第6話 アイリス

「はあ……」


 私は食堂から出ると、溜息を吐いて、壁に寄りかかった。


「大丈夫か? アスティ」


 隣でイリスが心配そうな顔をして尋ねてくる。


「は、はい……」


 私は弱々しく返事をする。


「よし、じゃあ次に行こう。そこで休憩もできるから」

「はい……」


 私はヨロヨロと歩き出した。


「ここが医務室。私の根城だ」


 イリスは扉を開く。中は清潔感のある白い部屋だった。


「ここが……」

「そう、ここは主に戦闘で負傷したメンバーの治療を行う場所さ」

「なるほど……」


 私は周りを見渡した。奥にはベッドがいくつも並んでおり、手前には薬品棚や医療器具が並べられたカウンターがある。


「といっても、今は誰もいないんだけどね」

「いいことじゃないですか」

「えぇ〜負傷者がいないとヒマなんだよぉ。そのせいで案内役にまでさせられるしさぁ」


 イリスは不満そうな顔をした。


「すみません……そんな理由で案内役してくださってたんですね……」

「いや別にいいけど。暇だし。……あっ、そうだ。アスティ、私に注射打たれて行かない?」

「えっ!?」


 突然の提案に私は驚く。


「えっと、その……」

「大丈夫大丈夫。痛くしないから」


 彼女はそう言うと、私の腕を掴んで強引に引っ張っていく。


「いや、私別に元気ですし……それに……」

「いいからいいから」


 私は彼女に連れられ、奥の部屋へと連れて行かれる。そして、そこにあった診察台に拘束されてしまった。


「い、いや、本当に結構ですから……」

「まあまあ、遠慮しないで」


 彼女は慣れた手つきで、注射の準備をしていく。


「いや、あの……それ、なんですか……」

「じっとしててね」


 なんというか、この部屋に来てから、初めて会った時の悪戯っぽさが復活している気がする。きっと、さっきまでは、彼女よりも強い個性の人たちにそれが押さえつけられていたのだろう。


「よし」


 彼女は素早く作業を終えると、再び悪戯っぽい笑顔を見せる。


「ほら、いくよ〜」

「い、いやだから、私は元気ですし……」

「えい」


 プスッ


「ぎゃあああああああ」


 私の意識はそこで途切れた。


 ***


「ハッ!」


 目を覚ますと、私は医務室のベッドの上にいた。


「あれ……」


 私はゆっくりと起き上がる。身体に痛みはない。

「お目覚めかな? 眠り姫」


 声が聞こえたのでそちらを見ると、イリスが立っていた。


「な、何を打ったんですか……」


 私は身震いしそうになるのを堪えながら尋ねる。


「ああ、ただの睡眠薬だよ」

「ただのって……」

「まあ、気を失うほどの量を入れたのは確かだけど」

「ひぃ……」


 私は思わず悲鳴を上げる。


「でも、お陰で疲れがとれたでしょ?」

「えっ……」


 確かに彼女の言う通り、なんだか体が軽くなったような感じがする。


「って、そういう問題じゃないですよ!

 いきなり眠らせるなんて!」

「あはは、ごめん、ごめん」


 イリスが笑う。全く反省している様子はない……

 その時、私はハッとする。まずい、もしかして、寝過ごした⁉︎

 医務室の中に時計を探す。すると、時計は任務の1時間前を指し示していた。

 よかった……。まだ遅刻じゃない。次遅刻したら縛り上げる程度では済まないのだから気をつけないと……


「私、そろそろ行きますね」


 私は立ち上がってそう言った。


「そうか、そうか。なら、私の案内はここまでだな」


 そのわざとらしい物言いに私の中に一つの疑惑が生まれる。


「もしかして……案内をサボるために私を……」


 私が疑いの眼差しを向けると、そっぽを向いて口笛を吹き始めた。


「い、いや、違うぞ! 私はちゃんと案内するつもりがあったさ」

「本当ですか?」

「ほ、本当だ」


 彼女は必死になって否定する。怪しいなぁ……


「まあいいですよ。ここまでは案内してもらいましたし。ありがとうございました」

「そうかそうか。では、頑張ってくるといい」

「はい」


 お礼を言って。私は部屋を後にした。


 ***


「はあ……」


 私は溜息を吐きながら、階段を降りていく。今日は初めての任務なのに、私、本当にやれるのかな……そう思いながらも、足は前に進んでいく。

 やがて、最初に案内してもらったスクワッドルームの前に辿り着いた。ドアをノックする。


 コンコン


「失礼します」


 恐る恐る扉を開く。

 そこには……今日会ったメンバーの人たちが勢揃いしていた。皆、一斉にこちらを振り向く。


「おお、来たか」

「いらっしゃい〜」


 ルルとペチュニアがこちらに近づいてくる。


「あ、はい、よろしくお願いします」

「よし! あいつ以外全員揃ったしブリーフィング始めるか!」


 ペチュニアが高々と宣言する。


「えっ⁉︎」


 私は驚いて聞き返した。


「ん? どうした?」

「いや、だって今……」

「あー気にすんな。いつものことだから」


 ルルが呆れたように言った。


「は、はぁ……」


 私は苦笑いする。あいつさんはいなくてもいいのだろうか……?


「あー、それでね……」


 ペチュニアは困った顔で頬を掻いた。


「今回の任務は至って簡単。最近千葉県に発生した霧の除去だ。規模は小さいから大した敵はいないと思う」


 彼女は地図を広げて説明を始めた。


「だいたいここからここの半径6キロが霧に包まれてる。だから、このポイントにミストリムーバーを配置するだけだ」

「みすとりむーばー?」


 私は首を傾げる。


「霧を消すことのできる装置だよ。こいつがあれば、奴らに奪われた土地の奪還も夢じゃない」


 彼女は得意げにそう語った。


「へぇーすごいですね……」


 私は感心して相槌を打つ。


「まあ、これはうちの研究所の叡智の結晶だからな。すごくないわけがない」「そうなんですか……」

「まあ、作戦はそれだけだ。目標にはバギーで向かう。以上!」

「ええ゛⁉︎」


 私はまたもや驚きの声を上げた。


「なんだよ。何か不満でもあるのか?」

「いや、なんか細かい作戦とかないのかなあって? ほら、地形の確認とか……」

「はあ? そんなもん必要ねえよ。俺らは魔法使いなんだから」


 ルルは不機嫌そうに答える。


「で、でも……」

「大丈夫」


 横にいたベルが口を挟む。


「今回はアスティの初陣だ。不安になるのも仕方ない。うちのスクワッドも昔は作戦立ててたんだけど、みんな従わなくてね。でも、うまくいってる。だから、心配しないで」

「はあ……」


 不安だ……ものすごく。


「じゃあ、全員装備した後、第一格納庫に集合! 解散!」


 適当なブリーフィングを気掛かりに思いながらも、私は溜息を吐いて立ち上がった。

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