第12話 惨劇の後には
「やめて……」
私は涙を流して懇願するが、化け物は止まらない。
「お願い……」
私は諦めて全身の力を抜き、目を閉じる……。もう苦しまなくて済むと思うと、少し気が楽になった。
「あぁ……結局何もできなかったな……」
私は小さく呟いた…………
………………………
…………………
……………
………
……
「そんなことはないよ……」
誰かの声がした。優しい。とてもやさしい声だ。
「尊きを守れ……ボクの金剛石……」
ドンッッッ!!
風切り音の後、地面に何かが叩きつけられる音が響く……。
「
その言葉と同時に、地面からキラキラと輝く壁が突き出す。その高さは五メートルはある。ミスティックが必死に破ろうとするがその壁には傷ひとつつかない。まるでダイアモンドで作られた壁のようだ。
「間に合って良かった」
私の前には大きな盾を持った白髪の少女が立っていた。……ベルさんだ。彼女は笑顔でこちらを振り向いている。
「ベ、ルさん……」
涙が溢れてきた。嬉しかった。こんな状況だというのに、私は心の底から安心していた。
「立って。ここから脱出するよ」
「はい……」
私は涙を拭うと立ち上がった。
「グォオオオ!!」
ミスティックは怒り狂って金剛石の壁をバンッバンッと叩いている。
「まったく……。感動のシーンに水を差すんじゃないよ」
ベルさんは呆れた様子で呟いた。
「砕け散れ……」
その一声で目の前にあった金剛石の壁はバラバラに砕け、ミスティックを襲う散弾と化す。
「ギィィアァァアアア」
ミスティックの体がズタズタに切り裂かれていく。そして、断末魔と共にそれは霧となって散った。
「綺麗……」
思わずそう呟いてしまった。霧を引き裂く金剛石のつぶてはそれほどに美しかった。
「ありがとう……ございます」
「安心するにはまだ早い……ここら辺には何匹も奴らがいる。急いで逃げよう」
「はい……」
私は力を振り絞って、ベルさんの後を追った。
***
「はあ……はあ……」
私は息を切らしながら道路を走っていた。
「もう少しだ……」
もう目の前に私たちが落とされた高速道路の入り口が見えている。そこまで行けば、きっと助けが来るはずだ。
私は無我夢中で走り続けた。
「キシャァァァアァ」
背後から奇怪な鳴き声が聞こえる。
「しまった……」
私たちは慌てて後ろを振り返るが、もう遅かった。私たちの行く手を阻むように現れたのは、またしてもあの化け物だ。しかも今度は一体ではない。何匹もいる。
「こんな時に……」
私は焦りながら周囲を見回す。だが、他に道はない。
「くそっ……やるしかないか……」
ベルさんは盾を構えて戦闘態勢を取る。
「君は下がってて。こいつらは私が倒すから」
「でも……」
流石に数が多すぎる。いくらベルさんでも、一人でこの数を相手するのは無理。そう思いショットガン片手に戦おうとしたとき…………
「みんな…………私に力を貸して……」
小さくて聞き取りづらいが、間違いなく力のこもった声が響いた。
「
次の瞬間、ビルの上からメルヘンな見た目の生き物たちが大量に降ってきた。「キャー」「ウゥ〜ン……」「ワフッ」
その数およそ100体。様々な動物を模した彼らは、まるで軍隊のように整列すると、一斉にミスティックに飛びかかる。
「ギャァァア」
「ギィイイイ」
「キィイ」
ミスティックたちは悲鳴を上げて逃げ回るが、瞬く間に取り押さえられ、倒されていく。
「すごい……」
私は驚きながら、ビルの上を見る。そこにはノートを持った青髪の少女が立っていた。
「ミオちゃん……」
彼女はこちらを見ると微笑んで、手を振る。
そして、ミスティックが殲滅された頃、ビルを降りてこちらに向かってきた。
「よか……た。無事で……」
「うん……」
私は泣きながら彼女の胸に飛び込む。
「うぅ……」
「よしよし……」
彼女が頭を撫でてくれる。私は泣き止もうとするが、なかなか泣きやめなかった。
「もう……大丈夫」
彼女は優しく語りかけてくれた。私はしばらく彼女に抱きついて泣いた後、ゆっくりと離れる。なんだか恥ずかしかった。
「ごめんなさい。いきなり抱きついてしまって……」
「いいの……。それより、もう……大丈夫?」
「はい……」
私は涙を拭いながら答える。
「よかった……」
彼女はそう言うと、小さな笑みを浮かべた。
「まさかこんな簡単に殲滅してしまうなんて……驚いたよ。ミオ」
ベルさんはそう言いながら、彼女に近づく。
「うん……。エフェメラルさ……助けたかった……から」
「えっ……」
私は驚いて彼女の方を見た。彼女はこちらの視線に気づくと、照れた様子を見せる。
「そうか。君のアスティを守りたいと言う想いがあれを紡ぎ出したんだね」
「うん……」
その時、私たちの下に朝日が差し込んだ。まるで惨劇の終わりを告げるかのように……。
「帰ろう……」
ベルさんのその声で歩き出そうとした時だった。私の瞳に信じられないものが映る。
「ペチュニアさん‼︎」
陽光は私たちだけでなく、彼女をも照らしていた。
「なにっ⁉︎」
ベルさんも慌てて振り返る。
「ペチュニアさん!」
私は必死に呼びかけながら駆け寄る。だが、ベルさんの手がそれを阻んだ。
「待った……」
彼女は冷静にそう告げると、ペチュニアさんを凝視した。
「何してるんですか⁉︎ 早く助けないと!」
私は彼女の腕を掴んで揺する。だが彼女は断固として離さない。
そして、ゆっくりと目を閉じると、つぶやくように言った。
「あれはもう…………ペチュニアじゃない……」
「えっ……」
私は耳を疑った。
「霧に……侵されている……」
ベルさんの言葉の意味がわからなかった。いや、正確にはわかりたくなかったのかもしれない。でも、私の視覚が嫌でも現実を理解させてしまう。そこには変わり果てた姿のペチュニアがいたのだ。肌の色は灰色に染まっており、所々からは植物の芽のようなものが見える。顔や手足など身体中の至る所には大きな花が咲いており、目や口の位置にも蕾があった。もはや人間の形すら保っていない。
「そんな……」
私は膝から崩れ落ちる。
「まだ完全に霧化したわけではなさそうだが……。このまま放っておけば、いずれ強大なミスティックになる」
ベルさんは厳しい口調で言う。
「どうして……こんなことに……」
私は絶望的な気分になる。あんなに強かった人が……。私を守ってくれた人が……。なんで……
「ボクが処理する」
そう言って、彼女は盾を構える。
「ダメです!」
私は叫んだ。
「お願いします。ペチュニアさんを元に戻せる方法を一緒に考えてください……」
私はベルさんにすがるように懇願した。だが、彼女は目を伏せる。
「そんなものは……ない……」
ベルさんは私を振り払い、前へと進んでいく。
「あっ……」
力無く地面に倒れ込む。
「ベルさん!」
ペチュニアさんの打ってくれたモルヒネの効果が切れたのか、もう体が動かない。私は這いつくばってベルさんを追いかけようとするが、途中で力が抜けて動けなくなった。その間にもベルさんは前は前へと進んでいく。
「せめて苦しまないように……一撃で殺してやる!」
「やめてぇぇぇ‼︎」
ドンッッッッ………………
惨劇の後にはただ、金属音の余韻だけが響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます