第6話きっかけ
次の日、相変わらず両親は仕事で居なかった。病院で働いているのだから毎日忙しいのは無理もないだろう。
この日は自分で朝ごはんを作って食べる。その後はリビングで紅茶を飲みながら寛いだ。
紅茶を飲みながらスマホを弄っていると、グループチャットから通知がある。
「千夏︰良かったらみんなで公園に行かない?」
千夏からだ。今日はちょうど須実が学校の補習を受けに行って居ない。
公園に行っても彼女に「馬鹿みたいだ」と文句を言われることはないだろう。
ジャージから薄手のシャツにロングスカート姿に着替えるとサンダルを履いて外に出る。
公園に到着すると千夏達は既に来ていて私のことを待っていた。
「昨日は大変だったね。」
一翔が労いの言葉を掛けてくれる。私は笑顔を浮かべながら
「大丈夫だよ。それよりも須実のためにお金を出してくれてありがとう。」
千夏達に昨日のお礼を改めて伝えた。
「そう言えば一翔君と五郎君って彼女居るの?」
私が2人に尋ねると、彼らは少し困ったような表情を浮かべながら
「彼女は居ないよ。僕にも五郎にも居ない。」
意外だった。てっきり彼女の1人や2人は居ると思っていたのに。
2人には彼女が居ないという事実がまだ信じられなかった。周りの女子達は2人のことを高嶺の花だと思ってアタック出来ずにいるのだろうか?
一翔も五郎もかっこよくて、寡黙で表情をあまり変えないけれど優しいし。
きっと影ではにかなりモテているのだろうなと容易に想像出来てしまう。
きっと私みたいな素朴なタイプは釣り合わないだろう。
そんな事を考えていると少し離れた場所から小百合達の笑い声が聞こえてくる。
なんだろうと思って見てみると、須実が小百合や悠里、笹江に絡まれているようだった。
「ほら、早く金出せよ。」
小百合が須実に凄んでいる。続いて悠里が須実のサイフを無理矢理奪うと
「なんでたったの500円が出せないって言うの?私達3人分のお菓子を買ってって言っただけで普通そんなに渋る?」
と言いながらサイフを開けようとする。笹江が意地悪そうに笑う。
「あんたさ、黙って私達のお菓子を買えばこういうことにはならなかったんだよ?」
それから笹江は右手を須実に向かって振り上げる。まずい、このままでは須実が殴られてしまう。
気が付けば私も千夏達も小百合達の所へと駆け足で向かっていた。
ふと笹江の手の動きが止まる。何故なら五郎が須実を殴ろうと振り上げているその右手を押さえつけていたから。
いきなり腕を押さえつけられた笹江は驚きのあまり硬直しているようだ。
「須実ちゃんの財布、早く返してあげなよ。」
一翔が悠里に向かって言い放つ。悠里は小さく舌打ちをすると
「は?盗ったって証拠あんの?」
と一翔に向かって高圧的な態度を取る。すると明日美が
「あの、わたし達見てましたけどあなたが須実ちゃんの財布を盗りましたよね。」
と凛とした口調で悠里に言った。観念した悠里は手に持っていた財布を須実に向かって乱暴に投げつけた。
「あんたらさ、須実に洗脳されてるんじゃないの?正義振ってマジで気持ち悪いんだけど。」
小百合は捨て台詞を残すと悠里と笹江を連れて公園を後にした。
「大丈夫?」
千夏が心配そうに須実の顔を覗き込む。彼女は俯いたきり何も話さない。小百合達にあんな事をされたのだ。こうなってしまうのも無理は無いだろう。
私も、千夏も明日美も一翔も五郎も須実からそれ以上のことは聞かなかった。
その日は楽しむムードにはなれなかったのでみんなで家に帰ることにした。
小百合達が近くにいたらまずいということで五郎が家まで送ってくれるみたいだ。
「本当にごめんね。わざわざ送ってもらって。」
私は申し訳なさのあまり彼に頭を下げてしまう。
「大事無い。何より無事に帰れたらそれでいいからな。」
静かな声でそう言った彼の横顔をうっとりと見つめてしまう。
すっと通った鼻筋に長い睫毛に艶やかな黒髪。こんなに近くで彼の顔を見たのは始めてで、思わず胸が高鳴る。
これだけ整った顔立ちをしているんだ。役者志望なのも納得がいく。
けれど彼は本当に役者志望なのだろうか?性格も如何にも昔の人だし、立ち居振る舞いなどもとても自分と同年代の男の子だとは思えなかった。
もしかすると彼はタイムスリッパーではないのかという疑問が湧いている。
仮に本当に彼が昔からタイムスリップしてきた人であっても別に構わない。私の大切な友達であることに変わりはないのだから。
「ねえ、五郎君って好きな人は居るの?」
思わずそんなことを彼に言ってしまう。彼は少し驚いた顔をすると
「ああ、居るぞ。」
と一言。きっと私ではないに違いない。地味な私が淡い期待を抱くことなど許されないのだ。
そもそも私と五郎なんて釣り合わないにも程がある。
家に送ってくれているのだってただ単に私を心配しているだけ。そんな彼の優しさが私には眩しすぎて、少し痛すぎた。
彼と色んな事を話しながら、気が付けば家の前まで来ていた。
「本当に今日はありがとう。」
私は無理矢理笑顔を作った。そして彼に軽く会釈をする。すると五郎は
「でままた今度会おう。」
と言い残し、私に背中を向けると元来た道を戻っていく。
家に入り、スマホの電源を付けると須実から連絡があったみたいだ。
「須実︰今から通話できるかな?」
あんなことがあった後だ。通話することで須実の心を少しでも楽にしてあげたい。
「優香︰いいよ。」
私が返信すると直ぐに須実の方から着信があった。
『もしもし?』
『もしもし優香。ちょっと愚痴を聞いてもらいたくて。』
『どうしたの?』
『小百合達の事なんだけど…。』
須実はそこまで言うと少し考える素振りを電話の向こうで見せる。
『私と小百合達ね、元々仲良しだったんだ。』
『うん。知ってるよ。』
『けれどある日から小百合達が私のことを弄るようになって、我慢出来なくなってね、小百合達との縁を切ったんだ。』
『そうだったんだ…』
『そしたら小百合達が怒って、嫌がらせが始まっちゃった。』
話している須実の声が微かに震えていた。小百合達から受けた酷い嫌がらせの数々を思い出しているのだろう。
けれど私の心の中で一つの疑問が浮かび上がってくる。
友達同士ならば軽い弄り合いをするのは割と普通のことなのではないか…と。
小百合達がどのように須実のことを弄ったのかは分からない。けれどもしも、普通の友達同士にありがちな軽い弄り合いだった場合、それだけの事で小百合達との縁を切るのはあまりにも早計過ぎる。
『どんな風に弄られたの?』
私が思わず須実に尋ねると彼女は
『須実は意外にドジなんだねとか。あとみんなの前で失敗をすると笑われたりもした。』
と口にした。けれど私の中で須実に対する疑問は深まってゆくばかりだ。
「意外にドジなんだね」という言葉は大体の人が使った事があるだろうし、誰かが面白い失敗をしたりすると私だって思わず笑ってしまう。
そのどれもが小百合達との縁を切るほどのことだとは到底思えなかった。
『今日は聞いてくれてありがとうね。』
須実が晴れ晴れとした口調で言った。
『うん。また何かあったら言ってね。』
私はそう言い残すと通話終了のボタンを押した。小百合達はきっと須実から一方的に絶縁されたことを恨んでいるのだろう。
だからと言って嫌がらせをするのは決して許されることではない。
私がなんとかして須実を小百合達から守らなくては…。けれど、私はまだ知らなかった。須実との関係が脆い砂の城のように崩れ去るということを。
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