第11話 足音

 どのくらい経っただろう。助けはまだ来ない。車を燃やす炎だけが私のことを照らしている。


「……」


 私は一人俯いていた。もう心も体もボロボロだった。このまま消えてしまいたいとさえ思う。


 コロンッ


 そのとき、足音のようなものがした。限界に達した私の脳みそはそれを助けが来たものと認識し、体を動かす。

 足音が聞こえてきた方へふらつく足で歩いていった。


「待て! エフェメラル‼︎」


 背後からペチュニアの声が聞こえる。でも、私はそれに構わず歩いた。


「……」


 私は無言のまま歩き続ける。やがて、目の前に影が現れた。


「えっ」


 しかし、それは人のものではなかった。

「キィィィィィアァー」

 醜い鳴き声と共に現れたのは、怪物だ。

 体はドロドロとしていて、頭は巨大な球体になっている。そこから無数の触手が生えており、その先端は人間の手のような形をしていた。体は赤く染まっていて、まるで血の海の中から生まれたかのような姿だ。


「あ……あぁ……」


 私は声にならない声を上げる。

 怖い……恐いコワイこわい……いやだ嫌だ……死にたく無い……死にたくない


「ギィイイ」


 その化け物は奇怪な鳴き声を上げた。


「あ……ああ……」


 私は腰が抜けてその場に倒れこむ。


「ギィィイ」


 化け物がこちらに向けて触手を伸ばしてくる。


「い、いや……いゃ……」


 私は泣きながら必死に後ずさりする。しかし、後ろは壁だ。逃げられない。


「い、いや……」


 触手はどんどん迫ってくる。


「いやぁぁあ!」


 私は叫び声を上げると、目を瞑った。


 バンッ……


 何かが弾けるような音がする。


「相手はこっちだ……この化け物!」


 薬莢が地面に落ちる音と共にペチュニアが叫んだ。彼女の手には再び銀色の弾丸が出現していた。弾丸は凄まじいスピードで飛ぶと、ミスティックの頭部を貫いた。だがコイツはドアとは違う。ミスティックはその攻撃に耐え、反撃すべく触手を荒ぶらせる。


「くっ……」


 ペチュニアはそれを咄嵯に回避する。


「逃げろエフェメラル! コイツは私がなんとかする!」


 彼女はそう叫ぶと、ミスティックに向き直る。


「うっ……」


 私はよろめきながらも立ち上がると、その場から逃げ出す。本当は『置いていけない』みたいなことを言いたかったが、もはやそんな余裕は無かった。


「ここは私に任せて早く行け!」


 ペチュニアさんは振り返らずに言う。

 私は何度も振り向こうとしたが、思い留まった。今は逃げるしかない。


「はぁ……はぁ……」


 私は息を切らせながら走る。どこに向かっているかなんてわからない。ただ、ひたすら走った。


「はぁ……はぁ……うぅ……」


 背中からは銃声が響いている。ペチュニアさんが戦ってくれているんだ……。そう考えると、ますます苦しくなった。


「はぁ……はぁ……」


 私は立ち止まると、壁に寄りかかって呼吸を整える。もう体力の限界だった。


「どうしよう……」


 ペチュニアさんを置いてきてしまった。もう銃声も聞こえない。果たして彼女は勝てたのだろうか。私は不安に駆られる。でも、もう私にできることなんてない。彼女の無事を祈るしかなかった。


「大丈夫かな……」


 そう呟いた瞬間だった。


 ドスッ


 足音が聞こえる。明らかに人間のものではない。私は恐怖で身震いをする。


「まさか……」


 私はゆっくりと音のした方を向いた。そこには先程とは別の四足歩行のミスティック。


「嘘……」


 絶望の感情が私の心を一瞬にして染め上げる。


「キィイアァー」


 化け物は奇妙な声を上げながら、こちらに近づいてくる。


「い、いや……」


 私はパニックになりながら自分の体を探って、武器を探す。

 カチャッ

 手に何か硬いものを感じる。ショットガンだ。体から離れず、まだ背負っていたのだ。痛みで気づかなかった。


「これなら……」


 私は震える右手でショットガンを構える。


「はぁ……はぁ……」


 息を整えようとするが上手くいかない。手が震えて狙いが定まらない。化け物の体がだんだん大きくなっていく。これなら外さないかもしれない……。


「死ねぇぇぇ!」


 私は震える指で引き金を引いた。

 ドンッ……

 …………………………


「キィィィィィアァアァア」


 外した。ミスティックの私を嘲笑うような鳴き声でそう理解した。


「あぁ……」


 射撃場なら絶対に外さない距離なのに……。


「あ、あ、あ……」


 左手が死んでいるため、弾を装填することもできない。私は右手で装填しようと試みるが、うまく掴めない。その間にも化け物は迫ってくる。


「やめて……」


 私は涙を流して懇願するが、化け物は止まらない。


「お願い……」


 私は諦めて全身の力を抜き、目を閉じる……。もう苦しまなくて済むと思うと、少し気が楽になった。


「あぁ……結局何もできなかったな……」


 私は小さく呟いた…………

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