第9話 遭遇

「……きて」

「うぅ……」

「おきて」


 私はベルさんに体を揺さぶられて目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていたようだ。外を見ると景色は全く別のものに変わっていた。ビルの立ち並ぶ都会の風景が今や瓦礫と化した廃墟だらけの荒野へと変わっている。


「ついたよ」

「あっ、はい……」


 私は急いで車から降りる。


「よし、じゃあさっさとリムーバー起動してずらかるよー」


 ペチュニアはそう言うと、四角い機械を取り出して地面に設置し始めた。機械の側面には吸引機のようなものが見えており、構造を知らない私でもそこから霧を吸うことはなんとなくわかった。


「それがミストリムーバー?」

「そうよ」


 彼女は短く答えると、作業を続けた。


「よし。できたわ。じゃあみんな帰ろうか」


 ペチュニアのその言葉にみんなは車へと戻り始める。


「えっ、これだけですか?」

「そうよ」


 彼女は何を言っているんだという表情だ。


「えっと……他にやることとかは?」

「ないけど?」


 彼女は不思議そうな表情で首を傾げる。


「リムーバーを起動したから任務完了だろ?」


 ルルが呆れたように言った。


「え、でも……」


 まだ何もしていない気がする。


「まあ今回は運が良かったんだよ。ミスティックに遭遇しなくて」


 ベルが私の肩に手を置いて慰めるように言った。


「そう……ですね……」


 私はしゅんとしながら答える。遭遇しなかったのならそれに越したことは無い。でも、なんと言うか、拍子抜けだ。


「まあ気にすんな。危険なことがなかったんだから。それでいいだろ。お前はラッキーなやつだ」

「はい……」


 私は小さく呟いて、車へと戻った。


 ***


「帰ったら、エフェメラルの初任務成功祝いをしようか」


 ペチュニアが運転をしながら唐突に言い出した。

「え、私のためにですか?」


 突然の提案に、私は驚いて聞き返す。


「そうよ。だって今日が初めての任務だったんでしょ?」

「え、まあ、そうですけど」

「なら、祝わないとね!」


 ルームミラーに彼女のニコニコとした笑顔が写る。


「あ、ありがとうございます……」


 自分のためのパーティーなんて家族以外としたことなんてない。言葉には表せないけど、恥ずかしい反面、とても嬉しい。

私は照れくさくて俯いた。


「いや、べつにいいよ。これが伝統みたいなものだから」

「そうなんですね……」

「まあ、あんまり気負いすぎなくてもいいからね」


 ベルが私に笑いかける。


「はい」


 私もぎこちなく笑って見せた。

 パーティーか……彼女たちとやるそれはなんだかとても疲れそうだけど、その分楽しそうだ。帰るのが少し楽しみ……

 そのとき、レンがポツリと呟いた。


「敵だ」

「え?」


 私は思わず声を漏らした。


「まずいな……」


 ペチュニアが舌打ちをして、車を急加速させる。


「十時の方向! 真っ直ぐ突っ込んでくる!」


 ルルが叫ぶ。


「クソッ!」


 ペチュニアが悪態をついてハンドルを切った。タイヤが地面を削りながら横滑りしていく。


「マズい! 全員衝撃に備え……」


ドスンッッッ‼︎


 次の瞬間、車は何かと衝突して跳ね飛ばされた。


 ***


「大丈夫かい。ミオ」


 ベルは車が吹き飛ぶ前にミオを抱えて、なんとか脱出していた。


「…………うん」


 ミオは辛そうに返事をする。


「立てる?」


 ベルはミオの前に手を差し伸べる。


「立て……る」


 ミオその手を取って立ち上がった。

 バギーは高速道路の上を走っていた。しかし、先ほどの衝突で下まで突き落とされてしまったようだ。

 辺りを見渡してみるとレンと自分、ミオ、そして……ミスティックしかいない。考えるまでも無い。他は車に乗ったまま下に落ちてしまったのだ。


「くそっ……とりあえずコイツはどうにかしないと……」


 ベルはそう言って目の前にいる四足歩行の怪物を見る。その体は赤黒く、ところどころに緑色の斑点がついている。顔は醜く歪み、目は虚で焦点が合っていない。口は大きく裂け、そこからは鋭い牙が覗いている。体長は四、五メートルほどだ。


「キィイイ」


 ミスティックは奇怪な鳴き声を上げると、こちらに向かって走り出す。その速度は車をも勝るものだった。


「危ない!」


 ベルは咄嵯に盾を構えて、ミスティックの攻撃を防ぐ。盾に激しい振動が伝わってきた。しかし、ベルの力も凄まじく、その体は一ミリたりとも動かない。


「まったく……随分暴れん坊だな!」


 やがてベルはミスティックの体を弾き返した。その巨体が宙を舞い、背中から落下する。


「ギィイ」


 ミスティックは苦しげな声を上げるが、また起き上がる。


「ベルフ。コイツは俺が処理する。お前は落ちた奴らを助けに行け」


 レンが剣を抜いてそう言った。


「……大丈夫なのか?」

「ああ、この程度なら俺一人で狩れる」

「わかった。任せるぞ」


 レンは剣を構えると、ミスティックに飛びかかった。

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