ラブロマンスは突然に

「あれは、一年生の冬休み……。お正月の朝だった」


 遠くを見つめ、静かに語りだす橘の話に僕は耳を傾ける。


「クラスで浮いてたワタシは、誰にも年賀状を出さなかった……。だから当然、ワタシにも年賀状なんて来ないと思ってた。でも」

『お~い。たまきぃ~』

「こたつでゴロゴロするワタシに、おとーさんが一枚の葉書を持ってきてくれたの。そこには……」

『橘さんへ。明けましておめでとう!今年もよろしくね』

「って書いてあったの」


 頬を紅く染めながら、彼女はそう言った。……何処に照れる要素が?

 そんな僕の疑問を、彼女の一言が吹き飛ばす。


「これはもう、実質ラブレター。だよ」

「いやいや!いやいやいや!」 


 ……あまりの衝撃に、語彙力が低下する。少なくとも、いつもの僕なら『いや』を五回も繰り返す単調なツッコミはしない。


「ちょ、ちょっと橘?ウブ過ぎない!?」

「何が?」


 きょとんとした顔で首を傾げる橘。その仕草にトキメキそうになった僕も大概ウブなんだろうか?

 おそらく橘は、その強烈すぎる個性によって人から避けられ続けてきた。故に、人との距離感が著しくバグっているのだろう。何故なら、優等生の榊原は、クラス全員に年賀状を送っているのだから。……陰キャの僕にも来たし。


「仮に……。仮にだ。それがラブレターだとして、なんで榊原は佐山と付き合ってるんだ?」

「それは、榊原くんがワタシの次に佐山さんを好きになったから。ワタシなんかより、優しくて可愛い佐山さんの良さに気が付いたから」


 何か泣きそうになってきた。

 クラスの変わり者・橘環たちばなたまき。彼女の口から、ロミオとジュリエットもビックリのラブロマンスが聞けると勝手に思い込んでいた僕。だが蓋を開けてみれば、あまりに不器用な女の子のあまりに不憫な失恋話だった。


「…………」

「……お話。終わったけど?」


 切ない気持ちでいっぱいになった僕とは対照的に、彼女は淡々と言葉を紡ぐ。その口振りは、自分の失恋が当然だとでもいいたげだ。

 橘環のそんな様子を見た僕の中には、ある感情が芽生えた。……彼女も、この『恋』という名の戦争に身を投じてもよい。いや、身を投じるべきだと!

 そう思った瞬間、僕は橘の手を強く握りしめていた。無造作に切り揃えられた橘の前髪が静かに揺れる。


「橘!君は榊原と付き合える!いや、付き合うべきだ!」

「え?……え?一之瀬くん?」


 そうして、僕達は手を組んだ。

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