橘環

 窓際に座る彼女の名前は橘環たちばなかんな。所謂『ぼっち』と言うやつだ。だが、一般的にぼっちと呼称される界隈の人間と彼女は若干毛色が異なる。

 普通、ぼっちと呼ばれる人達は基本的に、地味で行動力が無く、自己表現が苦手なことが多い。……偏見だと言われればそれまでだ。だが、偏見と言うのは今日こんにちまでの生活環境が作り出すモノであり、僕の偏見が凄いとするならば、そんな感性になるまで僕を矯正できなかった義務教育の敗北と言っても過言ではなかろうか?……話を戻そう。

 そんな、僕の考えるぼっちと橘は違った。派手な髪色に独特なファッションセンス。ウチの校則が緩いこともあるが、度々注意を促してくる教員連中をかわしているのだから大したものだ。しかし、彼女は目立ち過ぎた。悪名は無名に勝る。が、過ぎたるは猶及ばざるが如し。彼女の振り切れた感性は次第に周囲を置き去りにした。

 例えばある日の放課後。前髪が邪魔だと思った彼女は突然自身の前髪を、工作用のハサミで横一文字に切り落とした。 

 例えばある日の昼休み。自前の弁当に一手間ひとてま加えたくなった彼女は、家庭科室に侵入し、日の丸弁当から炒飯を生成した。

 世が世ならロック界のスターダムにまで駆け上がる逸材ではあるが、お上品なウチの校風とは反りが合わず、クラスメートに避けられていった結果彼女は無事『ぼっち』のレッテルを張られたのだった。


(しかし……どうしたものか。下手に話かけたら僕の前髪も炒飯にされるかもしれない)


 等とよくわからない事を考える僕の存在に、彼女はようやく気付いたらしい。


「一之瀬くん?……どしたの?」

「あ!いや……フヘヘ」


 変な笑いが出る。だって突然声をかけるんだもの。僕は取り繕うように彼女に話しかけた。


「……僕の事はおいといてさ。橘は何してたの?」

「サッカー部。ううん、榊原くんを見てた」

「へえ~。榊原を」


 よし!謀らずも上手い具合に話が転がった。この機会チャンスを逃さない様に、慎重に言葉を選んで……


「ワタシ、榊原くんのこと好きだから」

「へ、へえ~。そうなんだぁ」


 直球すぎる!僕は彼女のことを見誤っていたのかもしれない。だが、言質はとれた。この話題を終わらせてはいけない。


「知らなかったな。橘が榊原のことを好きだったなんて」


 嘘だ。知っていたからこそ、こうして話を続けているのだ。にも関わらず、こんなに平然と会話ができる自分に、反吐が出る。


「でも、榊原には彼女がいるんだよね?」

「知ってる。……佐山瑠璃さん。ワタシと違って可愛くて気も使える」


 正直、容姿は橘も負けてはいない。だが、クラスにおける彼女の立ち位置が自己評価を著しく落としているのだろう。

 だが、どこまでも我が道を行く橘が何故、榊原を好きになったのか?その疑問に好奇心を抑えられなかった僕は、つい質問をしてしまった。


「ところでさ。橘はなんで榊原の事が好きなの?……やっぱ顔?」


 我ながら下衆な聞き方をしたと思う。だが、彼女は嫌な顔一つせず、首を横に振る。そして、自身が恋に落ちた瞬間の話を僕に語ってみせた。




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