第10話 役立たず

「う……」


 体が熱い。痛い。苦しい。なにこれ……

 私は体を襲う痛みに耐えかねて目を覚ました。

 ここは……車の中だ……そうだ、私たちはミスティックに襲われて……


 私は自分の状況を確認する。全身が熱を帯びており、左腕の感覚が無い。折れているのかもしれない。頭からは血が流れていて、口の中は鉄の味がする。でも、死んではいないみたいだ。


「うぅ……」


 私は弱々しくうめきながら周りの様子を伺った。車内には誰もいない。その状況に急激に不安が押し寄せ私は慌てて立ち上がろうとする。


「ぐっ……」


 途端に激痛が走る。私は再び倒れこんだ。

 どうしよう……このままじゃ死ぬ。私は必死に腕を動かそうとする。


「だめ……」


 でも、全く動かない。まるでそれは自分のもので無いかのようだ。


「そんな……」


 私は絶望して泣きそうになる。


「うぅ……」

「エフェメラル! 大丈夫か⁉︎」


 突然車の外から大きな声で呼びかけられた。


「え?」


 私は声の方を見る。そこにいたのはルル……ではなく、ペチュニアだった。


「ひどいな……」

「ペチュ……ニアさん……」


 私は安堵のあまり涙をこぼす。


「安心しろ。すぐに助けてやる」


 ペチュニアはそう言って、ドアを破壊するべく銃を構えた。


 ドンッ……ドンッ……


 しかし、彼女の放った弾丸は車体の装甲を貫くことができず、跳ね返されてしまう。


「クソが……」


 彼女は舌打ちをすると、銃を構え直す。


「出し惜しみはしていられないな……」


 ペチュニアの右手に想いが宿る……


「私を阻む全てを穿て……」


 彼女は引き金を引いた。



万物を穿つ弾丸シルバーブレット‼︎」



 放たれた銃弾は銀色に輝き、空気を切り裂いて飛んでいく。

 ドアに着弾したそれはまるで豆腐のように鋼鉄を貫いた。


「よし……」


 ペチュニアは小さくガッツポーズをする。そのまま車内に入り込むと、私を抱きかかえた。


「さあ、行くぞ」

「うぅ……」


 体のあちこちがひどく痛い。もはや体は限界だ。

 その体が車外に引きずり出される。やっと、この状況から解放されるんだ……。私はそう思ってホッとする。


「あぁ……」


 しかし、新しく私の目に入ってきたのは車内なんかよりももっと酷い光景だった。

 ルルの死体が転がっている。私の掠れた目でもすぐに分かった。首があらぬ方向を向いており、手足はおかしな方向に曲がっていて、口からは大量の血液を流しているのだから。


「嘘……」


 声が震える。


「ルルはもうダメだ……」


 ペチュニアはそう言うと、私を地面に下ろした。私は力無く地面に崩れ落ちる。


「あ、あ、あ……」


 私の頭の中は真っ白になった。視界がグルグルと回り、平衡感覚が無くなる。


「モルヒネを打つ。これで少しはマシになるはずだ」


 注射器が私の太腿に刺された。それと同時に、体がスーッと軽くなるような感じがした。


「あ、ありがとうございます……」

「礼なんて言わなくていい」


 彼女はぶっきらぼうに言う。


「あの、ルルさんは……」

「アイツは死んだよ」

「そう……ですか……」


 実感が湧かない。あまりにも一瞬の出来事過ぎて理解が追いつかない。


「見たところ左腕は折れているけど、血は止まってるし、傷は浅い。生きて帰れるよ」


 ペチュニアさんは優しい声で話す。


「はい……」


 私は小さく返事をした。


「あの……他の人は……」

「ああ……きっと脱出したんだよ。あいつらは強いからな。すぐに助けに来てくれる」


 ペチュニアさんは表情を変えずに答えた。


「そうですか……」


 私は小さく呟く。本当は聞きたいことがたくさんある。でも、今は聞くべきじゃないと思った。私は唇を噛み締めて黙り込んだ。

 しばらく沈黙が続く。

 時間が経つにつれ冷静さを取り戻し、自分の役目を思い出す。


「あの……ルルさんに回復の魔法を……」

「ああ、そういえばエフェメラルの魔法はそんなのだったな」


 ペチュニアはハッとした様子で答える。


「はい……」


 私はゆっくりと立ち上がると、ルルさんに手をかざした。


「………………」

「………………」


 ダメだ。恐怖や悲しみ、そして後悔といった感情が溢れ出して想いを紡げない。私の右手に想いは宿らない……


「………………」

「…………もういいよ」


 ペチュニアが優しく呟いた。


「でも……」


 私は振り絞るように言葉を返す。


「いいんだ。たとえ、魔法を使えたとしても、きっとルルは助からない」


 ペチュニアの瞳は悲しげだ。


「そんな……」


 私はその言葉を聞いて、また力が抜けて座り込んでしまう。


「ごめん……なさい……」


 涙が溢れてくる。自分が情けない。自分はみんなを助けるためにここに来たはずなのに、自分だけ助けられて。いざ役目を果たせと言われたら何もできなかった。それが悔しくて、申し訳なかった。


「気にするな。お前のせいじゃない」


 ペチュニアはそう言って、私の頭を撫でた。その優しさが辛い。私は声を上げて泣いた。


「私が……弱いから……こんなことに……すみません……本当に……すみま……せん……」


 私は嗚咽混じりに謝罪の言葉を繰り返す。


「自分を責めるな。生きていただけでも、お前はよくやってるよ」

「うぅ……」


 ペチュニアさんの慰めにも私は涙を流すことしか出来なかった。

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