先へ進む想い

第13話 記憶

私は白い部屋の中にいた。ただただ真っ白な無機質な部屋。そして、目の前には白衣を着た男が一人。


「君は想いを人工的に作ることは可能だと思うかな?」


男は興奮気味に質問をしてくる。


「知らない‥‥」


それとは対照的に、私は冷めた声で答えた。


「ふむ、そうか。私は可能だと思っている。そもそも、この世にあるほとんどの想いが人工的なものと言っても過言ではない」


男は楽しげに語る。まるで新しい自分の好きな玩具について語る子供のような無邪気さだ。


「本人達はそれを自然発生的なものと考えているかもしれないが、どんな想いにも、人生の中で触れた物語や経験が大きく影響している。つまりは誰かに作られたということだ」


「それがどうしたの……」


私は面倒くさくなりながら返事をする。


「だから、作ろうと思えば、究極の想いが作れるはずなんだ。霧の悪魔どもを全て蹴散らし、延いては、人類の頂点に君臨できるような想いが……」

「ふーん……」


私は興味がなかった。くだらない話を長々と聞かされて退屈感を覚える。


「興味がなさそうだな」

「ない……」


私は正直に答える。


「ははっ、そうか。自分の未来に関わることだと言うのに、随分と薄情だ」

「……」

「だが、だからこそ素晴らしい! 君のような無感情な真っ白のキャンパスこそ、究極の想いを描くのにふさわしいんだ!」


男は大袈裟に両手を広げて叫ぶ。その姿は、狂人そのもの。とても正気には見えない。


「……」


私は男の話を聞き流しながら、部屋の中を見渡す。この空間には窓も時計もない。外界との繋がりは扉だけ。壁も床も一面真っ白だ。生まれてからずっとこの部屋にいるのだから、私が真っ白なキャンパスになるのは当然だろう。


「私はねぇ。ずっと研究してきたんだ。究極の想いについて。その結果、究極に最も近い想いは憎悪であることがわかった」

「……」

「憎悪はとても強い。そしてさらに、生み出しやすいんだ。なぜなら憎しみは愛よりも人間らしいものだからね。人は愛することよりも憎むことで生きる。その方が生きやすいから」


彼は狂気的な目つきでこちらを見下ろしていた。私はその視線を遮るように顔を背ける。


「憎悪はこの世にある存在の数だけ抱かせることができるっ! 特定の人物への憎悪。霧への憎悪。人類全てへの憎悪。様々な対象に対して、あらゆる方法で無限に増幅させることが可能なのだっ!」

「それを私に抱かせるの……」

「あぁ、そうだとも。君は最高の素材なんだ。他の被験者とは格が違う。君は特別なんだよ!」

「そう……」


私は素っ気なく答える。


「たとえこの先に待つのが、世界の破滅であったとしても、悪いのは全て世界の方だ……」


彼は自分に言い聞かせるように呟いた後、こちらを見て言った。


「さあ、始めよう。私たちのレコンキスタを……」

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