的に通話を切られてしまった。まるで冷たく突き放すかのような言い方だった。
ずっと思っていた。須実はきっと自分は人から何かを与えて貰うばかりでそれを当たり前だと思っているのだろうと。
自分は人に多くを望むけれど、人に何か一つでも望まれると拒絶する。須実はそんな性格の持ち主なのだと。
私はそんな須実に段々と怒りを募らせていった。それから毎日須実から「愚痴を聞いてほしい。」というメールが届き、「いいよ」と答えると彼女から電話が掛かってくる。
そんな毎日が続いた。愚痴を思う存分私にぶちまけた後にやけにスッキリとした口調で「またね」と言って通話を切られる。彼女が私の話を聞いてくれることも、彼女が私を気遣ってくれることもなかった。
おまけに須実と一緒に下校していると「何か面白い話をしてよ。」とせがまれる。
そして、私が話した内容が気に食わないと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて「優香の話って面白くないよね。」と言ってくる。
そんな須実に対して段々と嫌気がさしていった。
正直に言って誰かに相談したかった。けれど千夏と明日美は性格的に誰かを少しでも悪く言うことを嫌うに違いない。
一翔だって誰かの愚痴や悪口は嫌いだろう。五郎に至っては以前に「悪口を言うことは罪だ。」と言っていたので少しも聞いてくれそうにない。
寧ろ須実の愚痴を彼に言おうものならば「愚痴を言っても状況は変わらない」と諭されてしまうだろう。
両親だって仕事で日々忙しいから娘の対人関係に関する愚痴を聞かせてしまうのは申し訳ない。
結局誰にも相談することが出来ないのだ。友達はちゃんと居るのに、私は孤独だった。
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