第14話 罵倒

「…………んっ」


 見覚えのある天井。つい最近、一度だけ見た覚えがある。

 ここは……。


「おはよっ。随分と長い間眠ってたねぇ」


 煽るような口調で私の目覚めを迎えたのは、銀髪の少女だ。


「イリス……さん」


 彼女は椅子に座って足をぶらつかせている。


「どう? 体調は?」

「えっと……」


 私は自分の体に意識を向けるが、左腕を動かせないこと以外特に異常はない。


「大丈夫……そうです」

「そっか。そりゃ、よかった」


 イリスはニコッと笑うと、お見舞いの置かれた机に頬杖をついた。


「あの……。他の皆さんは……」

「ん? みんな元気だよ。ここに運ばれたのはアスティだけだね」


 その言葉を最後にしばらく沈黙が続く。


「じゃ、じゃあっ……」

「死んだよ」


 食い気味に言われたその一言で、私は全てを察した。


「ペチュニアとルルは死んだ。私は死体を見ていないけどね。まあ、多分ここに運び込むまでもないと判断されたんじゃないかな」


 淡々と話す彼女の態度を見て、怒りが湧いてくる。


「なんで……見殺しに殺したんですか……」

「はぁ……」


 その問いに対して、彼女はため息をつき、憐れむような視線を向けた。そして、諭すように言う。


「見殺しって、私のことを神様か何かと勘違いしてるわけ? 私だってここにぐちゃぐちゃの死体を持ってこられて困るんだよね。しかも、話によるとペチュニアの方は霧化してたらしいじゃん。そんなのもう、手の施しようがないって」


 私は唇を噛み締めて黙り込む。確かに彼女の言っていることは正しい。でも、それでも納得できなかった。


「それにさぁ、私なんかよりもあんたの方が助けられるチャンス、あったよねぇ? ペチュニアもルルも」

「それは……」


 私は何も言えなかった。確かにあの時、私はあの場にいた。傷を治す魔法もあった。戦うための武器もあった。それなのに私はどちらも使わなかった。使えなかった。ただの役立たずだった。


「二人も災難だったね。あんたみたいなのが仲間だなんてさ」

「なっ……」


 私は絶句する。

 だが、彼女の口撃は止まらない。


「でも、仕方ないか。あんたみたいに無力なお荷物がいるんじゃあ、足手まといにしかならないもんねぇ。きっと二人は死を覚悟してたんじゃないのかなぁ」

「そんな……」


 私は反論しようとするが、声が出ない。


「ペチュニアさんは、帰ったらパーティをしようって言ってました……死を覚悟なんて……」


 やっとの思いで出た声は弱々しいものだった。


「あっ、そうなのぉ〜。ま、どちらにせよ、あんたが弱いから死ぬ運命だったってことだね」

「くっ……」


 悔しくて涙が出そうになるが必死に耐える。ここで泣いたところで事態は何も変わらない。そんなことはわかっていたからだ。


「あ〜、ほんっと笑える。自分では何もできなかったくせに、一丁前に生存欲求だけはあって、そのうえ、二人が死んだ責任を私に擦り付けようとするとか……」

「そんなことは……」

「ないって言えるわけ? さっき自分で私が見殺しにしたとか言ってたのに?」

「……」


 私には返す言葉が見つからなかった。


「ははは、図星って感じぃ」


 彼女は勝ち誇ったように高笑いする。


「私は……」


 堪えていた涙が溢れ出す。だが、それを見た彼女はさらに調子に乗る。


「あれぇ、泣いてるの? まさか、まだ私が悪いっていうの?」


 彼女は意地の悪い表情を浮かべる。

 それが怖い。とても怖い。だけど、言わずにはいられなかった。


「ごめんなさい……」

「ふーん。謝れば許されると思ってるんだ。へー、あっそ」


 彼女は興味なさげに相槌を打つ。だが、その顔からは邪悪な笑みが消えない。


「ま、いいや。一生そこで泣いてれば?その方がみんなにも迷惑かからないしね」

「うぅ……」


 私は俯いて泣き続ける。もう、何もかもが嫌になった。


「はぁ……、もう飽きた。なんで、あんたの治療なんかしなきゃいけないんだろう……」

「うっ……ぐす……」


 私は嗚咽を漏らすことしかできない。


「イリス! 何をやっているんだ⁉︎」


 その時、怒号と共にベルさんが現れた。


「何って、見ての通り、この子の面倒をみてあげてたんですよ〜」


 イリスは悪びれもなく答える。


「嘘をつくな。ただ面倒を見ているだけで、彼女が泣く理由はないだろ⁉︎」


「はあ、まあ少し正論は言ってやったさ。でも、それもアスティが先に始めたことだ」


 イリスはベルと目も合わせずに、不貞腐れたように答えた。


「君という奴は……。本当にどうしようもない奴だな!」


 ベルさんの怒鳴り声を聞いても尚、彼女は反省の色を見せようとしない。それどころか、さらに挑発するように言った。


「はいはい。それで? どうしようもない私にどうして欲しいの? ああ、もしかして罵って欲しい? アスティみたいに? お前は仲間を救えなかったんだぞぉって」


「……」


 ベルさんは押し黙る。だが、しばらくしてから、無言でイリスの側へと近づき、そのまま彼女の胸ぐらを掴んだ。

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