第4話 チューベローズ

「スクワッドルームにはミオちゃんしかいなかったけど、まあ、施設を回っていればきっとみんなに会えるから、ここからは私が順番に案内していくのでいいかな?」

「はい、大丈夫です」


 イリスの提案に、私はコクコクと首を縦に振る。


「じゃあ、まずはここね」


 イリスが指差したのは、大きな鉄の扉だった。

 扉には『武器庫』と書かれている。


「ここにはいろんな武器が収められているんだ。魔法使いの武器も、そうでない武器も。いろいろとね。アスティは攻撃用の魔法が使えないんだよね?」


 支部長から私の情報を聞いていたのか、彼女はそう確認してきた。


「はい」

「そっか。ならここには頻繁にお世話になることになるかもね。覚えておいて損はないよ」

「わかりました」


 私は扉を押し開ける。ギィという音を立てて開いた扉の向こう側には、予想外の光景が広がっていた。


 ジジジッ


 熱気が立ち込める薄暗い部屋の中、バーナーを持った鉄仮面の少女が一心不乱に溶接作業をしている。彼女は青白い炎を吐き出すバーナーの先に鉄板のようなものを置いており、それを見つめながら何かをブツブツと唱えていた。

 ゴンッ

 足元にあった何かを蹴っ飛ばしてしまった。

 その音でこちらに気づいた、鉄仮面がこちらを睨みつける。


「何者だ!」


 彼女は私に警戒心剥き出しの態度で叫ぶ。


「あ、えっと、すみません。見学に来たもので……」

「ああん? 見学だとぉ? 見え透いた嘘吐くんじゃねえ!」


 彼女は近くにあったショットガンを手に取り、銃口を向けてきた。私は思わず息を呑む。


「あ、あの……」

「うるせえ! 喋るんじゃねえ! ぶっ殺す!」


 彼女は引き金に指をかける。


「ちょっと待ってください! 私たち本当に見学で……」

「黙れ! てめえみたいなガキの顔なんてしらねぇ! てめえさてはスパイだな! このクソアマがぶち殺してやる! 死ねェェェ‼︎」


 バーンッ!


「うわぁっ」


 至近距離で発砲され、私は驚いて尻餅をつく。弾は私のすぐ横を通り過ぎて壁に穴を空けた。


「ひ、ひぇぇ」


 私は情けない悲鳴を上げる。


「ちょ、ストップ! 落ち着いて! その子は本当に新人なんだってば!」


 イリスが私と彼女の間に割って入る。


「はぁ? イリス、てめえもグルか⁉︎」

「ち、違うって! ほら、よく見て! 制服着てるじゃん!」

「知らん! 制服ぐらいいくらでも偽造できるだろ! そんなもの!」


 彼女はそう言うと再びこちらに銃口を向ける。


「もう! 信じてくれよー!」


 イリスが半泣きになりながら叫んだその時、突然彼女の後ろから何者かが現れてショットガンを奪い取った。


「はい、そこまで」


 イリスの背後に現れたのは白髪が綺麗な女性だった。幼げな顔つきだが、そこからは男性にも勝る力強さを感じる。


「シュミット。武器庫の門番ごっこをするのはいいけど、銃を使うのはやめてくれ。爆薬とかに引火したら危ないだろ?」

「ああん? ごっこじゃねえよ! 私は本気でここを守ってんだ!」

「はいはい、わかったよ。とにかく、ここはボクがどうにかするから、君はさっさと持ち場に戻りなさい」

「ちっ、しゃーねーな」


 そう言うと、彼女……シュミットは再びバーナーを手に作業を始めた。


「私が言っても全く聞かなかったのに……」


 イリスがポカンとした表情で呟く。


「災難だったね。新人はみんなシュミットにあんな風に絡まれるんだ。まあ彼女、武器を作るのは得意でも、使うのは下手だから、大抵は大丈夫なんだけど。あははっ」

「あ、あはは……」


 全く笑えない……もし当たったら大怪我どころじゃ済まないよ……


「君は今日からボクと同じスクワットに入ったエフェメラルさんでしょ?」


 そう言って私に手を差し伸べてきた。私はそれを手にとって立ち上がる。


「は、はい」

「ボクの名前はテュベローズ=ファン=デン=ベルフ。君と同じスクワッドに所属してるんだ。ベルでもローズでも好きに呼んでくれ」


 月のように優しく輝く瞳で真っ直ぐこちらを見つめて彼女は言った。


「はい、よろしくお願いします。ベルさん」

「あはは、別に呼び捨てでも構わないよ。それより、見学に来たんでしょ? 案内するよ」


 彼女はダイアモンドのイヤリングをチリンと鳴らして、武器庫の奥に向き直るとついてくるように促した。


「はい、ありがとうございます」


 私はそれに従って彼女に付いて行く。


「ちょっと、それ私の仕事……」


 イリスも慌てて追いかけてくる。


「さっきの子はシュミット。日本支部武器庫の門番さ。本当はそんな仕事ないんだけど、いつもここに入り浸っているから、いつの間にかそんな肩書きがついたんだ」

「そうなんですか……」

「それで、ここが武器庫だ。本当は入り口付近も武器庫だったんだけど、シュミットのワークスペースになっちゃってね……」

「へぇ……」


 私は前の扉を見つめる。先程の扉よりも分厚い鉄製の扉で、そこには手書きで『第二武器庫』と書かれていた。


「武器庫は二重認証で、まずはここで指紋認証をする」


 彼女は扉の横の機械に自分の人差し幅を押し当てた。すると、鉄の扉がゆっくりと開き始める。


「おお……」


 扉の中には無数のロッカーが並んでいた。それぞれのロッカーの上には『001A』『023E』といった文字が書かれたプレートが貼り付けられている。

「そして、中に入ったら自分のロッカーに自分のIDカードをかざして、ロックを解除する。そうすれば、その中にある武器を取り出すことができるよ」

「なるほど……」


 私は恐る恐る武器庫の中に足を踏み入れる。


「汎用の武器とかもあるけど、基本的に魔法使いはそれぞれに合った装備をしているからね。こうして、それぞれのロッカーで管理しているんだ」

「あ、これ可愛い」


 私は棚に飾られていたライフルを手に取った。


「おっと、勝手に触らないでね。それはまだ試作品だし、ちょっと危険な代物でもあるんだ」

「そうなんですか……」


 私は残念な気持ちを抱きながらもそれを元の位置に戻す。


「ここが君のロッカーだよ」

「ここですか……」


 私のロッカーには『113F』と番号が振られてあった。


「うん、じゃあ、開けてみて」

「はい」


 ……ってあれ、そういえば私……


「IDカード……忘れて来ちゃいました……」

「ええ!?」


 イリスが素っ頓狂な声を上げた。


「ど、どうしよう……」

「いや、大丈夫だよ。確か、君は攻撃の魔法を使うわけじゃないんでしょ? それなら今日は汎用装備を使えばいいよ」

「えっと……すみません」


 私が謝ると、ベルは笑顔で首を横に振った。


「気にしないで。戦場ではボクが守るから」


 そう言って彼女は隣にある『113C』と書かれたロッカーを開く。


「この、デ=ミュールで!」


 その中にあった大きな盾を床にドンッと突き立て、自信満々に彼女はそう言った。

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