第15話 繋がれる想い
「ちょっ! 何すんだよ! 離せよ!」
「貴様、いい加減にしろよ? 戦場に出てもいないのによくもそう偉そうに振る舞えるな。恥というものを知らないのか」
「なっ……! だから、別に私は悪くないだろ!」
イリスは激昂するが、ベルは手を緩めない。
「悪くないだって? あんな辛そうに泣いている彼女を見ておいてよくもそんなことが言えるな……」
「なっ……! なんなんだよ、急にキレだしたりして……。おまえちょっとおかしいんじゃないか?」
「もういい。これ以上、その口を開くな」
「んぐっ……!?」
ベルは強引にイリスの口を塞いだ。そして、そのまま彼女を床に叩きつけると、馬乗りになって拳を振り上げる。
「んんっ……んんん!!」
イリスは手足をバタつかせて抵抗しているが、その程度では逃れられない。
「んんっーー!」
先ほどまで威勢良く喋っていた彼女の瞳に恐怖の色が浮かぶ。
「死んだら、その口は開かなくなるのかな」
「んんっ!」
イリスの顔がみるみると青ざめていく。当然だ。ベルのミスティックにも勝るパワーの一撃を食らえば、間違いなく命を落とすことになるだろう。
「んんっ……」
涙で潤んだ瞳が私に助けを求めるように見つめてくる。
「やめて……ください」
私は掠れるような声で呟いた。
すると、イリスの上からベルが退く。そして、いつもの優しげな笑顔でこちらを向いた。
「ごめん、ちょっとやりすぎたよ。そんな怯えたような声を出さないで欲しいな。本当に殴る気なんてなかったんだ」
「そう……なんですか……」
にわかには信じられない。イリスを抑えていた時のベルの目つきは明らかに殺意を持っている人のそれだった。
「うっ……げほっげほっ」
イリスは咳き込みながら、ゆっくりと起き上がるとベルを睨む。
「なんなんだよ、一体……。いきなりこんなことするなんて、正気じゃない……!」
彼女は吐き捨てるように言う。
「いきなり? 君が散々煽るような真似をした結果だろう? それと、生憎戦場に立つボクらは正気じゃやっていられないんだ。いっつも基地にいる君とは違ってね」
「それは……」
イリスは黙り込む。確かに彼女の言動は行き過ぎているように思えた。でも、ベルさんの行動も過剰すぎる。
「わかったら、下がってくれないか? ボクはアスティと話があるんだ」
「……」
イリスは納得いかない様子だったが、何も言い返さずに部屋を出て行った。
「ごめんね。騒がしくして」
「いえ……」
「とりあえず、アスティが無事でよかった。一時は本当に危ない状況だと聞いていたからね」
彼女は優しく微笑む。だが、その言葉とは裏腹に私の中で渦巻いている感情は喜びとは程遠いものだった。
「すみません……」
「なぜ謝るんだい? 謝る必要なんてないだろう? 君は頑張ったんだから」
「ですけど……私は……何もできませんでした……役立たずでした……私がもっと強ければペチュニアさんを助けられたかもしれない。イリスさんが怒るのだって無理はないんです」
私は弱々しく言葉を紡ぐ。
「そんなことはないさ。あの子はちょっと気が立っているだけだ。君のせいなんかではないよ」
「でも……」
「戦場に死はつきものだ。君がどんなに頑張ろうとも、誰かが死ぬときは死ぬ。それは仕方のない事なんだ。でもね、それで君が挫けてはいけない。君がペチュニアやルルのことを忘れない限り、君を助けようとした彼女たちの意志を心に抱き続ける限り、彼女たちの想いは君に受け継がれて、輝き続けるはずだから」
「想いを受け継ぐ……」
私は自分の胸に手を当てる。そこにはまだ温もりが残っているように感じた。
「そうだよ。本当にペチュニアたちのことを想うのなら、君はこんなところで挫けてちゃいけない。君が想いを継いでこそ、彼女たちの死は報われるとボクは思うんだ」
ベルさんは諭すように言う。私は彼女の言葉を聞きながら、ずっと考えていた。
私はあのとき間違いなく役立たずだった。でも、ここで諦めちゃダメだ。それではペチュニアさんが私を救ってくれた意味がなくなる。
私は自分の頬を思い切り叩いた。
「ありがとうございます。少し、元気が出ました」
「そっか。それなら良かった」
彼女は安心したように笑った。
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